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第16話 ただの門番、ただの試験官になる②

「まだ一人、残っていましたね。すみません」


 精悍な男が、異彩を放ちながら立っていた。

 年齢は40半ばぐらいか。剣にも鎧にも装飾はない。余計なものを一切合切そぎ落としたような出で立ちだ。異様な圧がある。強さを凝縮しきったような男だった。


 ……雰囲気あるな。


「確認ですが、俺と全力で戦う必要はありません。コロシアムに参加するための技量が十分だとわかりましたら、その時点で合格になります」


 そう注意しておかなければ、ガチバトルしかねない空気だ。


 なのに精悍な男が嬉しそうに唇をゆがませる。


「コロシアムが軟弱になって久しいが、くくっ……面白い試験官がいるではないか」

「あ、あの……俺の話を聞いてくれました?」

「肩慣らしにはちょうどよい」


 精悍な男はぶうんと剣をふるった。

 サクラノがベタ褒めしそうなぐらい、よく手入れされた剣だな。


「あくまで試験ですよ? 本選じゃないですよ?」

「貴様もそれだけの腕ならば、武人として強者と戦いたくなろう」

「俺、ただの試験官なので……」


 ダメだ……話をぜんぜん聞いてくれない……。自分のペースで会話する人は困るなあ。俺も気をつけよう。


 いっそもう合格にするか?

 でも問答無用で戦ってきそうだしな。


「……気がすんだら終わりにしてくださいよ」


 俺はロングソードの鞘を抜いた。


「ほう? 鞘は外すのか」

「加減できそうにありませんしね。それで、あなたのお名前は?」

「ザンキ。剣お……いや、その称号はもはや捨てたか」


 そう名乗ったザンキさんは、わずかに眉をひそめた。


 昔は有名な人だったのか?


「ただのザンキだ」

「そうですか、俺の名前は――」

「いらぬ。敗者の名は覚えぬ」

「……わかりました。それじゃあ、ただの試験官がお相手しますよ」


 自信アリアリだな。舐められることは慣れているが、馬鹿にされっぱなしなのはしゃくだ。試験は厳しめに評価しよう。


 ザンキさんはゆったりと剣を下段でかまえる。む? 

 妙な圧だな。魔性に近い気配があるような……。


「すぐに終わるでないぞ‼‼‼ ただの試験官!」


 ザンキさんが踏みこむと突風が巻き起こり、もう眼前だ。


 早いっっっ! 王都の下水道ぐらいは攻略できそうな人だ!


「しっ!」


 ザンキさんの呼吸音と共に剣が振りあげられる。

 俺はギリギリで回避したが、返し刃が襲いかかってきた。これもギリギリで回避しようと思ったのだが。


 っ⁉ まずい!


「しっっっ!」


 俺は体を大きくひねって避けて、距離をとる。

 ザンキさんの剣はからぶるも、後方の木々がずずーんと斬られたように倒れた。


「ほう! 勘のいい奴だ!」

「今のは斬撃を飛ばしたのか⁉」

「ふんっ……この程度で驚くではないわ!」


 俺はひどく動揺していた。その隙を狙うように、ザンキさんはばびゅんばびゅんと斬撃を飛ばしてくる。


 ほらーーーーー! ほらーーーーーーーーーー!

 やっぱり技術で斬撃を飛ばせるじゃないか‼‼‼


 あっぶねーーーーー! いつも『ありえない!』『魔術だろ!』とか言われるから、『俺もしかしてスゴイことをやってる?』って勘違いするところだった!


 ならばっ!


「せいいっ!」


 飛んでくる斬撃を、お返しとばかりに飛ぶ斬撃で撃墜する。

 ザンキさんは足を止めて、にたーっと不気味に笑った。


「貴様も斬撃を飛ばせるか!」

「がんばって鍛えましたから! 斬撃! 飛ばせるものですよね!」

「深奥に辿りついた者ならばな!」


 俺もニッと笑いかえす。雰囲気に合わせた。

 シンオウってのはよくわからないが、王都の下水道と似ているところだろう。


「本気でいく! ただの試験官! 私を楽しませてみろ!」


 ザンキさんは剣を連続でふり、何十もの斬撃を飛ばしてくる。


 迎撃……! 

 いや! ザンキさんが斬撃にまぎれて襲いかかってきている! 


 俺は斬撃の嵐をかいくぐり、真正面に振りおろされた剣と打ち合わせる。ガキンガキンッと火花が散る中で、ザンキさんはわずかに不満げにした。


「貴様、剣の手入れを怠っているな?」

「……あ、はい、すみません。まあまあ忙しくて」

「まったく……! 武器あっての武人ぞ!」


 ザンキさんは叱りつつも、嬉しそうに剣を合わせてきた。


 ザンキさんの圧が強くなる。

 けれど最初の鬼気迫る感じはうすまってきていた。もしかして魔性だと思っていたのは、俺の勘違いだったのかな。


 っと⁉ あぶねー! 押しきられそうになった!

 なんだかんだで俺も武人なところがあるのか、楽しくなってきたぞ!


「せいっ!」


 大きく剣をはじいて、俺は空中を駆ける。

 地上から数メートルの高さでふんばって、ザンキさんを見下ろした。


 さあ! 空中戦だ!


 しかしザンキさんは『こいつ人間か?』みたいな視線で見つめてくる。

 ……ちょっと不安になったので俺は地上に降りて、剣戟に付き合うことにした。


 十、百、千合。

 秒、分、数時間は打ち合っていたか。


 汗だくだくのザンキさんは地面にばたりと倒れて、ぜーぜーと荒い息を吐いていた。

 俺はロングソードを鞘に納めて、荒い息を整える。


「ぜーぜー……ま、満足しましたか? ぜーぜー……」

「…………下手な演技はよせ、少しも疲れておらぬだろう」


 バレてた。

 満足してくれるかなと俺も疲れたフリをしたが、余計な気遣いだったみたいだ。


 怒らせたかなーと思ったが。


「ははははははははははっ!」


 ザンキさんは地面に倒れたまま大声で笑った。

 積もるに積もった鬱憤が晴れたかのように笑うので、俺は面食らう。


 ザンキさんは上半身をよろよろと起こし、どっすりと胡坐になる。


「お前、どこで鍛えた?」

「どこって……王都の下水道ですけど……」

「下水道?」

「俺、元々は王都の兵士でして、そこで雑魚モンスターを狩っていました……」


 この話をすると、だいたい疑いの眼差しを送られるのだが。


「……そうか。お前ほどの者が言うのならば、そうなのだろうな」


 あっさりと信じてもらえた。

 ザンキさんからは最初出会ったときの張りつめた気配はなくなっていた。今は春風のような爽やかさを感じる。


「ふっ……コロシアムの軟弱さに呆れ、嘆き……堕落しきった奴らの前で盛大に暴れてやろうと山籠もりをしておったが……。気が晴れた」

「は、はあ……? たしかに、ザンキさんから嫌な気配を最初感じていましたが……」

「ふむ? いつしか魔にとりつかれておったか」


 ザンキさんは厄介そうに胸をぽりぽりとかいた。

 それから恥じるように頭を下げる。


「強さの形にこだわるあまり、視野狭窄になっておった。ははっ……コロシアムだけが己の求める強さではないわな」

「……そうですね」


 よくわからないが相槌はうった。

 ザンキさんが立ちあがる。


「世界は広い。そんな当たり前のことを忘れるとは、器の小ささを痛感した」

「あの……試験は合格になりますけど……どうしますか?」

「辞退する。私が求めるものはあそこには……いや、この仕合で十二分に満足できた」

「なら、よかったです」

「お前の名は?」


 俺はためらってから答える。


「……ダン=リューゲル」

「よき名だ」


 からかわれず素直に褒められたので、俺はちょっと照れた。


「それではな、ダン殿」

「え? どこに行くんです?」

「世界を回る旅にでる。ダン殿、気をつけろよ、あのコロシアムには心を蝕むなにかが……。まあ、ダン殿のような試験官がいれば大丈夫か」


 ザンキさんはひとりごちたあと「息災でな」と言い、去っていく。


 えーっと、なにか勘違いされたような……。

 俺からは参加者一人もいないわけになるけど、大丈夫かな……?


 ――と、そんな心配は不要だったこと。

 ザンキさんがなにに憤っていたのかを、俺はすぐに知る。

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