Sideクオン:闇の資質
草木も眠る真夜中のコロシアム。
大穴があいたグランドを観客席から見つめる者がいた。
クオンである。
虚無でも見つめるような昏い瞳でいたのだが、うえーと面倒そうに顔をしかめた。精神内のヴァルボロス(力の断片)が騒いだからだ。
《悔しや悔しや悔しや‼‼‼ な、なにがビ、ビキ……》
ヴァルボロスはそこで口を閉じた。
言葉にすると尊厳がメタメタに壊されそうな気がしたからだ。
「ビキニスライム」
《言うでないわ⁉ 最高の土壌で、素晴らしい魔性が生まれるはずだったのだ! あのようなチャラチャラしたものせいで‼》
「あれも人の欲望じゃないの?」
クオンはやれやれといった目つきでいた。
《悪意はな! もっと血にまみれて、醜悪であるべきなのだ!》
「そーゆーのはもう流行らないんじゃない」
《流行り廃りの問題ではないわ!》
「……ドロドロした感情もあったみたいだけど?」
《それを上回る光があったのだろう。……ふんっ》
あの魔性も途中までは醜悪な姿で育っていたはず。
しかし歌や踊りやらキラキラしたものに負けたのだ。なんなら地上がうるさいから暴れただけの可能性もあると、ヴァルボロスは思った。
《人間どもの光め……》
魔王ヴァルボロス本体も、人の心の光によって王都地下で数百年も封印された。漏れでる悪意を貪りながら反撃の機会を狙っていたところ、門番の登場である。
まったくもって人間は忌々しいと、ヴァルボロスは思った。
もっとも、ヴァルボロスも元人間ではあるが。
「うまー」
クオンはまのぬけた声をあげる。
揚げものをぱくぱくと食べはじめていた。
《……深夜に揚げものは太るぞ》
「ボク、太らない体質なんだ」
《若い内からだらしない食生活をしていると大変な目にあうからな》
「わかってないな。ボクは魔王の素質があるんだよ」
《都合のいいときだけ魔王ぶるでないわ! しかも関係がない!》
どうしてドヤ顔でいるのか、ヴァルボロスは少し呆れた。
魔王の自覚をもってほしいが、当の本人はマイペースすぎる。
「だいたいさ、体型と魔王らしさなんて関係ないじゃん」
《世界の頂点に立つのだぞ? 威厳がなくてどうする》
「世界の頂点に立ってどーするんだか」
《はっ! 踏みにじるに決まっておる!》
人間を、他種族を、そして神々の命も尊厳も踏みにじる。
世界すべてを踏みにじり、そこで初めて勝ったと言えるのだ。
「ボクに威厳なんてあると思う?」
《お前の見てくれは……まあ美しいほうだ。黙っていれば魔をすべる女王として君臨できる。だから体調管理には気をつけろ》
「ヴァル、おじいちゃんみたいだよね。口うるさい」
《誰がおじいちゃんだ! せめて………………》
「せーめーてー?」
《お前は器なのだ。口うるさくするに決まっている》
「はーい。夜食はひかえまーす」
クオンはなぜだか素直にしたがった。
感情も考えもわかりづらく、ヴァルボロスは昔から世話に手を焼いていた。
「ねえヴァル」
《なんだ? マイペース娘》
「勇者ダンの活躍、みんなの記憶から消えはじめているけど?」
《…………そのようだな》
「アレ、なに?」
さすがのクオンも不気味がっていた。ヴァルボロスもそうだ。
巨大スライムを倒したあと、ハミィと門番の活躍は讃えられていた。
だが、少しずつ少しずつ、ハミィしか名前にあがらなくなっていた。
その活躍もぼんやりしたもので『獣人の女の子が強大モンスターを倒した』とざっくりしたものに変わりつつある。
活躍に、門番が関わったからだろう。
おそらく門番をモデルにした小説は出回らない。アイディアは残るかもしれないが。
《対魔性に特化した術だな……》
「あんなことができるの?」
《名や存在を覚えにくくするのなら、そこまで難しくはない。だが関わった人間まで影響するとなると……。おそらく血の祝福を改良したな》
「悪魔族にかけられていた儀式だよね」
《あれは種族全体に及んだ儀式だが、こちらはな……》
全人類の無意識化に影響をあたえる術だ。
いくつもの術が複合してかけられている。存在感がうすいだけの存在じゃない。あの強さも、魔性への勘のよさもそうだ。恐ろしいまでの執念を感じた。
誰の仕業かは考えればすぐにわかる。
《神々め、我のような存在をそれほどまでに滅ぼしたいか》
数百年前の大戦を考えれば理解はできる。
だがあんな術、呪いにも等しい。どちらが光か闇かわからないではないかと、ヴァルボロスはあざけった。
「ボクは忘れていないけどね」
《強い関係性が結ばれているからな。殺しあいの螺旋からはそう抜けだせん》
「じゃあ、安心して勇者を追えるね」
《……そーだな》
ヴァルボロスは内心で舌打ちした。
こいつもこいつで油断はできない。
世界の不具合、『闇の資質』であることを門番にバラしていた。
お互いに歩み合えるとでも思っているのだろうか。だが、そんなものは無駄であるとヴァルボロスは骨身に知っている。
悪意をばらまき、悪意を伝染させて、世界を暗黒に染めあげる。
世界から祝福されることのない存在。誰とも歩めない呪いの子。
「ヴァル、静かなコロシアムもよいね」
《静謐なる闇こそが、我らの居場所よ》
「うん、落ち着くよ」
クオンの冷たい横顔はとても絵になっていた。
まだまだ未熟。しかし闇の資質が開花すれば周囲に……いや世界中に悪意をばらまく存在になる。暗黒時代をふたたび創りあげるとヴァルボロスは確信していた。
だからこそ幼少期より英才教育を施した。
心からわかりあえる味方などいないこと。
人間からは悪意の目でしか見られないこと。
どこまでも孤独なのだと、同じ闇の資質をもった存在として先に教えこんでいた。
真の魔王クオン=ヴァルボロスが世界を蹂躙するために。
もちろん隙あらばのっとりを考えてはいるが、魔王クオンが世界を暗黒に染めあげるのなら自らが生贄になってもよいとヴァルボロスは考えていた。
《くくっ……今は祭りの余韻を楽しむがよい》
いずれ、あるがままに世界を蹂躙したくなる。
自分がそうであったように。
《クオン、奴らを誘導してもらうぞ》
「……まーだなにか仕込んでたの?」
《なんだその、懲りないねみたいな顔は! 奥の手はな、最後の最後の最後の最後までとっておくものだぞ!》
「はいはい、最後最後」
《ぐぬぬ……おのれぇ》
こいつを魔王にして本当によいのか、ヴァルボロスは判断を疑った。
クオンは面倒そうにたずねてくる。
「で、なにをするわけさ」
《お前に出会う前、とある古代魔導具を見つけてな》
「古代魔導具? あの超きかいぶんめーってやつ?」
《そこから遡って神話時代のものだ。我はそれに手を加えた》
「神々の遺産ってことね。そりゃあすごいや」
クオンは特にすごそうには言わなかった。
二度も失敗したから見くびっているな。だが今回の古代魔導具は本当に本当に本当に奥の手なのだと、ヴァルボロスはほくそ笑む。
面白い魔性にも目をつけている。
門番たちがなにをしようが、最後には自分が大笑いできる仕掛けなのだ。
《くははははははははははは! 最後に笑うのは我よ!》
神話時代の魔道具『クラフトの杖』。
アレは世界に働きかけて、世界の法則を変えるものだ。
これは決してフリじゃないと高笑うヴァルボロスに、クオンは「ヴァル、うるさい」とツッコミをいれていた。




