Sideクオン:クオンの資質
門番たちが館に泊まり、日が暮れる。
魔がひそむにはもってこいの夜。ノクスの館前で影が蠢いた。
クオンである。
影の中から彼らの活躍を見ていた彼女は、ものすごく簡潔に感想を述べた。
「……笑劇?」
《おのれおのれおのれ‼‼‼ 我が蒔いた魔性が……目覚めるはずの悪意が! ああもコケにされようとは! 許さんっ、許さんぞ‼》
精神内の魔王ヴァルボロス(力の断片)が騒いだので、クオンは顔をしかめる。
「ヴァル、うるさい」
《魔王ヴァルボロス様だ! 何度言えばわかる!》
「……力の断片じゃん。王の欠片もないじゃん」
《クオン! その気になれば、お前の精神を壊せることを忘れるでないぞ!》
クオンはうっとおしそうに唇を曲げた。
生意気な反応にヴァルボロスは苛立ったが、器が壊れては元も子もない。なので脅しになっていないことはわかっていた。
「……ヴァルは本当に面倒なんだから」
《聞こえておるぞ!》
クオンの精神に宿ってはいるが、心を読めるわけじゃない。
だからこうして会話をする必要があった。
《世界を震撼させた魔王ヴァルボロスが、こうも舐められるとはな……》
クオンはしらーっとした顔なのが、余計に腹が立った。
十数年、共に行動していたのでお互いに遠慮はない。対等といえば対等な関係だが、ヴァルボロスは隙あらばのっとりを考えているし、クオンも油断はみせない。
マイペースで感情がわかりづらいのが面倒だと、ヴァルボロスは思った。
《我がせっかく英才教育をほどこしているのに……》
「ヴァルの押しつけじゃん」
《お前は最悪の魔王になれる素質があるのだぞ! チッ……ピーピー泣いていた頃のほうが、まだ可愛げがあったわ!》
「泣いていたのはヴァルのせいだし」
それは間違いなかった。
クオンに闇の資質を見出したヴァルボロスは、性根から闇に染めあげんと鍛えあげることにしたのだ。
といっても、人間の悪意を見せるだけだが。
クオンが大きな角と漏れでる闇の資質で人間から気味悪がられても、どこかで手を差しのべる者はいる。
幼いクオンを心配して、家に招く者もいた。
『――あらあら、可愛い獣人のお嬢ちゃんね』
そう言って、優しい夫婦が幼いクオンに手を差しのべたこともあった。
どこかの農村に迎え入れられたこともあった。
仲間以外は心を許すことがない部族の一員になったこともあった。
貴族の目に留まったことすらあった。
そのたびにヴァルボロスが介入した。
『――くそが!』『――てめぇ!』『――なにをしやがる!』
悪意の感情をばらまいて、人間同士が争う姿をクオンに見せつけたのだ。
力の断片とはいえ、弱い人間ならば時間をかければなんとかできる。
優しかった人たちの争う姿はさぞ堪えたようで、クオンは自ら彼らのもとを去っていき、孤独の旅をつづけていた。
すべては最悪の魔王クオン=ヴァルボロスを誕生させるため。
《だというのに! お前はあの瞳を失いおって!》
いつからか、クオンは世を恨みような瞳ではなくなった。
現実を冷めたように見るが、自分好みのよどんだ瞳ではなくなっていたのだ。
「ヴァルの英才教育のおかげだよ」
クオンはお前が悪いんだろうと言いたげだ。
マイペースで飄々としているようで昔から反骨精神バリバリだなと、ヴァルボロスは不機嫌になる。
《ふん……我の邪魔はするでないぞ》
「追いつめたらなにをするかわからないものね」
《ああっ、お前と我が壊れてでも悪意の芽をいたるところに解き放ってやる!》
「だからさ、ボクは魔王として勇者に戦いを挑んでいるけど?」
お望みどおりにしているじゃんと、クオンの瞳が告げてきた。
《まあ……多少なりとも魔王の自覚が生まれたようだが……》
「そーだよ、でなきゃ勇者に戦いを挑まないよ」
《……ふんっ》
怪しいものだと、ヴァルボロスは思った。
館の一件においても、タイミングを見計らったかのように姿をあらわしていた。
クオンの立ち位置がどちら側なのかわかろうものである。
おそらく、勇者との戦いに積極的なのも『あの門番に内なる魔王ヴァルボロス』を滅ぼさせるつもりなのだ。
奴には冗談めいた力と強さがある。クオンはそこに賭けている。
そういう魂胆なのだ。
だがなと、ヴァルボロスは不敵に笑う。
「……ぁ」
クオンは影の中から館を見つめた。
門番たちが楽しそうに食事する光景を、ひどくうらやましそうにしている。
クオンは闇側の人間だ。よどんだ闇からまばゆい光を眺めるしかない存在だ。光を羨み、悔やみ、嫉妬する。自分のように。
《くくっ……どうした? クオン》
「別に、なんでもない」
なんでもあると顔に書いてあるわ、とヴァルボロスはほくそ笑む。
真の魔王として覚醒するためにも己の立ち位置はしっかりとわかっておけと、そう思っていたのだが。
「――おーい、クオン。いるなら一緒に食事しないかー?」
門番が窓をあけて、マヌケな声で聞いてきた。
なぜ食事をするのが当たり前のような顔でいるのかと、ヴァルボロスは苛立つ。
《はっ! 馬鹿馬鹿しい! 光と闇が同席などするか!》
クオンが影からずぶずぶと姿をあらわす。
《お、おい……クオン?》
門番はやっぱりいたんだなと笑顔になった。
クオンは表情をくずさずに、淡々と告げる。
「お前とボクは相容れぬ存在だ。わかっているのか?」
《お? いいぞいいぞ。言ってやれ》
門番は苦笑する。
「あー……うーん。光と闇プレイもいいけどさ、一人で食事もつまらないだろ? それに食材が余っていて作りすぎたんだ。一緒に食べてくれると助かる」
「……今宵の月は魔を帯びている。ボクをただ闇にひそむのみ」
《うむ、よき心がけだ》
「ステーキはある?」
《おい‼ 何を言っている⁉》
クオンは光に吸いこまれるように、つつーと館に歩いていった。
なんなら「ボクのベッドはあるの?」と図々しく要求していた。
《こ、こいつ! まったく昔から食い意地をはりおって! あまつさえ泊まるだと⁉ ……寝る前はきちんと歯を磨いておくのだぞ!》
器の健康管理はなんだかんだ大事だった。
ヴァルボロスは苛立ったが、それでもまだ余裕があった。
《……あれで終わりだと思うなよ》
館の悪意は途絶えたが、とっておきの悪意の芽があるのだ。
アレは目をかけずとも勝手に育つ。それだけの土壌に種を蒔いてきている。
なにせ人間の殺意と好奇心が蔓延している土地だ。
闘技場。
モンスターと死闘を演じて、ときには人間同士で戦いあう。いかに武術の発展のためだとお題目をとなえようが、根にあるのは敗北者の無様な散りぎわなのだ。
《くくっ……人間は変わらぬのう……》
血で血で洗い流すような殺戮をいくら否定しようが、誤魔化しきれていない。
人間の本質は闘争だ。
それも闘技者と見物客で分かれていては遺恨がのこる。
《仕掛けたのは十数年前……今ごろは立派な悪意に育ったであろうな! いかなる魔性が誕生するか楽しみだ! くははははははははははっ!》
そうしてヴァルボロス(力の断片)は高笑う。
クオンに「ヴァル、うるさい」とツッコミをいれられるまで笑いつづけた――
コロシアム編はじまりです。ハミィ回です(フラグ)




