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第11話 ただの門番、真犯人に気づかない⑥

 すべての謎をつまびらかに説明するため、俺は全員を主人の部屋に集めた。


 時刻はすでに日をまたごうとしている。

 窓の外は雨足が強くなっていた。


 誰も彼も眠らなかったのは、なんだかんだで不安だったのだと思う。俺は暗雲をとりはらうためにも、努めてゆっくりと告げる。


「みなさん、お集りいただきありがとうございます」


 全員の視線が俺に集まる。ぴりぴりと肌がひりついた。


 太っちょの貴族っぽい男がふるえながらに言う。


「な、なんだってこんなところに集めたんだ! 悪趣味じゃないか!」


 ここは館の主人の部屋。彼の遺体がある。

 部屋の隅っこでシーツにかぶせて保全してはあるが、気が気ではないだろう。


 俺だってイヤだ。だがここなら話に集中してくれると思ったし、謎解明のためにも必要なことだった。


「そう不安がらないでください」

「不安にもなるさ! 陸の孤島に閉じこめられたんだぞ⁉」

「ここは陸の孤島じゃありません」

「そ、そりゃあアンタは空中で、ふ、ふんばれるみたいだが……」


 貴族っぽい男は俺を人外でも見るような視線で言った。

 彼だけじゃない、他の人たちも同じ視線だ。


 ……俺が思っていたより疑心暗鬼になっていたのだろう。その不安をとっぱらおう。


「いいえ、空中でふんばる必要はありません」


 ドヨめきがはしった。

 最初はみんな面倒くさがっているのか、あるいはミステリーの雰囲気を味わいたいのかと思っていたが、それは俺の勘違いだった。


 俺がまだ新兵だったころを思い出しながら告げる。


「ジャンプでも向こう岸に届くんです」


 ドヨめきがザワめきに変わった。

 貴族っぽい男は今にも泣きだしそうに叫ぶ。


「ジャ、ジャンプで届くわけないだろう⁉⁉⁉」

「俺の仲間はジャンプで届きますよ」


 俺は側でひかえていた三人娘に視線をやる。

 彼女たちはちょーっと間をあけてから答える。


「そうじゃなー。魔導弓を使えば届くな」と、メメナはさっぱりと。

「ま、魔素の調子が良い日ならたぶん……」と、ハミィは自信なさげに。

「かぎ縄の類いがあれば、まあいけますね」と、サクラノは難しそうに言った。


 三人娘の答えに、集まった人たちは驚きを隠せない表情でいた。


 俺は当然の事実を告げる。


「がんばれば、人間わりといけるんです。鍛えた人なら特にね」


 貴族っぽい男は、冒険者っぽい男女にバッと顔を向ける。

 冒険者っぽい男女は「「無理無理無理無理!」」と慌てて首をふっていた。


 ……やはり届かない人たちだったか。新人さんコンビかな。

 大丈夫。いつかきっと届くようになる。

 きっと空を羽ばたける。


「ここが陸の孤島じゃないとわかっていただけましたか?」

「……アンタらにとってはそうだと理解したがさあ‼‼‼」


 貴族っぽい男は理解しがたそうに叫んだ。

 今まで鍛えてこなかった自分を悔やんでいるのかな……。


 だがこれで絶対に脱出できない陸の孤島じゃないとわかったはずだ。俺も、彼らがジャンプできないせいで必要以上に不安がっていたことを遅れながら知る。


 相互理解は大事なことだ。

 そうして初めて館の謎が明らかになる。


 と、幽霊のようなメイドがしずしずと手をあげた。


「あの……貴方たちは脱出できたのですよね?」

「まあ、そうですね」

「それなのに自分たちの疑いを晴らすため、館を調べてくださったのは……感謝しかありませんが。わざわざどうして?」

「館に怪しい気配があったからです」

「怪しい……気配? 犯人でしょうか?」


 俺は間をあけてから答える。


「殺意の痕跡……館には罠が仕掛けられてありました」


 彼らは表情をひきつらせた。

 まさか罠が仕掛けられていたなんて思いもしないだろう。俺も驚いちゃったものだ。先に安心してもらおう。


「たいした罠じゃありませんよ。……こんな風にね!」


 部屋の振り子時計がカチリと動いて、罠が作動する。


 俺の顔面に矢が飛んできたが、指先でつまむ。

 小さな悲鳴がそこかしこで漏れた。


「このように、気をつければ十分対処が可能です。それに安心してください、館に仕掛けられていた罠はすべて壊してあります。今のはたいしたことがない罠だとわかってもらうため、再設置したものです」


 俺がそう言っても、彼らはすごく不安そうでいた。


 むしろ逆に怖がらせたみたいだけど……。しまった……多少なりとも鍛えていないと不安にもなるか……。


 幽霊のようなメイドは言葉をつまらせながしゃべる。


「あ、あの……それができる人たちはそういないんじゃ……」

「俺の仲間は余裕ですよ。もちろん鍛えている人もね」


 俺は冒険者っぽい男に視線をやる。

 冒険者っぽい男はアタワタしていたが「補助魔術をかけてもらって……加護の指輪をつけったらいけるかも……」と自信なさげに言った。


 うん、できるみたいだ。

 大丈夫、自信をもって。君ならちゃんと矢を掴める。


 と、くたびれた男がなんだか辛さそうな表情で言う。


「兄さんたちが強いのはわかった! オレたちを安心させようとしているのも! だが罠が仕掛けられていたのなら、誰かの殺意は明確じゃないか!」

「半端なんです」

「半端?」

「館の罠はどれもこれも半端です。ぬっるぬるの悪意なんです」


 ぬっるぬると俺が言うと、くたびれた男は頭をがりがりとかく。


「そりゃ兄さんたちにとってはだろう……」

「俺たち以外にも余裕で対処できる人はいっぱいいますよ」


 王都の一般兵士レベルならこれぐらいできる。

 サクラノたちは考える素振りをしたが、俺に合わせるようコクンとうなずく。


 そして、この場に四人もいれば多数派だ。

 他の人たちは検討しあう。


「いっぱいいるのか……?」「わからん……。オレ、地元からそんなに出たことないし……」「空でふんばれる人がいるなら普通なのか……?」「冒険界隈はよくしらないし……」「古代遺産があればもしや……?」


 空気がだんだんとゆるんできたな。

 このように、きちんと現状を把握すればなんてことないとわかるのだ。


「客観的な視線が大事なんです」


 くたびれた男は頭痛でもしたのか眉間をおさえる。


「だがよ。兄さん、実際に人が死んでいるわけだぜ」

「そこなんです」


 俺は理路整然と語っていく。


「サクラノが館の主人を殺害して血に酔っていたのだとしたら、部屋でボーッとつっ立ているわけがないのです」


 サクラノに視線をやると、彼女は自信満々で答える。


「はい! 斬りつづけると思います!」

「それにサクラノの剣術は優れています」

「はい! ただ殺すだけならば血の痕すら残しません!」

「そういった技も会得しています」

「はい! 死んだことすら気づかせない技を学んでいます!」


 くたびれた男が顔を青ざめさせた。


「とんでもない危険人物に思えるんだが⁉」


 いかん! サクラノは殺人犯じゃないと言いたかっただけなのに!

 サクラノについて語れば語るほど雰囲気が怪しくなる!


 俺は誤魔化すように叫ぶ。


「俺が言いたいのはですね! なにもかも半端なんです! 誰かに罪を押しつけるでもなく、館に囚われた人をとことん疑心暗鬼にさせたいわけでもない! ミステリーの世界には憧れるが、いまいち踏みこむことのできない躊躇いを感じるのです!」


 ここがクライマックスだと指をゆっくりと持ちあげていく。

 ミステリーマニアばかりなのもあって、俺がなにをするつもりかわかったようだ。


「俺は悪意の仕掛け人はマニアだと思っています。半端に仕掛けて、半端にミステリーを演出して、素人同然の殺人舞台を作りあげた半端な人物……」


 俺は人差し指をくたびれた男に向ける。

 くたびれた男はびくりと肩をふるわせたが、俺はその奥にあるシーツを指さした。


「そうっ、館の主人です‼‼‼」


 死んだフリだとは思っていない。死亡も確認されている。


 だが一番怪しいのは館の主人なのだ。


 俺の分析では、悪意の仕掛け人から『ミステリーの舞台を演出したいが、人を殺めて罪に問われるのもイヤだ』だという底の低さを感じた。


 だから罪の意識から逃れるため自分自身を殺めた。

 第一の被害者として、ミステリーの舞台を整える役割だけは果たして……。


 おそらく自分のやったことを後世に伝えるため、手記とかがあるはずだ。

 なんかそういうミステリー小説を読んだので間違いない!


 俺はそう説明しようとしたが。


『……よく気がついたな』


 シーツの裏でくぐもった声がした。


 おっやー??????

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