第27話 ただの門番、夢と希望の王国と知る
「――ここから立ち去れ! ニンゲン!」
猫のぬいぐるみが、白黒クマの乗り物に立っていた。悪だくみが好きそうな顔でどこから声をだしているやら。ただのモンスターじゃないな。
猫のぬいぐるみは、金属製の棒を俺たちに向けていた。
「早く去らなきゃ、この『クラフトの杖』で攻撃するぞ!」
杖? ただの金属製の棒に見えるが……。
いやそれよりも魔性の気配だ!
「は、早く去らないと攻撃しちゃうからな!」
「狡噛流! 脳砕き!」
タッタカターといつもどおり駆けていたサクラノが斬りかかる。
ホントすごいな……一切躊躇いがない……。俺ちょっと考えるからな……。
だが、サクラノの斬撃が届くことはなかった。
「びゃひいいいいいいいい⁉」
猫のぬいぐるみは叫びながらクラフトの杖をふるう。
すると空中に、四角形のブロックがぼうんっと生まれた。
猫のぬいぐるみは次々と空中にブロックを生みだして、ぴょんぴょんと飛び移りながら逃げていった。
「なにするんだよ⁉ し、死んじゃうだろ⁉⁉⁉」
「逃げるな! 降りてこい!」
「や、や、やだよ! 殺す気じゃんか!」
「殺してやるから降りてこいと言っているのだ!」
サクラノがうがーと叫び、猫のぬいぐるみはビクビクと怯えていた。
どっちがモンスターなのやら……悪い存在じゃないのか?
でも魔性の気配がするよな。
「僕は警告だったじゃん! なのにいきなり攻撃とか、お姉ちゃんおかしいよ⁉」
「互いに攻撃の意思あらば、それすなわち殺し合いのはじまりなのだ!」
「そんなの世界中で戦争が起きちゃうよ⁉⁉⁉」
よし! とりあえずサクラノより常識がある存在だ!
ハミィとメメナが攻撃をしようとしていたので目配せして、矛をおさめてもらう。これで蛮族だの野蛮だのと言われることはないだろう。
あとは話のできる状態にするだけだが。
「ガルルルルルルルッ!」
「く、くるなー! こっちにくるなよー!」
地上でうなるサクラノに、猫のぬいぐるみはクラフトの杖をふるう。
すると杖の先端から、椅子や机がぽんぽんと飛びでてきた。それをサクラノがバッサバッサきりふせる。
物を創る杖か? ってサクラノを止めねば!
「ガルルルッ!」
「ひいいい⁉⁉⁉ く、くるなあ……あ、あへ」
猫のぬいぐるみは突然力つきたように倒れる。
杖をもったまま地面に落ちて、ぽてんと転がった。クラフトの杖がカランカランと地面を転がる。
「ま、魔素切れだ……むねんー……」
「さあ! 辞世の句を述べよ!」
俺はトドメを刺そうとしたサクラノを止める。
「待て待て待て⁉ 落ち着こう! はい! すーはー!」
「ガルッ! ハッー!」
「多少は落ち着いたな? な? メ、メメナー、その杖がなにかわかるかー?」
メメナはクラフトの杖を拾う。
金属の棒を珍しそうに見つめていると、猫のぬいぐるみが悲痛な声をあげた。
「それは僕のだようー……。か、かえせー……」
「ふむ? これは本当にお主のなのか?」
「そ、そうだよ……おかしいかよ……」
「古代魔導具のようじゃが。それも神話時代のものに見える。そうやすやすと手に入るものじゃないぞ」
猫のぬいぐるみが押し黙る。
俺たちはメメナのもとに集まった。
「メメナ、神話時代の魔導具って本当か?」
「エルフの老賢人たちが戯れで作った模造品を見たことがある。構造や材質もよく似ておるな……」
メメナは指でこんこんと杖を叩いた。
古代魔導具とは、現代で解析不可能の魔導具のことだ。
だいたいは超機械文明の品物をさす。
ちなみに神話時代はそこからちょいとさかのぼる。
神々がまだこの世界に住んでいた時代。勇者と魔王の大戦が300年前なわけだから、それよりずーっと昔の一品なわけだ。そんなものが簡単に手に入るわけがない。
メメナは用心深そうに、けれど面白そうに微笑む。
「答えよ、なぜお主が持っておる?」
サクラノとは別種の圧を感じたようで、猫のぬいぐるみが口をひらく。
「そ、それは……知らない影にもらったんだ……!」
「そやつが真の持ち主か」
「ち、ちがう! そいつに杖のありかを教えてもらっただけ! だから僕のだ!」
知らない影? メメナの言っていた術者か?
人避けの結界を張ったのもそいつなら、この魔性は利用されただけとか?
メメナは話をつづけるように杖を向ける。
「そやつはなんと言っておったのじゃ?」
「僕の好きにしろって! だから僕はここを創ったんだ!」
「その杖でか? ふむ……このような場所を作った理由はなんじゃ?」
「そうすれば病気の妹が帰ってくるんだ!」
俺たちは顔をしかめた。
魔性の声はひどく真剣だ。
それがわかるから、メメナの声色が少し優しくなる。
「お主の病気の妹がここにくるのか?」
「くるわけないだろ! ずっと病気で……ずっとベッドにいて……だからボクは冒険の話を聞かせるために冒険者になって……。でも、けっきょく手遅れで……だからだからだからだからだからだから」
錯乱したのか、猫のぬいぐるみは「だから」を繰りかえした。
メメナは魔性を見定めるようにゆっくりと告げる。
「それでお主は杖を見つけたのだな」
「そうだよ! クラフトの杖があれば妹は帰ってくる! アイツは楽しくて騒がしいところに憧れていたから!」
猫のぬいぐるみは嬉しそうに言った。
……おそらく、妹は亡くなっている。
妹を失い、妄執につかれて魔性化したみたいだ。その杖で妹が好みそうな場所を作っていたようだけど……。自分がなにを作っているのかわかっていないようだな。
妹の話題になったとき、魔性の気配が濃くなった……よくない兆候だ。
今すぐ倒すべきだけど、ひとまず話をつづけよう。
「なあ、こんなことをしても妹さんのためにならないぞ」
「なっ……! お前に妹のなにがわかるってんだ!」
猫のぬいぐるみはヨロヨロと起きあがり、睨みつけてくる。
俺は視線をまっすぐに受けとめつつ、静かに答えた。
「わかるさ……。家族が自分のために、人を傷つけるだけの場所を作るなんて……。悲しむに決まっている」
「傷つける⁉ なんのことだよ!」
「馬の乗り物に縛りつけて拷問するんだろう」
「あれはメリーゴーランド! みんなで楽しむ乗り物だよ!」
謎の単語に俺はまばたきする。
「め、めり? そ、それじゃあ、あのでっかい車輪はなんだよ!」
「あれは観覧車! ゆっくりと回って景色を楽しむ乗り物だよ!」
猫のぬいぐるみは「そんなこともわからないの!」とぷんぷん怒った。
俺たちは想定外の反応にちょっと固まる。
「え……っと、じゃあここはいったいなんだんだ?」
「ここは夢と希望の王国メッガミーランドだよっ!」
「「「「夢と希望の王国メガッミーランド」」」」
俺たちは口をそろえて言った。
夢と希望の王国メッガミーランド。なんだか楽しそうな響きだけども。魔導具で王国を作っていたってこと???
メメナに視線をやると、彼女もちょっと困っていた。
「うーむ……。ちょっと調べてみたが、杖に登録されている情報から物を創りだす代物みたいじゃな……」
「ここにあるのは神話時代のものってこと?」
「その遊び場のようじゃな」
怪しい乗り物ばかりなんけどなあ……。
う、うーん、倒すべき……だろうか。
猫のぬいぐるみに視線をやると、嬉しそうに応えてくれる。
「ここは古代のテーマパークなんだよー! 妹のために作っていたんだ!」
……………………すごく、倒しにくい。
どうしたものか困っていたら、メメナが杖をふる。
「ふーむ? なるほど、杖に魔素を注いで操るのじゃな」
杖の先端からビビビーッと光線が放たれる。
光線はメリーゴーランドとやらに当たると照明が灯る。そして可愛らしくてファンキーな曲が流れてきて、ゆったり回りはじめた。
ホントだ。ゆっくりと回っているや。
俺たちがメリーゴーランドを眺めていると、猫のぬいぐるみが元気よく飛びあがり、メメナに熱視線をおくった。
「も、もしかして⁉ 女神さまですか⁉⁉⁉」




