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第25話 ただの門番、コロシアム戦士を見届ける

 夜のコロシアム。

 コロシアム前の広場には、何十人かまだ残っていた。


 出店で最後まで稼ごうとする者、瓦礫の撤去作業を手伝う者、イベントの余韻を楽しむ者とさまざまだが、今は一つのステージに集まっている。


 といっても、余り資材で作った簡易ステージだ。

 その小さなステージでは、ハミィが歌っていた。


「とびっきりの笑顔で踊っちゃおうー♪」


 ビキニアーマー姿じゃない、普段の牛柄ビキニ姿だ。


 アイドルじゃなく、どこにでもいる普通の牛柄ビキニを着た女の子姿でみんなとの別れを告げるためだ。牛柄ビキニを着た女の子がどこにでもいるかは置く。


 ようは引退ステージだ。


「すべては夏のせいにしてー♪」


 ステージの周りでは、観客たちが名残惜しそうに声援を送っていた。

 今にも泣きそうな人もいたが、笑顔で曲を聞いている。


 ハミィもそんな彼らに応えるため晴れやかな笑顔でいた。


「ビキニでいられるのは今だけだものー♪」


 サクラノとメメナは最前列で『ハミィ輝いて』団扇で応援している。

 ピーさんやマイムも笑顔で合いの手を入れていた。


 ピーさんたちの提案は断わった。コロシアムには新しい力を得るために立ち寄っただけで、旅の目的は真の魔王を探すためだ。


 マイムも説得はしていたのだが。


『ハミィもね、お母さんのことが好きだから』


 と言われて、彼女も納得するしかなかった。

 マイムが強く意識していたのは、二人が似た者同士だったからかもしれない。


 俺はコロシアム壁面にもたれながらつぶやく。


「……アイドル『ハミィ&マイム』か。ちょっと観たかったかなー」


 ステージから離れた場所でも、ハミィが輝いてみえる。

 輝く光を静かに見守りたいという、後方さんの気持ちがわかる気がした。


「あれ?」


 側に置いていた、みんな用に買ってきた夜食が減っている。

 気のせいかと思ったが、ちょうど一人分ぐらい減っていたことに気づいた。


「……クオン、出てきなさい」


 俺は呆れながらに言う。

 壁の隙間からうにょーんと粘土みたいにクオンがあらわれた。器用な芸当を……。


「よく気がついたね。さすが宿敵、さすが光の者」

「ちょうど一人分減っていたら気づくわい。光関係ねー」

「そこまで考えがいたらなかった」


 と、たいして考えてなさそうな顔で言われた。

 マイペースな子だ……。


「はあ……腹が減っているなら食べていいぞ」

「光の者から施しはうけない」

「コソコソとつまみ食いされるほうが面倒だよ。ほら、月がこんなにも綺麗で夜が鮮明だ。こんな日は光の者も闇にかたむくさ」


 こじらせ台詞で言ってみた。

 それで納得したのかクオンは出店の食べ物をはぐはぐとつまむ。


 よい食いっぷりだと見ていたら、彼女は悪そうに微笑む。


「あとでボクのオススメ店から買ってきてあげる」

「なんなのその笑み」


 なに仲間だと思ったのやら。野生動物に餌付けしている気分だ。


 俺は彼女を放っておいて、ハミィの歌を聞く。みんなの応援は力が入っているようで、小さなステージでも熱気があった。


「……あの人たち、なんであんなに応援しているの?」


 クオンが食べるのをやめて、冷たい瞳でステージを見つめていた。

 感情がわかりづらい子だが、基本冷めているとは思う。


「そりゃあ、がんばって欲しいからだよ」

「キラキラしたものを見て、元気になりたいわけだよね。自分が疲れてどうするのさ」

「心の栄養はまた別だしさ」

「よくわかんない」


 クオンはもむっと卵の厚焼き食べた。


 俺もつい最近まで知らなかった文化だし、専門的なことが言えるわけじゃない。

 なので自分が感じたことを告げる。


「がんばってる人がさ、がんばった成果を魅せてくれたら嬉しいよ」

「他人事なのに?」

「他人事だからだよ」


 俺はハミィのひたむきな踊りを見つめながら言う。


「他人がさ。一生懸命な姿をみんなに魅せてくれたらさ。それだけで自分もがんばろうと思えるんだ」


 故郷の町で戦う決心をしたハミィに、俺も勇気づけられたように。

 ……ピーさんが目をつけるわけだよな。


「きっとさ、一方通行の応援じゃないよ」


 ステージ上の景色は俺なんかにはわからないが、応援はきっと力になっている。

 アイドルは歌って踊って、そうして観客と応援しあっている。


「むー。そのわりには悪意もあったようだけど?」


 クオンがコロシアムでのいざこざを言ってきた。

 巨大スライムがいたから争っていたのか、争う土壌があったからスライムが育ったのか。卵か先かニワトリが先かの話に近い気がする。


 ただ、ハミィがクオンに『見ていて』と言っていたことを思い出す。


「だな。光だけじゃないと思う」

「そこ認めるんだ」


 クオンは少し驚いたようだった。


「負けたくない気持ちがよくない方向にあらわれたこともあったと思う。みんなで頂点の光を目指せば転んでしまう人もいるわけで……」


 俺は少し間をあけてから告げる。


「でも、そんな姿が綺麗なんだと思う」

「転んでしまった人は?」

「また光を目指すか……別の光を目指すか……。そうやって走りつづけるんだと思う。だから応援が必要なんじゃないかな」

「誰もが闇にいるみたいな言い方」

「自ら輝ける人はそういないさ。俺もふくめてさ」


 俺は光の者じゃないよとニュアンスもこめて言った。物理的には輝けるが。


 それが伝わったようで、クオンは黙りこくる。

 不機嫌で、寂しげで、ひどく悟りきった表情で彼女は告げる。


「ボクには『闇の資質』がある」


 またこじらせかと思った。

 だけどクオンの瞳はいつになく暗い。闇の底の底のように。


「……闇の資質があったらダメなのか?」

「よくはない」

「よくはないのか」

「ボクという存在がいるだけで、人は悪意の感情に呑まれかける。心に巣食う闇に、いとも簡単に耳をかたむけてしまう」


 超設定……というわけじゃなさそうだな。

 クオンの悟りきった表情を見つめながら言う。


「俺たちはクオンの側にいるけれど、特になんともないぞ」

「強い人には効果がないよ。かかるのは弱い人だけ」


 それだけで悪意は伝染するとも、クオンは言った。

 そして応援している人たちを無表情で見つめる。


「ボクのような存在は極稀に生まれるらしい。人が無理やり押しこんだ悪意から漏れたように、ポツンと生まれるんだってさ」


 クオンは自虐的にククッと笑った。

 人間をあざけるような笑いに、背筋がゾクリとする。


「ボクがそこにいるだけで争いが起きる。ボクがただいるだけ忌み嫌われる」

「……それはなにかの術なのか?」


 悪魔族にかかっていた血の祝福の類いだろうか。


「術じゃないよ。ただそういった存在なだけ」


 クオンは当たり前のように言った。

 人が争う姿なんて慣れきったような無の表情で、俺を見つめてくる。


「覚えておいてね、宿敵。決して光に触れることない、生まれついての闇の者はたしかに存在するんだ。……魔王ヴァルボロスがそうだったようにね」


 思春期のこじらせ……じゃないのだろうか。

 闇の資質があり、本当に内なる闇の存在がいるのだろうか。


 クオンの言葉には真実味があった。けれどだ。


「…………あ、もうないや」


 クオンは物悲しそうに空の容器をさわっている。

 フライドポテトを全部食べきったらしい。いつのまに。


「闇の資質があっても腹は減るんだな」

「それはそう。……ボクを馬鹿にしてる?」

「いんや」


 クオンが闇の存在だとしても、他人を拒絶している感じはないんだよな。むしろ他人と関わるのは好きそうだ。


 うまく言葉にできないが、孤独を知っているが孤独ではなさそうだ。

 なら。


「あとで関係者用の食堂に連れて行こうか。美味しいから揚げがあるんだ」


 俺がそう言うと、クオンはまばたきする。

 そして魔王っぽく不敵に微笑んだ。


「さすが宿敵。夜に揚げ物をガツガツいくとは、勇者だね」


 勇気ある行動らしい。俺はちょいと苦笑した。

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