第23話 ただの門番、コロシアム戦士を見守る④
「そこっ……大地振動波!」
絶好調ハミィの鉄拳が大地に突き刺さる。
ドズンッとコロシアム全体を振動させる重い拳だった。
ビキビキッと大地に亀裂がはしる。真下に空洞でもあったのか大穴があいた。
そして、闇に蠢くモノが飛びだしてくる。
『ウォロロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!』
は?
な、なんだあれ???
スライム……にしては不定形すぎる。ゲル状の湖みたいだ。
グラウンドのいたるところから触手が噴水のようにグニョグニョあらわれて、ステージを波のように吞みこもうとしている。
ぐにゃんぐにゃん、ぶるんぶるん。
でかい! とにかくでかいな⁉
全長数十メートルはあるが、あの巨体で地下空洞にずっと隠れていたのか。一応スライムみたいだけれど……。
あとなんか、申し訳程度にビキニアーマーをつけていた。
「つまり、巨大ビキニスライム⁉」
言葉にすると酷すぎるな⁉
巨大ビキニスライムは全身から何十本も触手を伸ばした。
『ビキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイニィッ!』
いかん! よくわからないものが、よくわからんことを吠えた!
放っておくのは絶対に危ない!
「サクラノ! メメナ! 守りを任せる!」
「はい!」「うむ!」
俺は通路から飛びだして、亀裂の入ったグラウンドを駆ける。巨大ビキニスライムの触手を斬りまくって観客は守った。
「ハミィ! どういことなんだ⁉」
俺は駆けながら叫ぶ。
ハミィはちょっと驚いた顔で巨大ビキニスライムを見つめている。
「う、うん……ステージで歌うときに妙な気配を感じていたの……。観客の視線かなと思っていたけど……意志も感じて……」
「意志?」
「コロシアム戦士の対立をあおる意思よ」
それじゃあ、あの巨大ビキニスライムがステージを妨害していたのか?
なんだってそんなこと……あ。
「暗黒の儀式か!」
「う、うん……たぶん、同じ原理みたい……」
影の眷属レーベルも悪意を糧に進化した。
コロシアムではいろんな感情が渦巻いていた、それを利用しようとしたんだ。
だからあんなにも巨大に……。
『ビキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイニッ!』
巨大ビキニスライムは大気をふるわすように叫んだ。
存在が濃ゆい……。
新旧コロシアムのいろんな感情が混ざりあった魔性みたいだな……。倒されたモンスターの怨念もある気がする……。
「トラブルは全部あいつの仕業か。よく気がついたよ、ハミィ」
「ちょっと……ううん、予想外に大きすぎたけど……」
こんなものが潜んでいるとは思いたくもないよな……。
と、触手がマイムに襲いかかる。
ハミィは瓦礫を投げつけて迎撃して、腰をぬかしたマイムに告げる。
「今すぐ逃げて。ここはハミィたちがなんとかするわ」
マイムは申し訳なさそうに目を伏せる。
「な、なんで、アタシを助けたのよ……」
「なんでって……?」
「アタシが石を置いたの、気づいていたでしょ……」
石を置いた犯人、やっぱりマイムだったのか。
スライムのせいにせず正直に告白してきたあたり、罪悪感があったようだ。もしかしたらスライムが悪意を根付かせていたのかもしれない。
ハミィは彼女をじっと見つめていたが、仕方なそうに口をひらく。
「よくないことだと思う。……でもね、ハミィもわかるから」
「? な、なにを……?」
「ステージ上のコロシアム戦士の想い……。不安でいっぱいな気持ちに負けないよう懸命に歌って、みんなが応えてくれる感動……。それにね」
遠くから「マイムー! 早く逃げてー!」と叫び声が聞こえてきた。
ピーさんだ。いつも自信満々な彼女が、不安で不安で仕方ないといった顔でこちらに駆けてこようとしている。
「お母さんが大好きな気持ち、すっごくわかるわ」
ハミィが自然に微笑むと、マイムは鼻をすする。
それから自分の頬をバチコンッと叩いて、威勢よく立ちあがった。
「観客の誘導は任せて! アタシ、これでもコロシアム戦士なの!」
「ええ、知っているわ」
ハミィとマイムは片手でハイタッチする。マイムは観客席に飛びこみ、マイクで誘導をはじめていた。
その声に苛立ったか、巨大ビキニスライムが触手で暴れようとしている。
まずいな、広範囲技もちのデカブツか。
サクラノとメメナには相性が悪いか……よしっ!
「サクラノ! メメナの援護を任せるぞ!」
遠くにいたサクラノが触手を輪切りにしながら答える。
「わかりました! 師匠たちは⁉」
「ハミィと一緒に根幹を断つっ!」
俺とハミィはうなずきあう。
そして地下空洞に向かって、大きくジャンプした。
ままあまあ深い穴のようで落下しながら風を感じる。
あちこちから迫ってきた触手を斬りつづけて、巨大ビキニスライム本体に攻撃をくわえた。
「門番連続斬り!」「大地振動波!」
俺の連続斬りと、絶好調ハミィの拳がめりこむ。
ズバズバずずーーーーんっ、とたしかな手ごたえがあった。しかし、海そのものを斬りつけたような感覚に俺は眉をひそめる。
その感覚の正体をすぐに知る。
「なっ⁉」「きゃっ⁉」
地下空洞の底がガゴンッと抜ける。
まだ地下があったようで、俺たちは巨大ビキニスライムごと地中深くへ落下していく。
降り立ったのは、浅瀬だった。
「先輩、地下に湖が……?」
「湖にしては感触が変なような……」
浅瀬がふよんふよんしていた。
『ビキニイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!』
巨大ビキニスライムの咆哮が響きわたる。
咆哮にあわせて湖が波打つ……いやこれ湖じゃないぞ!
巨大ビキニスライムの身体だ⁉
「なんつーでかさだよ⁉⁉⁉」
俺は天井を見あげて、崩壊した地上から伸びてくる光を見つめる。
連続でふんばっていけば届く距離だ。だが巨大ビキニスライムは先手を打つよう、崩壊した穴を身体でふさいできた。
すくすく育っちゃってさあ!
「先輩! これ全部スライムなの⁉」
「コロシアムで渦巻く感情を吸いとって超巨大化したみたいだ!」
「さすがコロシアム! ナイスビキニだわ!」
そこは褒めるところなのか。俺の知らないところでさまざまな陰謀渦巻いていたのだろうかと、ちょっと恐れおののく。
いやそれよりもコイツの対処だ!
『ビーーーキーーーニーーーーー!』
四方八方から触手が襲いかかってくる!
さっきよりも激しくて数が多い!
剣と拳で迎撃はできているが、質量差はあきらかだ。強力な広範囲技を放ちたいが、洞穴ごとコロシアムが壊れそうだな……。加減が難しいし。
「先輩どうしよう⁉」
「スライムのコアを壊せばいいんだが、こうもデカイとな!」
あと、いろんな感情が混ざっていて気配がわかりにくい!
と、ハミが拳の連打をやめる。なんだ?
「先輩! あのスライムがコロシアムの感情を糧にしていたのなら、歌に反応するかもしれないわ!」
それは……理にかなっているかも。
どの道ふざけた存在だ。やってみる価値はある!
「任せる!」
「うん! 任されたわ!」
俺は触手を斬りふせながら準備を待つ。
ハミィはマイクを握りしめて、力強くも優しく歌いはじめた。
「……ビキニに袖をとおしてー♪ とおす袖はないけれどー♪」
しっとりした歌いだしだ。
静かに聞いてもらえるようアレンジしたな! ナイスビキニだ!
「頼りない鎖がわたしの身体を繋ぎとめているー♪」
ハミィの歌声が木霊する。
優しく落ち着いた調子でも、ハミィの声には芯がある。だからこそ観客の心を掴んできたし、巨大ビキニスライムにも反応があると思った。
事実、触手の動きがにぶる。
『ビ、ビキ……ビキニ、ビキビキ…………?』
反応があった!
どこか苦しそうに、けれど嬉しそうに、巨大ビキニスライムは闇から光を求めるように触手をハミィに触手を伸ばしてくる。
俺は斬ろうとしたが、ハミィが首をふった。
「鎧は身を守るものじゃない♪ 覚悟を魅せるものだからー♪」
巨大ビキニスライムをこのまま歌で魅了するつもりだな!
わかった! 俺も見習いピーとして仲間を……コロシアム戦士を信じる!
ハミィにスライムの触手が迫りよる。触手はツンツンとおもむろに、強引に、ハミィをからめて空中に持ちあげた。
「きゃっ⁉」
『ビキビキビキーーーーーーニッ!』
怒ったように咆哮した。
しまった! 俺たちの企みに気づいたか⁉
「あ……っ!」
マイクがはたき落とされる。ハミィは懸命に手を伸ばすも、巨大ビキニスライムは触手の力を強めたようで苦悶の表情になる。
タフなハミィであの表情ってことはかなりの力だぞ⁉
広範囲の技を放とうとして、俺は手をとめる。
「…………ビキニ」「ビキニ」「ビキニ」「ビキニ」
ビキニコールが地下空洞に響いてくる。
巨大ビキニスライムの声じゃない……。
声は上、それも空から……コロシアムから響いてきていた。
〈〈〈〈〈ビキニ! ビキニ!〉〉〉〉〉
地下の様子なんてよくわからない、今すぐ避難したほうがよいに決まっている。
なのに、ハミィの力になるべく観客たちの声が届いてきた。
そして、よくとおる歌声もだ。
「――真っ赤な鎧は誰のために♪ ここにはいない誰かのためにも♪」
「ぁ……」
ハミィは誰の歌声だかわかったようだ。
「わたしは果てるまで立ちつづけるわ♪」
マイムだ。
今度は自分が助けるんだと力強い声が伝わってくる。
ハミィは苦しそうにもがくも、大きく息を吸う。そして。
「……何回だって挫けてやる♪ 何度だってたーちあがる♪」
巨大ビキニスライムはさらに力をこめているが、ハミィは負けじと……いやもっともっと強い力でポーズを決めようとしている。
ハミィとマイムの歌声が重なった。
〈〈それがビキニをまとう絶対勝者のプライドだからー♪〉〉
わけのわからない存在が、わけけのわからない力に押し負けようとしている。彼女たちの活躍を地下から見ていたはずなのに、その本質は理解できなかったのだろう。
傍から見たらどんなに滑稽でも、そこに真実があれば真になる。
彼女たちの本気はいつだって、とんでもない熱量が宿っていた。
ハミィは指先をビシリと立てる。
〈〈熱唱ビキニッガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーールゥゥゥ♪♪♪〉〉
ハミィの特大生声が地下空洞にひびいた。
っ~~~~~~~~~~~~~~~~~‼‼‼
絶好調ハミィの絶唱だ! 耳をふさいだけど、それでも頭がぐわんぐわんする!
だが、ハミィの作ってくれた隙は無駄にはさせない!
音波攻撃をもろに食らってしまい、巨大ビキニスライムの全身が大きく波打っている。
赤色のスライムコアがぴょこんとあらわれていた。
「門番ストラーーーーーーーイクッ♪♪♪」
俺は歌う感じで剣をふるう。ノリだ‼
飛ぶ斬撃がばびゅーんと飛んでいく。これは技術だ‼
斬撃はスライムコアに直撃して、びきびきとヒビが入る。そうして巨大ビキニスライムの全身から力がぬけていった。
『ビーーーーーキーーーーーニーーーーーーー…………』
でろでろに溶けたアイスのように巨大ビキニスライムは崩壊していき、魔素の煙を吐きだしていった。
触手から解放されたハミィは地面にぽてんと落ちる。
そしてワンステージを終えたあとみたいに頬を赤らめ、笑顔で言った。
「先輩! コロシアム戦士の力、見てくれた⁉」
……正直、業界に馴染みつつはあったが、戦士の力じゃないよなーとはうすうすでは気づいていた。
踊り子の進化版だよな。今の技も、ハミィの素の力だし。
とまあ、思うところは多々あるけれども。
「ナイスビキニ!」
「えへへ、ナイスビキニ!」
「さすが稀代の魔術師……コロシアム戦士ハミィの力だよ!」
たとえ勘違いでも、コロシアムの熱情は間違いなく本物だ。




