第20話 ただの門番、コロシアム戦士を見守る①
たとえ基礎でも、ハミィのレッスンは厳しいものだった。
歌や踊りだけじゃなく、ステージでの立ち位置、観客へのアピールの仕方などの気配り方。他人からどう見られるかを重点的に叩きこまれた。
あとは斧で丸太を斬ったり、滝に打たれたり、火渡りもした。
それは必要なことかと疑ったが、戦士の修行と考えれば普通なのかもしれない。コロシアム戦士が勝ちぬくには、最後には体力がものをいうのだろう。
あとは体重をりんご何個分と笑顔で答える能力。
寝起きに突撃されても可愛らしく応対するしかたなど……。
本当に、ほんーーーーとに戦士に必要な能力なのか???
と疑いもしたが、一生懸命なハミィにすべてはささいなことに思えた。
ちなみにサクラノは旧コロシアムの参加者相手に商売をしている(時間内に攻撃を当てたら、お金をあげるやつ)。メメナもついていることだし、騒ぎにはならないだろう。
俺も俺で警備の仕事をしながらハミィを支えた。
もちろん、濃いめの世界にどっぷりと浸からないように注意して。
そうして、ハミィのデビュー戦が決まった。
当日のコロシアムは、太陽に負けないぐらいの熱気を放っていた。
どうにも直前で歌っていたマイムが観客を煽ったらしい。これからデビューするハミィへの先制攻撃だろう。
観客席の壁で、後方腕組み男が今日も涙ぐんでいた。
「ううっ……マイムちゃん今日も輝いていたね! しかし新人に注目とは、どういういことでしょう? 実力のある子はもう上位に食いこんでいますけどねえ」
「……それはもう期待してください」
俺は後方さんの隣に立つ。
後方さんは俺をもう忘れたような表情だが、まあいつものことだ。
ただ『ハミィしか勝たん』団扇を持った俺に、後方さんは興味深そうにする。
「おや? 今からデビューする子が、あなたの推し戦士ですか?」
「ええ、デビュー前からずっと応援している子です」
「もしや身内の方です? 贔屓したい気持ちはわかりますが……コロシアムは実力社会。ステージ上では結果がすべてですよ」
「ま、見ていてくださいよ」
団扇をパタパタとあおる。
後方さんはやれやれと息を吐いたが、すぐに評価をあらためると俺は確信していた。
わっ、とコロシアムが湧きあがる。
新人コロシアム戦士ハミィが、土のグラウンドへと歩いてきたのだ。
ステージ上に、真っ赤なビキニアーマー姿の彼女がいる。感嘆と称賛の声がいたるところから投げられていた。
それほどまでの完成度をほこったビキニ姿だった。
俺は内心ドヤりつつ、冷静に言う。
「ハミィはビキニ姿に慣れていますからね……。着こなしのレベルが違いますよ」
「ふ、ふふっ! た、たしかにコロシアム戦士に相応しい姿ですが、あれだけ緊張していては宝の持ち腐れ……! ビキニアーマーに腰布ですよ!」
後方さんは謎のことわざをつかった。
俺はなにも心配していないといった表情でハミィを見つめる。
ハミィはみんなが注目をするのを待ってから口をひらく。
右手にある音拡声石を使わなかった。
「み、みんなー! 今日は来てくれてありがとー! ハミィ、いっしょーけんめいに歌うから! 元気になってくれると嬉しいな!」
マイクなしの生声に、コロシアムの熱気があがる。
後方さんは目をみひらいて驚いた。
「マイクなしでこの声量⁉ しかもデビュー戦ながら観客によりそっているとは!」
「ナイスビキニ!」
俺は後方さんの着眼点を褒めた。
後方さんは「……ナ、ナイスビキニ」と返してくる。
コロシアムの伝統的な作法、ビキニ作法だ。
「ハミィは故郷で保安官を務めていましたからね」
「そ、それがなんですか……?」
「修羅場なんて何度もくぐりぬけた……ステージ度胸では誰に負けませんよ」
「ですが! 度胸だけじゃあダメなんです……!」
コロシアムの厳しさを知っているからか、後方さんは厳しめの評価だ。
そんな場所だからこそ、ハミィもがんばり甲斐があるってものさ!
ハミィがマイクを口元に当てると音楽が流れはじめる。コロシアム合奏団が奏でる曲に合わせて、おずおずと口をひらいた。
「――ビキニに袖をとおしてー♪ とおす袖はないけれどー♪」
課題曲『コロシアムとビキニとわたし』だ。
誰もが知っている鉄板曲だからこそ戦士の技量がモロにでる。
ハミィはそんな曲をつたない技量のまま歌い、踊った。
それを素人の見切り発車だと思う人はいるかもしれない。だが、俺を側で応援していたからこそ大丈夫だとわかる!
後方さんも察したようで、その腕組みをほどいた。
「つたない技術を隠さない! むしろ堂々と……ボクたちが元気になれるよう一生懸命に歌っている⁉ 彼女のけなげな想いが伝わってくる……本当に新人戦士なのか!」
さすが後方さん! ナイスビキニだ!
ハミィは故郷でもその一生懸命さでみんなを明るくしていた。コロシアム戦士の資質を見出したピーさんは慧眼なのだ!
後方さんは悔しそうに、けれど新たな彗星の誕生を嬉しそうに叫ぶ。
「あの光はマイムちゃんに届くかもしれない! 今年は盛りあがるぞおおおお!」
曲の盛りあがりと共に、観客も盛りあがった。
最高のデビュー戦になったなと、俺は腕組みしながらうなずいた。
ちなみに、俺はまだ染まっていない。俺より詳しくて濃い人はいる。上には上がいる業界なのだ。
ハミィは笑顔で、みんなに元気を届けようとする。
そのときだ。
「なんてたってビキニだからー♪ 笑顔……きゃっ⁉」
ハミィは石をふんづけて転んでしまう。
合奏団も中断するわけにはいかず、曲が虚しく流れた。
すでに観客の心をつかんでいたハミィは、みんなから温かい声援を送られてすぐに立ちあがった。
まじか……ついてないな。
ハミィ、落ちこまなければいいけど……。
俺は運が悪いと思っていたのだが、後方さんの表情が曇る。
「石……? ステージはきちんと整備されているのに……。マイムちゃんの出番のときに石なんて……。マイムちゃん……?」
マイムを疑っている?
俺はたずねようとして、妙な気配を感じる。
なんだ? 一瞬で消えたが……。
俺は後方さんに会釈してから通路を離れて、コロシアム前座席にいるメメナたちのもとに向かう。
メメナとサクラノは『ハミィ笑って』団扇をふっていた。
「ハミィー、よい笑顔じゃぞー」「ハミィー、がんばですー」
こけてしまったハミィに声援をおくっている。
俺は周りの邪魔にならないようにメメナに近づき、小声で伝えた。
「メメナ、妙な気配を感じなかったか?」
「兄様? ワシはなにも感じなかったが……サクラノはどうじゃ?」
「いえ、わたしも特には……」
俺が心配そうな顔でいると、メメナは考えこむ。
「ふむぅ……コロシアムの空気は独特でな。いろんな感情が混ざりあっておる。こういった場所では探知精度が落ちるしのう」
兄様も同じじゃろうと、メメナは告げた。
館は悪意オンリーだからわかりやすかったが、ここはなんというか嫉妬やら羨望やら負の感情も混ざっていて、いろんな感情がごちゃまぜなのだ。
コロシアム戦士業界に闇があるのだろうか……。
そう不安に思っていたとき、コロシアムの歓声が大きくなる。
ステージにスライムがぴょこんとあらわれたのだ。
「すべては夏のせいにしてー♪」
あとはハミィが倒して、締めになるはずだった。
突如、スライムが空気が入ったかのように巨大化する。
20倍ぐらいに膨張したスライムに、観客席から悲鳴が漏れる。
しかしハミィは雑魚だと思いこんだようで、チョップ一発でぺいちょと撃破した。
「お、応援ありがとーーー! ハミィ、みんなが元気になれるようにもっともっと、もーーーーーーーっとがんばるねー!」
「ハミィちゃーん!」「君が俺の推し戦士だよ!」「応援するよーーー!」
ハミィの健気な笑みに、観客はショーの一部だと思ったらしい。
それどころか巨大スライムを倒したことに湧いていた。
俺もメメナもサクラノも、コロシアムの異様な熱気に呑みこまれるように、ただただ見守っていた。




