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第19話 ただの門番、コロシアム戦士の資質を知る

 サクラノたち(サクラノは喧嘩をふっかけに、メメナは面倒を見るため)と分かれる。

 俺とハミィは、コロシアムに特設された練習部屋にやってきた。


 コロシアム戦士が動きを確かめるための部屋らしく、片面すべて鏡となっている。

 ハミィは指をふりふりしながら鏡の前で踊っていた。


「わ、わんつーすりー、わんつーすりー」


 ハミィはおぼつかない足取りでステップをきざむ。一つ一つの動作はつたないが、一生懸命さが伝わってきて可愛いと思う。


 まだまだ無駄な動きがあるせいか、爆乳がぶるんっとふるえた。


「すごい……」


 すごい……。すごい……。


 ハミィはコロシアム戦士としての一歩を踏み出したばかりだ。それでも俺は、ハミィのつたない踊りに魅了されていた。


 これがコロシアム戦士の動き! ゆれ動く……のだなっ!

 そういった方向性……なのだなっ!


「私の見立てどおりね」


 俺の隣にいたピーさんは、ハミィをギラついた瞳で見つめていた。


「はい! 見立てどおりだと思います!」

「すばらしいものをもっているわ」

「自慢の仲間です!」


 コロシアムはエンタメ至上主義と、係員のお姉さんは言っていた。


 きっと『はずむ、ゆれる、ぶるんっ』な要素は、コロシアム戦士に必要なんだ。

 そういったドスケベな側面があるんだな‼


 まだ見ぬ強敵、まだ見ぬぷるんっに胸を躍らせていると、ピーさんが真面目に言う。


「獣人は身体能力が優れていると聞いたけれど……体幹にブレがない。踊りはつたなくても一つ一つが魅せる動きになっているわ」

「……自慢の仲間です!」


 俺は自分のドスケベを恥じた。


 ピーさんはすごく真面目だ。純粋に、ハミィの資質に惹かれたんだ。


 でもやっぱり、ぶるるんっな要素もあるのでは?

 どこかでドスケベな側面があるんじゃないかと、ほのかに期待した。


「私の予想どおり、基礎練習だけでステージに立たせることができるわね」

「まだつたないですよ?」

「それがいいのよ。コロシアム戦士はね、歌と踊りだけじゃない……彼女たちが成長する姿に観客は魅入られるの。あの子の瞳からはどんなことでも一生懸命な真摯さが見てとれる。それはきっと観客に届くわ」

「……はい! ハミィはいつも一生懸命です!」


 ピーさん、俺が思う以上にハミィの魅力をちゃんとわかってた……。

 よこしまな気持ちが完全蒸発して、俺はコロシアム戦士の評価を改める。みんなが惹かれるだけのなにかがあるんだな。


 と、ピーさんは両手をぱんぱんと叩いて、練習(レッスン)を止めた。

 緊張した面持ちのハミィに、彼女は元気よく告げる。


「ナイスビキニ!」

「ナ、ナイスビキニ……」

「とってもよかったわ! レッスンでもあなたの魅力がビキビキ伝わってきた!」

「え、えへへ……」

「レッスンで魅力を伝えられなきゃ、本番で伝えることは絶対にできないものね」


 ピーさんのちょっぴり厳しい言葉に、ハミィはしゃんと背筋を伸ばした。

 しめるところはきちんとしめる人らしい。


「ハミィちゃんに、これからの予定を伝えるわね」

「は、はぃ……」

「基礎練習をひととおり終えたら、ステージに立ってもらうわ」

「え? で、でも、ハミィなんかにはまだ早いんじゃ……?」


 ハミィは俺と同じような疑問を持った。

 そんな彼女に、ピーさんは自信をもたせるようにゆっくりと首をふる。


「いいえ、立てる。あなたはきっと歌って踊ることができるわ」

「そ、そうなのかしら……。ハミィ、物覚え悪いし……ダメダメなところが多いし……」

「悪い方向に考える癖があるのね」


 ピーさんはちょっと苦笑いした。

 けれど、すぐに大丈夫だというように微笑む。


「失敗してもいいの。むしろ予選は挑戦していくつもりじゃなきゃダメよ」


 俺は挙手をする。


「今の予選ではなにが決まるんですか? 長いこと開催してるみたいですけど」

「審査員の評価とファン投票で、本戦出場者が決まるの。予選上位者は本戦での曲を優先的に選べるし、それでセトリが決まるわ」

「セトリ?」


 ピーさんは「歌う順番よ」と答えた。コロシアム戦士は専門用語が多い。

 彼女は言葉をつづける。


「本選で歌う曲を決める権利を得るわけだけど……。歌う順番によって印象は変わってくる。しっとりした曲がつづいあとに、激しい曲は観客の掴みがいいわ」

「曲も決まっているんですよね?」

「管理組合が用意した課題曲があるの。いかに予選上位で突破して、いかに得意な課題曲を選ぶかが本戦でのカギになるわね」

「なるほど……予選から激しい戦いがはじまっているわけですか」


 俺はちらりとハミィを見る。


 ハミィは不安になったようで、わかるぐらいに自信が顔から失せていた。


「ハ、ハミィ……そんなに覚えられないかも……」

「大丈夫よ、ハミィちゃん。覚える曲はしぼって、予選上位に入ればいいの。今回のコロシアムはコロ活が浅い子ばかりだわ。勝ち目はあるわよー」


 ピーさんは勝ち目どころか、すでに勝ったような表情でいた。


 ちなみに、コロ活とは『コロシアム戦士活動』の意味らしい。

 コロシアム戦士は日ごろ、地方の地下コロシアムで知名度をあげるのだとか。


 ハミィは新しい力を得るためにがんばりたいと思っているようだけど、今はさすがに不安が強いようだ。 


「うぅ……自信ないわ……」

「ハミィなら大丈夫さ」

「せ、先輩……? で、でもハミィは……」

「ハミィは困難にむかってがんばれるのをしっている。そんなハミィに俺たちはいつも元気をもらっているよ。いつものハミィらしくいれば絶対大丈夫さ」


 俺はそう言ってあげた。


 いつのハミィらしくだと思いこみが強すぎて独特な世界に迷いことはあるが、今回は純粋にコロシアム戦士として力をつけたいだけだ。

 俺はまだ半信半疑なところはあるが、彼女がやる気なら応援してあげたい。


 ハミィはにこりと微笑んだが。


「――はっ! そんな軟弱な心でコロシアムを勝ちのこれるかしらね!」


 苛立った声に、俺たちはふりかえる。


 コロシアム戦士のマイムが、不機嫌そうに立っていた。


 まだビキニアーマー姿でステージ装備みたいだけれど……。

 どうして練習場に?


「アンタみたいなド素人が参加されても困るのよね。へったくそな歌と踊りのまま観客の前にあらわれたら、アタシたちコロシアム戦士の質が疑われるわ!」

「ご、ご、ごめんなさ……」

「謝るなら最初からでないでくれる?」


 マイムはステージ上とはうってかわり、とげとげしい態度だ。

 コロシアム戦士は二つの顔をもっているのか、これが素の性格らしい。


 真正面から敵意をぶつけてくるものだから俺もハミィも戸惑っていたが、ピーさんはニコニコ顔でいた。


「あらあら、マイム。ライバルがそんなに怖いの?」


 ピーさんの笑顔に、マイムは目つきを鋭くさせた。


「はあ? 冗談! 雑魚なんか気にするわけないわ!」

「ならなんで、わざわざ視察にきたの?」

「ざ、雑魚を蹴落とすために決まっているじゃない!」


 マイムは苛立ったようにそっぽをむいた。


 ピーさんと知り合いなのか?

 よく知った仲みたいだけど……。


 俺とハミィはマイムをじーっと見つめると、彼女は勝手に見るなといいたげに眉を思いっきりひそめた。

 そして、ピーさんに向かって叫ぶ。


「……どうしてよ、母さん!」


 え? あ……お母さんなの⁉⁉⁉


「アタシにはレッスンしてくれなかったのに……! どうして……どうして! こんなどこの馬の骨かわからない奴を……!」

「ハミィは牛獣人よ?」


 ハミィは素で言った。ゆずれないところだったらしい。

 それを宣戦布告と受けとったのか、マイムは穴があく勢いで睨つけてくる。ちぢこまったハミィに舌打ちして、ドスドスと足音を立てながら去っていく。


「アンタなんかに……ぜーーーーったい負けないんだから!」


 そう、吐き捨てるように言った。


 俺もハミィはどーゆーことなのかと、ピーさんに視線をやる。


「昔から手のかかる子でね」


 ピーさんは嬉しそうに笑い、それ以上は語ってくれなかった。


 う、うーん……悪い人じゃないとは思うけれど……。ピーさん共々、やっぱり、かなり濃い目の世界な気がする……。


 ハミィの意志は尊重したいけど……。

 染まりきらないよう俺はしっかりしなきゃな。

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