第24話 ただの門番、コロシアム戦士を見守る⑤
コロシアムでの騒動から翌日。
巨大ビキニスライムによる被害は思ったほどなかった。
避難時の押しあいで怪我をした人がでたぐらいで重傷者はなし。なんでも旧コロシアムの参加者が観客を守っていたとか。
巨大ビキニスライム出現による強い批判も特にはなかった。もともと武人の戦いを魅せる場所。モンスターバトルを喜ぶ土壌が残っていたらしい。
とはいえ建物にはダメージがあった。
特にグラウンドは壊滅的。なにせ地下空洞がぽっかりと空いている。
そんなわけでコロシアム戦士マスターを決める戦いは突如として終わりをむかえた。
今は残った人たちでコロシアムを片づけている。
俺も仲間と撤去作業を手伝っていた。
グラウンドでハミィと一緒に破片を片付けていたとき、ピーさんに声をかけられる。
「二人とも、なにをやってるの?」
ピーさんはちょっと呆れたようだった。
なにかまずいことをしたのかと、俺は聞きかえす。
「撤去を手伝っているんですけど……ダメでした?」
「ダメじゃないわ。でもそれは管理側の人間がすることよ。ここで起きたトラブルは私たちに責任があるんだから」
それが大人のやることだとピーさんの表情が語る。
俺も大人側なんだけどな……。
と、ハミィが心配そうに声をかける。
「あ、あの……。コロシアム戦士はこれからどうなるんですか……?」
「あら気になる?」
「だってコロシアムは壊れたし……事故は防げなかったわけで……。いろんなところからアレコレ言われるんじゃ……?」
ハミィはコロシアム戦士の立場を気にしたようだ。
ピーさんは眉間にしわをよせて、顎に人差し指を置いた。
「そーね……調査班で地下空洞が発見できなかったわけだし……。観客も危険に晒したわけだから。以前と同じにはいかないでしょうね」
「や、やっぱり……」
「観客を守った旧コロシアム戦士のウケもよかったし、立場がまた逆転するかもね」
そこまで言って、ピーさんはニコリと笑う。
「求められるものが変わるなんてよくあるわ。去れと言われたら去るしかないわね」
あまりの潔さに、俺もハミィは戸惑った。。
俺はちょっと言葉をつまらせながら言う。
「け、けど……! 今までがんばってきたわけじゃないですか」
「そもそも私、旧コロシアムも好きだしね。元々そっちを管理していた人間よ」
「へ??? 伝説のピーさんだって話じゃ……」
ピーさんは昔を懐かしむように微笑む。
「コロシアムの前座でなにかできないか考えて、歌って踊ったのがキッカケよ」
「……それが、いつしか立場が逆転しちゃったと」
「いつだって私たちは観客のことを考えていた。戦士がいて、観客がいてこそなの。コロシアム戦士だからってコロシアムにこだわる必要はないわ」
ピーさんはちょっと悪そうに笑う。
「そーねー。コロシアムが使えなくなったら他で興行しましょうかしら」
「けど、コロシアム戦士じゃなくなりますよね」
「なら新しい名前をつけなくちゃね」
「……たとえば?」
ピーさんは待っていましたとばかりに答える。
「アイドルよ!」
「その名前、前から準備してましたよね?」
アイドルね。名前の由来、きっとあるんだろうな。
歌って踊ってばかりで、戦士とは名ばかりだったものなあ……。
ぜっーーーたいコロシアムを足掛かりにして世間に広める気でいたな。そりゃあ場所にはこだわらないか。
「生まれる感情が本物なら、名前はなんだっていいの」
ピーさんが俺の心を見透かしたように言った。
ハミィはこれからの計画を聞いて安心したように息を吐く。
コロシアム戦士……もといアイドルに愛着ができたらしい。一生懸命にがんばっていたものな。
すると、ピーさんが力強く微笑む。
「で、ここからが本題なんだけど……マイムー! いらっしゃーい!」
ピーさんが呼びかける。
コロシアム通路に隠れていたマイムが、気恥ずかしそうにやってきた。
ビキニアーマー姿じゃなくてワンピース姿だ。ああしていると普通の女の子だな。いや普通の女の子がステージにあがるから劇的に変わるのだとも思う。
マイムがそっぽを向きながらハミィに告げる。
「そ、その……今回は、いろいろありがと」
「……ハミィこそ、いろいろ楽しかったわ」
ハミィはお別れを告げるみたいに言った。
マイムも別れを悟ったのか、唇をぐぬぬと曲げる。そのまま強気な態度でいるかと思ったが、頬を染めながら素直な瞳で言った。
「一緒に歌うの楽しかった……!」
「うん、ハミィもよ」
嬉しそうに微笑むハミィに、マイムの顔がさらに赤くなる。
「競っているときも楽しかった!」
「うん、ハミィもわくわくしたわ」
「誰にも負けないと思っていたのにライバルができて……! お母さんを取られる思って……すごく悔しかったし、すごくすごく自分が成長できたの……!」
マイムは恥ずかしそうにまつ毛をふるわしている。
それでも素直な言葉を伝えたいのか、ハミィをまっすぐに見つめていた。
「これから地方興行に行くんだけど……! アナタさえよければ……!」
マイムはそこで黙りきってしまった。
素直になるにはまだ壁があるようで、それでもハミィと競い合った日々が充実していたのが彼女の赤面しきった表情でわかる。
ピーさんは「ナイスビキニ」と言って、微笑んでいた。
俺は細目になりながら言ってやる。
「……この未来図を描いていたわけですか?」
「私がマイムをアイドルとして育てたくないわけがないわ。可愛可愛い、とっても大事な私の娘よ?」
ごくごく自然にアイドルと口にしたな。
こりゃあもう相当前から考えていた計画に巻きこまれたわけか。
「で、焚きつけたわけと」
「マイムはまだまだ成長できるわ。でも一人だけじゃダメなの。原石は衝突することで磨かれるわ……。ただ、今回の大会でライバル候補がいなくてね」
「それでハミィに声をかけたわけですか……」
「それもあるけれど、原石をみたら磨かずにいられないわー」
ピーさんは性分みたいに言った。
ハミィも一応新たな力を得たわけだし、文句はないか。
「それで貴方はどうするの?」
「……俺?」
「言ったでしょう。ピーの素質があるって」
「言いましたけれど……」
ハミィを支えさせるための方便とも思っていた。
俺はそれで別にかまわなかったのだが、まさか本気だったとは。
「アイドル業界はこれから楽しくなるわよー」
「そ、そりゃあ、まあ肌で感じていましたよ」
「貴方もね、私からしたらぜんぜん若いのよ。もっといろんな自分を知るべきよ!」
ピーさんの若々しさの理由がわかった気がした。
一生勉強、一生成長な人なのだろう。
ふと、ハミィと目が合った。彼女はいつもどおり不安げな表情でいたが、答えを迷っている表情じゃないのがすぐにわかった。
それぐらい、仲間としての時間が増えたのだなと俺は思った。




