第17話 ただの門番、コロシアム戦士を知る
仲間と小さな町で合流する。
そこで一泊したあと、俺たちはコロシアムに向かった。
本選はまだ先だが、準備するにこしたことはない。
どんな戦場かわかるだけでも戦闘が楽になるものだ。
ちなみに女子は最初から試験パスだ。厳しいチェックはなくて、現地での飛び入り参加もオッケーらしい。
どういことなんだろうなーと雑談しつつ、俺たちは現地に向かった。
コロシアムは遠目でわかるぐらいに大きかった。
数百年前に建てられた円形闘技場らしく、崖を削りとった場所にある。
天井はないようで、歓声が外からでも漏れ聞こえてきた。
崖には戦士の彫像が刻まれている。レジェンド級の戦士は『栄誉を称えて刻む』と看板に書いてあった(ザンキさんに似た『剣王』と呼ばれる彫像もあった)。血と汗がこびりついているのか、地面の土は乾いているのに熱気を感じた。
コロシアム前の広場には、テントやキャラバンが集まっていた。
観客に商人、あとは戦士がここで各々好きなように待つらしい。
すでに出店やらで盛りあがっている。すごい活気だった。
こりゃあ王都でもそう見かけることのできない大イベントだな。いったいどんな強者が集まっているのかと、俺たちはワクワクしながらコロシアム内に入る。
それで、だ。
俺もサクラノもハミィも、その予選に面を食らった。
「――とびっきりの笑顔で踊っちゃおう♪」
ツインテールの女の子がコロシアム中央のフィールドに立っていた。
土のグラウンドを縦横無尽に駆け回っている。
戦ってはいない。
音拡声石を使い、飛び跳ねるように踊っていた。
「すべては夏のせいだからー♪」
あと歌っている。合奏団の曲に合わせて、なぜだか歌っていた。
女の子の歌に、観客席の人たちは「ふぅ! ふぅ!」と合いの手をいれている。
観客席の通路で、俺たちは呆然と立ちつくしていた。
「師匠……これは、なんでしょう?」
「……コロシアムの予選? ……ほら、鎧を着ているわけだし」
サクラノは否定したそうな顔だ。気持ちはわかる。
だってツインテールの女の子は、ビキニアーマー姿だからだ。
ビキニアーマー。ほぼ水着みたいな形状の鎧のことだ。
一応魔術適性が高く、補助術や加護を受けやすい装備ではある。
だが、ほぼ素肌なわけで『ビキニアーマーを着るぐらいなら革鎧のほうがマシ』ともっぱら評判の嗜好品。もっと魔術適性の高いバニースーツが冒険界隈では優先される。
そんな鎧をまとい、ツインテールの女の子は踊っているわけだ。
俺はじとりとメメナを見つめる。
「ん? ワシはなーんもしらんぞ」
「……まあ、メメナならここに来る前から楽しそうにするか」
「さすが兄様、ワシをよく知っておる」
メメナは嬉しそうにうなずいた。いつもの悪戯じゃないようだな。周りの人に話を聞こうとしたが、彼らはコロシアムの戦いに(戦い?)夢中だ。
と、通路の壁でツインテールの女の子を静かに見つめる男がいた。
俺は、その後方で腕組みしている彼に声をかける。
「すみません、今ちょっといいですか?」
「……なんです? 今はマイムちゃんの予選なんですけど?」
後方腕組み男は厄介そうに言った。
「ここってコロシアムですよね?」
「そーですよ。見てわかりませんかね?」
「歌って踊っているように見えるんですけど……」
「そりゃあ歌って踊りますよ。なにせコロシアム戦士ですからね」
「コロシアム戦士」
俺の知る戦士とぜんぜん違くて、頭が理解を拒む。
後方腕組み男は、俺をじろじろと見つめてくる。
「もしかして、旧コロシアムの参加者ですか?」
「……旧? あの、どういう意味で?」
「対人やら対モンスターやらで、血を流しながら戦うコロシアムのことですよ」
「それがコロシアムだと思うんですけど……」
後方腕組み男は、わかってないなーとかぶりをふった。
「血がぶししゃー、凶悪モンスターがうががーなんてのは、今は流行りませんからね。娯楽が少ない昔ならいざしらず……エンタメも多様性です。そもそも旧コロシアムは体面も悪いですし、戦いが好きな人は冒険にでますしね」
それはそう。
それはそうなのだが、納得はできなかった。
「……もうコロシアム要素ないじゃないですか」
「わかっていませんね。血を流さない代わりに、戦士は輝く汗を流すようになったんです! 歌に踊り! 観客を心から魅了する戦士にね!」
後方腕組み男は興奮しながら言った。
そして見てくださいよと、フィールドをずびっと指さす。
「どう思います⁉」
「コロシアムのフィールドにいる子ですよね……」
「ステージです!」
「ステージの子……可愛いと思います……」
「でしょう! マイムちゃんは可愛いんです! 見てください今のターンステップ! 去年からはるかに進化している! それだけで血のにじむ努力が伝わってきます!」
「はい……」
「人は血を流さなくても、心をゆさぶられるんです! 感動できるんです!」
男の熱に押されるに押されて、俺はうなずくしかなかった。
「はい……はい、そうですね……」
「……まあ旧コロシアム要素もありますよ。ほら」
後方腕組み男はステージを見つめたので、俺も釣られて視線をやる。
マイムという女の子に向かい、小さなスライムが突進してきた。
小さくても魔物は魔物。
スライムはヤる気満々でぽいーんと攻撃をしかけていたのだが、マイムは手に握っていたマイクで殴って倒した。
「みんなー! 応援ありがとー! わたし、今日もまたレベルアップしちゃったー!」
コロシアムで歓声が起こる。
「成長見守っているよー!」「応援しているよー!」と声援がとぶ。
後方腕組み男は涙ぐむどころか、ぼっろぼろに泣きはじめる。
「マイムちゃん! すっごく努力したんだね! 君こそが最高の戦士だよ‼」
「……それじゃ、俺はこれで。お話ありがとうございました」
「あ、旧コロシアムも開催してますよ。伝統維持のためにね」
後方腕組み男は、ちょいちょいと壁を指さした。
羊皮紙には、コロシアムの日程が書かれている。
早朝のだーれも見ないような時間帯で、対人メインの試合がひらかれるらしい。
どうして臨時試験会場がしょぼかったのか、なぜ試験官が他にいなかったのか。
あとザインさんがなにを憤っていたのかがわかった気がする……。
とりあえずコロシアムが変化した理由はわかった。
時代の流れと共に、新しく生まれたものがあったらしい。
俺は仲間に「どうする?」と確認する。サクラノとハミィは「試合がやっているのなら参加したい」と言ってきた。
――というわけで観客席を離れて、コロシアムの受付に向かう。
ビキニアーマー姿の係員のお姉さんがいたので登録することになったのだが。
サクラノが顔面真っ赤で怒鳴るように叫ぶ。
「な、なんだと⁉ なぜそうなるのだ⁉」
「ですから規則です」
「ビキニアーマーを着る必要はないだろう⁉ わたしは対人戦をしたいのだ! 旧コロシアムのほうだぞ⁉」
「旧でも女性はビキニアーマーの着用が義務づけられています」
係員のお姉さんは事務的にさらりと答えた。
あの受け答えは慣れている……。
ああなると、流れ作業のようにしか応対しない。あまりにひどい苦情のときは、俺もたまに同じことしていたな。
「だ、だが……!」
「コロシアムはエンタメ至上主義。新でも旧コロシアムでも観客を楽しませる責務があると、わたしども管理組合は考えております」
係員のお姉さんは、イヤなら去ってもかまわないと笑顔で伝えてくる。
戦いが否定されたわけじゃないので、さすがにサクラノも強く言えないでいた。
どーにもバニー村と似たような空気を感じるな……。客ウケを考えすぎた結果が今の現状みたいだ。
サクラノはがっくりと肩を下げてしまい、逆にメメナがノリノリでたずねる。
「のうのう。ビキニアーマー着用ならワシ、参加したいのじゃがー」
「年齢制限と身長制限にひっかかりますね。ご時世的に難しいです」
「そこはきちんとしているのぅ……」
「獣人のお連れさまはどうされますか? やる気はあるようですし」
係員のお姉さんはハミィのビキニを見つめながら言った。
ビキニ姿で来たらやる気アリだと思うよな。
当のハミィは「ハミィは……ハ、ハミィは……」と、どうしようか悩む顔でいた。まあこの様子だと旧コロシアムは、お祭り気分の記念参加の人が多いかもしれない。丸太が斬れない人も多かったし。
気にせずに諦めてもよいと俺が告げようとした、そのときだ。
「――あなた、コロシアム戦士の素質があるわね」




