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第15話 ただの門番、ただの試験官になる①

「6番の方、どうぞー!」


 俺はリストを片手に番号を読みあげた。


 森のちょっとした広間。ほどよく整地された場所で何十人か集まっている。

 今日は日差しがポカポカで温かい。のんびりするには持ってこいの日だが、集まった人たちの人相は険しい。


 なんなら全員武装していた。

 彼らは冒険者じゃない。コロシアム参加者だ。


「おう! オレ様が6番だぜ‼」


 スキンヘッドの大男が威勢よく返事して、のっしのっしと歩いてくる。

 大男は斧を持ち、丸太の前に立つ。他の参観者が見守る中で、大男は肩を鳴らしてから「んどりゃあああ!」とふりおろした。


 しかし丸太はたいして切れなかった。


「はい、失格です」

「し、失格⁉ そりゃないぜ! チャンスをくれよ!」

「来年、腕をあげてのご参加を楽しみにしております」


 俺は事務的な笑顔で言った。

 問答を長引かせるよりは、さっぱり流したほうがよいときもある。スキンヘッドの男は肩をしょげて去っていった。


「次! 7番の方、どうぞー!」


 俺は今、コロシアム参加者の試験官をやっていた。


 ちょいと話をさかのぼる。

 館のコレクションは、たいしてお金にならなかった。


 スルに鑑定してもらったが、ただの趣味品らしい。

 スル曰く『旦那ー、その巨万の富ってのは嘘だね。好事家に売ったとしても手間賃を考えればトントンになるよ』だとか。一応、館自体には資産価値があるらしい。とりあえず売却はせず、管理権は彼女にゆずって拠点代わりにすることにした。


 というわけで金欠継続中。


 王都に援助を頼むべきか。でも王都とのつながりを闇の存在に悟られたくはない。俺はただの一介の冒険者であり、門番なのだ。


 そんなとき、サクラノとハミィが情報を持ってきた。


『師匠! コロシアムですよコロシアム!』

『せ、先輩……お金が稼げるチャンスかも……?』


 アガーサの町より北。主要路からけっこー離れた場所に、なんでも数百年前の円形闘技場があるのだとか。


 円形闘技場では年に一度、武闘大会をひらくそうな。


『へー。そりゃいいな。大きなイベントなら稼げる仕事がありそうだ』


 俺がそう答えると、サクラノは不満そうにした。


『師匠ー、参加しましょーよー』

『腕に覚えのある人が集まるんだろ? 怪我したくないし、堅実にお金を稼ぐよ』

『師匠ならぜーったい優勝できますってば!』


 この弟子は師匠贔屓なところがあった。

 サクラノとちがい、俺は武人キャラでもない。腕試しをしたい気持ちもあるにはあるが、だからといって参加するほどはなかった。


 ただ、ハミィはノリ気だった。


『先輩は参加しないんだ、残念。ハミィは獣人代表の魔術師としてがんばってくるね』


 意外……でもなかった。

 ハミィは母親の意志を継ぎ、立派な保安官になるため故郷を旅立った。だからサクラノと特訓しているし、モンスターとも果敢に戦う。


 弱気な態度でつい誤解しかけるが、勇気のある子だ。


「――はい、失格です。来年の参加をお待ちしています。次、39番の方ー」


 ということで俺たちはコロシアムに向かった。

 途中、小さな町でコロシアムの警備(高額)を募集していたので、俺は面接を受ける。

 王都の兵士だった職歴から試験官(高額!)の仕事も頼まれたが、ここまでの経緯だ。


 しっかし、なんでこんな辺鄙なところで試験をしてんだろ?

 飛び入りの試験会場はここだけみたいだし、他に試験官はいないし……。


「次の方は……いませんね」


 残ったのは十数名。他の人は残念そうに帰っていった。

 丸太を斬れない人、わりといたな。


「それでは次の試験になりますが、俺と手合わせてしてもらいますー!」


 俺はロングソードを鞘に納めたまま楽に構えた。

 参加者たちは少し動揺していたが、着物姿の男が手をあげる。


「お主を倒せばいいわけか?」

「いえ、ただの手合わせです。防御技術がちゃんとあるか、ちゃんと周りを見ながら立ち回れるかとか。そういったチェックになります」


 大昔のコロシアムとはちがって安全基準をもうけたらしい。

 過失による事故をなるべく防ぐ方針だそうな。


「拙者は手加減が苦手なのだが、かまわぬか?」


 着物姿の男はすらりと腰のカタナを抜いた。サクラノのカタナより長めだな。


「好きな武器で好きなように戦ってかまいませんよ」

「ふっ……お主も大変だな」

「お賃金がいいので。危ないと思ったらすぐに降参しますから、勘弁してくださいね」


 試験場でちょっと笑いが起きる。

 リラックスできたらなによりだ。


 まー、どこにでもいる兵士相手に緊張する人はいないか。高額のお仕事とはいえ、わりと危ない仕事を受けたかな。


 と、着物姿の男がゆらりとカタナを構える。


「では……まいるっ!」


 流れる水のような動きで一気に間合いを詰めてきた。

 動きは綺麗だ。綺麗だけど……隙が多すぎる。


 斬撃を半歩下がって避ける。んでもって鞘付きロングソードでぺしりと手をはたいた。


「はい、失格です」

「はっ? え? え???」

「来年のご参加お待ちしていますー」


 着物姿の男は信じられなさそうな顔でカタナをひろい、信じられなさそうな顔のまま参加者の元に戻っていった。


 動きは綺麗だけどな。あれじゃあ王都の下水道もろくに攻略できない。


「では次! 準備ができた方からどうぞ!」


 参加者は顔をひきしめる。

 さすがコロシアムに参加しようとする人たちだ。ゆるい空気は一気に消えた。


「オ、オレがやらせてもらう!」


 布で拳を固めた男がやってくる。拳闘士か。

 男は左右にゆれ動きながらフェイントを幾重にもかけて、乱撃を放ってきた。


「おらああああああああ‼‼‼」


 動作のフェイント。視線のフェイント。いろいろ工夫しているな。


 だが、いかんせん攻撃そのものがぬるい。

 サクラノの乱撃にも遠くおよばないなと、攻撃を避けて、ぺしりと腰を叩いておいた。


「はい、失格です」


 拳闘士がすごすごと立ち去る。

 すると、いかにもパワー系な男が両腕を広げて突進してきた。


 投げ主体かな。ならそのまま掴ませるか。


「ふぬらばああああああああ!」

「はい、失格です。来年の参加をお待ちしていますね」


 俺は身体を掴ませたまま告げた。

 ビクともしない俺に諦めたのか、パワー系っぽかった男が悲しい顔で去っていく。


 さすがに、ちょっと調子が悪いときのハミィよりパワー不足なのはな。


「つ、次は私だ!」


 投擲武器で牽制するタイプか。

 全部避けきって、失格させた。


 メメナの弓術より……いや、メメナの弓術はめちゃくちゃ優秀か。あの子より狙撃が上手な子はしらないや。


 とまあ次に次に、次に、と俺は参加者を失格させていく。


「――次の方は、もういませんね」


 参加者はぜいぜいと息を切らして、地面にへばっていた。


 う、うーん……記念参加のつもりできたのかな?

 俺がそう考えていると「強すぎる!」「厳しい!」「やりすぎだ!」「なんの陰謀だ!」とわーわーと不満を叫ばれた。


 王都の一般兵士レベルの基準なのに……。


「わ、わかりました! 俺は両手両足をしばりますので、それで再試験しましょう!」


 ボキリと、なんだか心が折れるような音がいっぱい聞こえてきた。


 参加者たちはどんよりとした空気ですごすごと去っていく。

 な、なんだか、すごく悪いことをした気がする……。でも評価基準を下げすぎるのは事故の元になるし……。


 おや?


「まだ一人、残っていましたね。すみません」


 精悍な男が、異彩を放ちながら立っていた。

 彼の剣にも鎧にも装飾はない。余計なものを一切合切そぎ落としたような出で立ちだ。異様な圧がある。強さを凝縮しきったような男だった。


 なんだ。いるじゃないか、強い人。

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