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第12話 ただの門番、真犯人に気づく①

『……よく気がついたな』


 シーツの裏でくぐもった声がした。

 シーツには死んだ館の主人がいる。はずだ。間違いない。なのに、今まで死を偽装していたかのように蠢いている。


 おっやー??????

 え??? どういうこと????


「師匠! これはどういうことですか⁉」


 サクラノは尊敬のまなざしを送ってくる。 

 いつもは『大袈裟だなあ』と流すところだが、今日はその瞳がつらい。


 俺はなんとか笑顔を返した。


「……そういうことなんだよ」


 しまった。すべてお見通しだったみたいな返答になった。


 なんにもわかっていない俺に、推理のつづきを期待する視線があちこちから突き刺さる。

 俺が無言でいると、シーツがもごもごしながら立つ。


『私の偽装を見破るだけでなく、先んじて罠までつぶすとはな……。モブっぽいのは雰囲気だけで切れ者だったか……。いつから死の偽装に気づいてた……?』


 今。たった今!

 なんなら、なにひとつわかっていません!


 俺が口をぱくぱく動かしていると、くたびれた男が驚いたように言った。


「館の主人が死を偽装しているとはな。死亡はちゃんとたしかめたぞ」

『私は人間ではない……どうにでも誤魔化しようがある……』


 たしかに気配を断たれると、俺も察知しにくいところはある。

 迷い狂いの町にあらわれた煙の魔性みたいに死んだフリに気づかないこともあった。


 じゃ、じゃあもしかして。


「魔性……か」


 俺はもしかしてそうなのかなーみたいにつぶやいた。


 シーツの裏から悔しそうな声が漏れる。


『そこまで気づいていたか……。なるほど……だから先ほどのように、私が仕掛けた館の悪意を半端半端だと切り捨てたわけか……』


 勝手に納得するのはやめてください!

 俺がキョドキョドしていると、くたびれた男が納得したように言う。


「噂に聞いたことがあるぞ……暗黒の儀式だな?」

『そうさ……。悪意を(かて)に完全なる魔性に進化するための儀式……。餌に釣られてやってきた馬鹿を殺し合わせ……儀式を成立するつもりだったのだがな……』

「なるほど……アホな推理でふざけているのかと思ったが……。儀式の成立を防ぐためでもあったわけか。おかげで空気はゆるゆるになったぜ」


 くたびれた男は感心したように俺を見つめてくる。


「兄さん、すごい人だったんだな」


 あっちこっちから、すごいーすごいーと賞賛の視線が届く。


 ち、ちが! 俺は……! 

 怖い! 勝手に話がすすむの怖い! 勘違い怖い!


 俺は勘違いを正そうとしたのだが、空気がゆるゆるのほうがいいみたいなので自信満々に言うことにした。


「ジャンプすれば、人は崖に届くのです‼‼‼」


 ドッと笑いが起きた。

 ゆるゆるな空気を保つため、俺は素敵な笑顔をふりまいた。


『お前のような奴がいたのが運のつきか……。まあいいさ、十全とは言わないが、かき集めた悪意のみで儀式を成立させよう』


 シーツの裏で、館の主人がごそごそと動いた。

 儀式を成立させる気ならさっさと倒しておくか。いや、その前に避難だ。


 俺はメメナとハミィに目配せする。メメナは「みなのものー。こっちじゃー」と言って、ハミィと一緒に他の人たちを避難させていった。


 残るは俺とサクラノと、館の主人だ。

 館の主人は俺たちが武器を構えるのを待っているようだが。


「……やけにあっさりと見逃したな?」

『どの道、私に彼らを殺す力は残っていない』

「そのわりには戦う気でいるようだけど」

『お前たちだけに力をしぼるだけだ……。リスティン様に捧げるはずだった悪意、使わせていただきます』


 リスティン? どこかで聞いたような……。

 あーーーー⁉⁉⁉ あの影の魔性⁉⁉⁉


 それじゃあ、あの影の魔性が言っていたことは全部本当で、館に仕掛けられていた悪意は全部不発に終わったけれど、わりとガチだったわけか⁉


『その反応……まさかリスティン様を知っているのか……?』

「あ、うん……。も、もう倒した……」

『そうか……初めから私はお前の手のひらの上で踊っていたのだな……』


 すごく勘違いされている!

 むしろ手のひらで踊っていたのは俺です!

 いや結果的にセーフなわけだし、ある意味で痛みわけってことで!


 俺がよくわからない感情でいると、館の主人は声をはりあげる。


『おしゃべりはここまでだ! 儀式は終えて進化した私をみるがいい……!』

「なに⁉」


 シーツの裏で儀式を終わらせたようだ。しっかりしてるな!

 俺とサクラノが身構えると、館の主人がシーツをとっぱらった。


「これが進化した私……! 影の眷属レーベルだ……!」


 俺もサクラノも、その姿に言葉を失っていた。

 進化した姿があまりにも……子供の落書きみたいだからだ。


 子供が色鉛筆で書き殴ったような筋肉ムキムキの男が立っている。凶器を両手に握っているが、それもよくわからない物体すぎた。

 いつもは真っ先に斬りかかるサクラノも、さすがに固まっていた。


「……師匠、進化に失敗したみたいですね」

「……みたいだな」


 ま、まあ、館は冗談みたいな空気になっていたわけだし……。

 冗談みたいなものが出来上がるのも当然なのか……?


 影の眷属レーベルもさすがに動揺したのか、落書きのような身体をわちゃわちゃと動かしている。


「ふむ……ふむ……? これが……私か……」


 これはこれで変な圧があって怖いとは思う。

 影の魔性レーベルは微妙にその感情を察したのか、凶器を握りしめた。


「なにもかもままならぬが……お前たちの命だけは奪ってやるさ……!」


 影の眷属レーベルから真っ黒な影がぶわっと湧いた。

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