第21話 ただの門番、コロシアム戦士を見守る②
「コロシアムに、ようこそ!」
真昼のコロシアム正門で、俺の門番台詞が炸裂する。
コロシアム期間中は戦士のステージだけでなく、出店や大道芸人やらが集まるので防犯に気をつけなければいけない時期だ。
実に門番し甲斐があるなーと仕事に集中する。
……やっぱり、いろんな気配が混ざってるな。
王都でも大きな祭りのときは似た感じになるが、コロシアムは特にぐちゃぐちゃだ。
俺は歴史のあるコロシアムを眺める。
スライム巨大化事件から幾日、今のところ事件は起きていない。
もちろん上に報告したし、管理側も念入りに調査するといった。しかし目立った進展はなしで原因はいまだ不明。
コロシアムを中断すべきなのだが、続行するらしい。
ピーさんにも相談したが。
『今のコロシアム体制はしがらみが多いからね……。旧コロシアム体制とは折り合いが悪いし、隙を見せたくないのよ。……私からも掛け合ってみるわね』
けっきょく、警備強化と調査班を増やすことで落ち着いたらしい。
あとは出場する戦士(新旧関係なく)の安全に気を配るつもりだとか。
そのおかげか事件は起きていないが、不安な状況なのには変わりない。それでもステージ上の彼女たちはおくびもださず、毎日歌って踊っていた。
「……話はしたって聞いてるのにな」
コロシアム戦士に辞退者はいないらしい。
名誉や栄光より大事なものがあると思うのだが。
っと、そろそろ時間かなーと考えていると、背後から声をかけられる。
「せ、先輩……準備できたわ」
ハミィだ。
フードを目深にかぶっていた。
「俺もちょうど交代の時間だよ。それじゃあ一緒に休憩しようか」
「うん、一緒に店を回りましょう」
ハミィはにこりと微笑む。
交代人員がやってきたので俺は挨拶してから正門を離れる。そこから二人でコロシアム広場の出店を回ることにした。
ちなみに、ハミィが顔を隠しているのも理由がある。
「人気上昇中! ハミィグッズはいかーっすかー!」「コロシアム戦士ハミィをイメージした、とろぴかるカクテルだよー!」「新戦士ハミィの順位はうなぎのぼり! サイン色紙を買うなら今しかないよ!」
ハミィは人気のコロシアム戦士となっていた。
ファンもできたおかげで予選は上位突破確定。ただ、ちょっと散歩するだけでも人が集まるようになってしまい、練習するにも一苦労な状況にもなった。
俺は見習いピーとして彼女をこうしてサポートしている。
ハミィが新たな力を掴めるならなんだってするつもりだ。
…………戦士の力なんだよな?
いや、最初から歌って踊ってばかりで半信半疑だったけれども……。なんかこう、コロシアムの空気に馴染むほど、疑わなくなってきた自分もいて……。
けど、ピーさんが魅せた光景は今でも脳に焼きついている。
そうさ。俺もただの見習いピーなら、ハミィを……ステージに賭ける彼女たちを信じろ!
あれ……ただの門番だっけ……?
自分の立ち位置があやふやになっていた俺に、ハミィが心配そうにする。
「先輩? 大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫。すこし自分がわからなくなっていただけで……」
「?」
「そ、そういえばだけどさ。どうしてハミィはコロ活に積極的なんだ?」
ハミィが意外そうな顔をした。
「そ、そんなに変かしら?」
「歌って踊ることでみんなを元気にする力はたしかに珍しいけどさ、ハミィは魔術師なわけじゃないか」
「魔術師の本分じゃないわね」
「……魔術師の力だけじゃ物足りない?」
ハミィは思いこみが強い。悪い方向によく考える。
自分をヨワヨワ獣人だと思いこみ、魔術(物理)を習得した彼女。もしかして仲間との旅をつづけるうえで、変に気負いしているのじゃと思った。
そんな俺を見透かすように、ハミィは優しく微笑む。
「物足りているわ。でも、みんなの力になりたいもの」
その笑顔から気負っていないとすぐ悟る。
「先輩、あのね。ハミィは魔術も不安定で……獣人としてはヨワヨワで頼りないわ」
「そんなことない、ハミィは立派な獣人だよ」
本当に。マジで。
「そんなふうに言ってくれる先輩……。それにサクラノちゃんとメメナちゃんがいるから、もっともっと力になりたいと思ったの」
「だからピーさんの提案にのったんだ」
「うん。自分には珍しく……なーんにも考えていなかったわ」
ハミィはちょっと恥ずかしそうに笑う。
立派な保安官になるため故郷を旅立ったハミィ。行動原理はずっと変わっていない。いや、もっと表に出すようになったんだと俺は思った。
「ハミィはさ、コロシアム戦士の資質があるよ」
「あ、ありがとう。……ハ、ハミィもね、楽しんでやっているわ」
「ならよかった」
「……ええ、ここは良くも悪くも魅力的な場所だと思うわ」
ハミィはコロシアムをまばゆそうに見つめた。
良くも悪くも……か。
彼女の物憂げな横顔に、俺はたずねる。
「他の人たちが中止を強く訴えない理由はそれなのかな?」
「……うん、きっとそう。いろんな感情が渦巻いているのが魅力になっているわ」
「よくない感情も多そうだけどな」
「そうね……それをふくめてコロシアムなの。ステージに立った今だからわかる」
「マイムに追究しなかったのも……気持ちがわかるから?」
あの日、ステージに石を置いたのはマイムの可能性が高い。
さすがにスライムが巨大化したのも彼女のせいだとは言わないが、わからないものだ。
ハミィは黙っていたが、力強く答える。
「ええ、マイムちゃんに共感はできるわ。……共感したところはちがうけれどね」
「? それはどういう……」
俺は深くたずねようとしたのが。
馴染みの顔が俺たちの前に立ちふさがる。
「ふっ……コロシアムの熱に浮かれているみたいだね、宿敵」
クオンだ。
彼女は焼きトウモロコシやらとろぴかるジュースを両手に持っている。
出店満喫中らしい。コロシアムの熱に浮かれきっているじゃあないか。
「勇者ダン。コロシアムの悪意はお前が思っているより恐ろしいよ」
「ソースが垂れてるぞ」
「あっ、もったいないもったいない」
クオンは焼きトウモロコシをガシガシとほうばった。
「で。言いたいことはそれだけ?」
「はむ。うぐ……ごくん。いいや、まだだよ」
「戦えーって、言いたいんだろう」
「そのとおり。悪意が渦巻くこのコロシアムこそ、ボクたちが雌雄を決するにふさわしい」
クオンはそこまで言って顔をしかめた。
なんだ?
「どしたの? いい加減、戦うことは飽きてくれた?」
「…………あー、ヴァルが真剣にやれってうるさくて。はいはい、コロシアムが変わったのは仕方ないじゃん。時代のせいでしょ」
誰かと会話しているのか???
内なる自分と会話するこじらせプレイかと思ったが、クオンの気配は独特だ。邪悪を感じなくもないし、どっちつかずな気配もする。
俺がじろじろ見つめていると、ハミィが一歩前にでる。
「ク、クオンちゃん」
「なに? 焼きトウモロコシはあげないよ」
ハミィは苦笑する。
「えっとね、コロシアムは悪意だけじゃないよ」
「そのわりには嫉妬や羨望が渦巻いているよ?」
「そ、それだけじゃないよ……。うん……絶対にそれだけじゃない。それをハミィが証明してあげるわ」
珍しく自信ありげなハミィの表情に、俺もクオンも目を丸めた。




