第14話 ただの門番、事件を解決する
凄惨にはならなかった事件から一夜あける。
雨もあがってカラッとした天気になったので、さっそくジャンプできる組(俺たち)が向こう岸に渡った。
メメナが弓でロープを飛ばして、サクラノとハミィで木材をちゃちゃっと加工する。
あとは俺が何度かジャンプして、簡易でも強固な吊り橋を作りあげる。もちろん館の人たちも手伝ってくれた。
そうして完成した吊り橋を、彼らは談笑しながら渡っていった。
実に楽しそうに声をはずませている。
彼らのそんな様子に、俺もサクラノも館前で首をかしげた。
「師匠ー、何事もなかったとはいえ、みんな楽しそうですね?」
「……だな。いやまあ不安がってほしいとかじゃないけどさ」
不思議がっていた俺たちに、くたびれた男が声をかけてきた。
「どうした兄さんたち。事件は解決したのに浮かない顔だな?」
くたびれた男は鞄を手にしている。帰り支度はすんだらしい。
どことなしか楽しそう彼に、俺は頭をかきながら言う。
「未遂とはいえ、殺人事件になりかけたわけじゃないか」
「そーだな」
「下手したら全員で殺し合うような結末になっていたかもで」
「兄さんたちが未然に防いでくれたな。感謝している」
「……みんな明るすぎるなあ、と」
くたびれた男はそこで納得したようにうなずいた。
それから「簡単なことさ」と、本物の探偵みたいに微笑んだ。
「楽しんでいたからだよ」
「館の悪意を……?」
「オレたちが集まった理由はな、館の所有権をほしがったのもあるが……単純にマニアだからだよ。想像の世界でしかなかったものを実際に味わえたんだ。そりゃあ楽しいさ」
サクラノは理解しづらそうに言う。
「だが、みな不安がっていたぞ?」
「怖いものは怖いさ。オレだって内心で怖がっていたし」
「……それでも楽しいと言えるのか?」
「ああ、楽しかったね」
くたびれた男は当然みたいに言葉をつづける。
「お嬢ちゃん。悪意も殺意も、それ自体は罪じゃない。なにせ誰にでもある感情だ。ようは表に出すか出さないかの問題で……。出すのがダメだから想像の世界が存在するんだ」
「それは特殊な考えだと思うが」
サクラノは少し眉をひそめた。
「ははっ、そーだな。ま、付き合い方の問題じゃないかね」
「ううむ……」
「難しく考えんなよ、お嬢ちゃん。この館にはご丁寧にいろんな悪意が用意されていたみたいだがよ。それは全部不発に終わった。たまたま運よく笑い話になっただけさ」
「運が悪かったのなら?」
「そりゃまあ恐怖を前にして叫ぶに叫んで……最後には笑うかね?」
くたびれた男はそこで自信なさげに笑った。
本人の言うとおりマニアなようだし、本当に最後の最後で笑うのかもしれない。館に集まった人たち全員そうなのだろう。
この様子だと、けっきょく惨劇にならなかったんじゃないかと思えた。
と、くたびれた男が両手を合わせてくる。
「でだ! オレの小説に、兄さんたちモデルの登場人物を出したいんだが!」
「へ? アンタ、小説家だったの⁉」
俺は一番びっくりした。
「そこそこ知名度のあるミステリー作家でよ。締め切りが近いのにネタがぜーんぜん浮かばなくて困っていたんだよ」
「だからこの館にきたわけか……」
「そーそー。それで、考えてくれないかね?」
サクラノと目を合わせてから、俺は答える。
「……そりゃあ全然かまわないけどさ。……いいのか?」
自分で言うのもアレだが、ミステリーのようななにかが生まれるのではないか。
読む人によっては怒る内容にならないか心配になった。
俺のせいで空気がゆっるゆるになったわけだし。
「ミステリーもいろんな形があっていいと思うんだよ。形にするのは簡単じゃないがな。想像の世界も大変さ、ははっ」
くたびれた男はそう笑い、さっぱりした表情で去っていった。
だ、大丈夫かな……?
本人もやる気がでたのならいいのかと悩んでいると、背後から声をかけられる。
「――もし」
「わっ⁉」
俺が驚いてふりかえると、幽霊のようなメイドが立っていた。
用事があるみたいな顔だけど……。
「お、俺になにか?」
「ご主人さまの遺産の引継ぎに関して、お話ししておきたいと思いまして」
「??? え? なんでです?」
「貴方が館の謎を解いたわけですし、正当な権利があります」
あーあー! そういえばそんな話だった!
他の人たちがすっぱり帰ったのも、館の権利を諦めたからが原因か?
幽霊のようなメイドは俺の言葉を静かに待っている。
「う、うーん……館の管理が大変そうだしな……。ミステリーはたまに読むけど、マニアじゃないし、コレクションも興味ないし……」
「それでは権利を放棄しますか?」
「うーむ……」
偽装とはいえ殺人事件が起きて、全部壊したが悪意まみれの罠もあった。コレクションを売却してもお金にならなそうだし、なんか呪われそうだし……。
抵抗があるし諦めるかと、思っていたときだった。
「師匠、ギルドハウス代わりにしましょうよ」
サクラノがからりと言った。
「いやいや、さすがに抵抗あるって。メメナやハミィもなんて言うのやら――」
と言いかけたとき、館の中からメメナとハミィの楽しげな声が聞こえてきた。
幽霊のようなメイドは「先に話をとおしています」と簡素に告げる。
あの二人は住む気満々らしい。
……メメナの実家はアンデット系が湧きやすい。ハミィの故郷はそもそも過酷な荒野なわけだ。これぐらいなんともないか。
サクラノは、イクサバが日常なところあるし。
「師匠もまだまだですね?」
サクラノが悪戯っぽく微笑む。
これぐらいへっちゃらじゃなきゃ先の旅はつづけられませんよと言いたげだ。
タフな子ばかりだよ、ホント。
「……だな。俺もまだまだみたいだ」
俺もまだまだ他人から教わることばかりだなと苦笑した。
スルが町での拠点をほしがっていたし、管理をお願いしようかな。彼女ならうまく利用してくれそうだ。
俺は、悪意の消えた館をあらためて眺めた。




