第18話 ただの門番、導く者と出会う
「――あなた、コロシアム戦士の素質があるわね」
パリッとした女性が俺たちの前にあらわれた。
歳は40前後ぐらいか。背筋が気持ちいいぐらいにまっすぐで、ギラギラした瞳は内なる野心を感じさせる。年齢以上に若さを感じる人だった。
係員のお姉さんが瞳をキラキラに輝かせる。
「……も、もしかして伝説のピーさんですか⁉」
「そう呼ばれたこともあったわね」
「は、はわわー!」
ただのファンみたいになったお姉さんに、俺は聞く。
「有名な人なんです?」
「し、知らないんですか⁉ 今のコロシアムの立て役者であり、数々のコロシアム戦士を育てあげた伝説の存在ですよ⁉ 引退したって聞いていたのに!」
お姉さんは俺なんかもう視界に入らないようで、伝説のピーさんを熱く見つめている。
つまり、裏方で超有名な人なのか。
変わった名前だなと思っていたら、ピーさんが苦笑した。
「コロシアム戦士を導く人を通称『ピー』と呼ぶのよ。それに伝説なんて呼ばれるほどじゃないわ。私は原石を輝かせただけ」
自信にあふれまくった人だな。
俺たちになんの用だ?
するとピーさんは、おどおどしていたハミィに近づく。
「ナイスビキニ!」
「ナ、ナイスビキニ……?」
ハミィは自信満々オーラに気圧されていた。
「あなた、素敵なビキニの着こなし方ね……。驚くぐらいに馴染んでいるわ。もしかして普段から着ているの?」
ピーさんはハミィに優しく微笑む。
それで警戒が和らいだのか、ハミィはためらいがちに答える。
「は、はい……。お母さんのビキニで……」
「あら、お母さんはコロシアム戦士だったの?」
「い、いいえ……。お、お母さんは保安官です。お母さんの故郷を守りたいって意志を引き継いだから、ビキニを着ています……」
母親のビキニなんて普通の人なら困惑するところだろう。
しかしピーさんは瞳を一番星のように輝かせた。
「あなたの背景が見えたわ!」
ピーさんの態度に、周りの人たちがハミィに注目しはじめている。
「あの子、ピーさんのお眼鏡にかなったのか?」「伝説の再来か⁉」「可愛い子だが……コロシアム戦士としてはおどおどしすぎだな」「なによ! ただのビキニ娘じゃないの!」
期待、羨望、嫉妬、いろんな視線にハミィはちぢこまる。
ピーさんはまわりをなだめるように、涼しげに微笑んだ。
「みんな、ビキニは着れども着られるなよ」
周りの人はそれで納得したようで静かになる。
え? そんなに説得力あるワードなの???
独特な世界を感じていると、ピーさんがハミィに一歩近づく。
「あなたのお名前は?」
「ハ、ハミィ=ガイロードですぅ……」
「綺麗なひびき……コロシアム戦士にぴったりな名前だわ。ハミィちゃん、コロシアム戦士の資質を開花させてみない?」
ピーさんは答えなんてわかっているみたいな笑みで、ぐぐっと近づいた。
ガンガン押してくるなあ……。
悪い人じゃなさそうだけど、自分の世界がものすごく強い人な気がする。そういった人がハミィとどんな化学反応を起こすやらだ。
これまた独特な世界を持っているハミィは、遠慮するように首をふる。
「ハ、ハミィは戦士じゃなくて魔術師で……」
「魔術師なの? ならコロシアム戦士はうってつけよ!」
「せ、戦士なのに……?」
「コロシアム戦士は歌って踊ることで仲間を鼓舞するの! どんな術師よりもサポートに優れているわ!」
それは本当に戦士なのかと思うが、ハミィは少し興味を持つ。
「ホントにホント……?」
「本気の本気よ!」
ピーさんは白い歯をきらーんと輝かせた。
うー、うーん……コロシアム予選を見るかぎり、たしかに観客は盛りあがっていた。
だが歌や踊りで仲間を鼓舞できても、戦闘で力になることなんてない。
話がこじれるまえに、ちょっと口をはさもう。
「あの……ピーさんでしたっけ?」
「ええ、あなたは冒険のお仲間かしら?」
「はい、そうですね」
「仲間が成長するのは喜ばしいことじゃない?」
「その……疑っているわけじゃないのですが……。コロシアム戦士が戦力になるとは、ちょっと……」
「……なるほど、直接見てもらった方がいいわね」
ピーさんは俺の懐疑的な視線をまっすぐな瞳でバチコーンと返してくる。
俺がドキリとしていると、彼女は天高く指をあげた。
「これが、コロシアム戦士の力よ!」
「っ⁉⁉⁉⁉⁉⁉」
ピーさんを中心に世界が変わった。
気がした。
現実が変わったわけじゃない。それなのに満員御礼のコロシアムステージで、若き日の彼女が天高く指をあげている光景が見えたのだ。
華やかなステージ。さめることのない熱気。
地鳴りのような拍手と歓声を、俺はたしかに見たのだ。
「ステージが観えたっ……⁉」
「先輩⁉」
俺はがくりと膝をついた。
ピーさんはさもありなんと微笑みかける。
「真のコロシアム戦士はね、どんな場所でもステージになるの。その身に刻まれたステージの記憶で輝いて、仲間を心から元気づけるわ」
「満員御礼のコロシアムが見えました……!」
「満員? ……あなた、想像力が強すぎるって言われない?」
「とても!」
「ピーの素質があるわね」
「俺に……ピーの素質が……?」
トクンと、心が打たれた気がした。
「真のコロシアム戦士は突撃笛なんかよりずっとずっと……仲間をアげるわよ?」
ピーさんの言葉に根拠なんてない。
根拠がないはずなのに、力に満ちあふれていた。
コロシアム戦士! いったいどれほどのものか!
って、いかんいかん! わけのわからない熱に浮かさて、よくわからんことをハミィに薦めるわけにはいかない!
そう思っていたが。
ハミィは少し前のめりになって、ピーさんに言う。
「や、やるわ! ハミィ、コロシアム戦士になる!」
「ナイスビキニ! よい表情ね‼」
ナイスビキニは感動詞の一種らしい。
……やっぱり、ちょっと、いやかなり、濃いめな世界な気がする。
しかしハミィは不安な表情のままでも、その瞳は未知への挑戦に挑もうとする輝きをたたえていた。
ハミィ……やるつもりなんだな……。
だったら俺ができることは……精一杯の応援だ!
ハミィと俺は覚悟を決めた表情でいたが、サクラノはとても冷静な表情でいた。
「メメナ、師匠とハミィがまた独特な世界に足を踏みいれているのですが……」
「…………」
「ああっ、口をふさいで静観メメナに⁉ もー、知りませんよー。師匠ー、ハミィー。わたし、旧コロシアム参加者に喧嘩をふっかけてきますからねー?」
サクラノたちにはピーさんの魅せたステージが見えなかったようだ。
ピーさんはただただ自信ありげに、まばゆく微笑む。
「さあ、新しい戦士の形を教えてあげるわ!」
新しい戦士の形!
俺はまだ半信半疑だが……みせてもらおうじゃないか!




