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第9話 ただの門番、真犯人に気づかない④

 ノクスの館、地下。


 ミステリー好きの館の主人が作った牢屋に、俺は投獄されていた。

 石造りの天井からは、ぴちょんぴちょんと水滴が漏れてくる。三角座りで鉄格子をぼんやりと眺めた。


「……空中でふんばれる人、かなり珍しいのか」


 おかげで犯人扱いされてしまった。

 メメナも疑心暗鬼状態からの弁解が難しいようで、俺は場をおさめるためにも大人しく捕まった。


 一応、第二容疑者扱いだ。

 犯行の種あかしを自らする人間はいないと思うけれど、それはそれとして怪しい。白寄りのグレーだけど存在は黒。みたいな。


 みんな不安がっていたし、しばらく大人しくしているが。


「ここから状況が悪化することなんてあるのかな……」


 彼らは心配していたが、出ようと思えば出られる状況だ。ジャンプで。

 決して外界と閉ざされた状況(クローズド・サークル)じゃない。


 もしかして館の財産権をハッキリとさせたいのかも。だからまだ館に残っているんじゃ。

 俺がすべきことはなにか考えていると、対面の牢屋から声が聞こえた。


「師匠……すみません……。わたしのせいで……」


 第一容疑者のサクラノだ。

 珍しく落ちこんでいるのか、シュンとした表情でいる。力なく鉄格子を握っている彼女に向かい、俺はゆっくりと立ちあがる。


「気にすることはないよ、本当に」


 俺が大人しく捕まることを選んだからか、サクラノはあの場で暴れなかった。

 状況が悪化しなかっただけ全然マシだと思う。


「あの……師匠」

「ん?」

「もし、師匠が疑われたままなら自首しますね。わたしが殺人犯で問題ありません」

「問題ありまくりだろう」


 しかしサクラノは真面目な表情だ。

 自分が殺人犯でも気にしていなさそうで、俺は息を小さく吐く。


「サクラノは自分が殺したと思っているのか?」

「記憶はありませんが……血に酔っていたからこそ殺したとも思えます」

「血の匂いが最初から部屋にあったんだよな? だったらサクラノが入る前から館の主人は死んでいたと考えるのが妥当じゃないか」

「どうでしょう……血の気配が濃いだけでも、わたし酔うので」


 サクラノには困った様子が見られない。

 殺人を弁解しないどころか肯定気味だ。どーしたものか。


 倫理感を問うべきかと思ったが、サクラノはいまだ群雄割拠の倭族。その中でも武闘派集団と呼ばれる狡噛流の末席だ。狡噛流について昔は知らなかったが、さすがに物騒な集団とは理解している。


 イクサバこそが、サクラノの本来の住む世界だろう。

 一族の中でも気性が荒いことに本人も悩んではいたけれど……。


「師匠は、わたしが殺人犯だとイヤなのですか?」


 率直な質問だ。サクラノの瞳はブレていない。

 ひどいぐらいに、まっすぐだった。


「イヤというか……」


 サクラノは血の濃さに悩んではいても狡噛流であることを誇りにしている。

 そんな強さに、俺が救われてきたのも事実だ。


 だからもう素直に告げた。


「俺はさ、それ以外のサクラノも知ってほしいと思っているんだ」

「それ以外のわたし、ですか?」


 さすがに抽象的すぎたか。困ったように瞳をパチクリしている。


 ホント変わって欲しいとかじゃないんだ。

 知ってもらいたいだけで。


「サクラノ、ハミィと話すのは楽しい?」

「そうですね。ハミィとわたしは道を極めんとする身なので話が合います。……最近はお洒落について話したりもしますが」


 うん、そんな会話をしているよな。


「メメナと一緒によく料理をしているよな」

「はい、メメナはさすが一児の……コホン。お母さんみたいでいろんな家庭料理を知っています。気づかいに、ささいな工夫など、知らないことを覚えるのは楽しいです」


 サクラノの表情がやわらかくなっていた。

 俺はその表情をよく見つめながら聞いた。


「仲間との旅は楽しい?」

「はい、楽しいです」


 嬉しそうなサクラノが鉄格子越しでもよく伝わってくる。

 俺も嬉しくて、笑顔を返しておいた。


「俺もだよ、サクラノ」

「師匠?」

「トラブルばかりの旅だけどさ、俺はみんなと旅ができて嬉しい。今まで体験したことないことばかりでさ……すごく楽しいよ」

「……はい」


 仲間には素直な表情をするサクラノ。

 今日はいちだんと素直な表情でいた。


「変われとは言わない。人間変わるのは難しい。変われたようで変わってなかったりさ。もしかしたら変われないのかもな。俺がどこに行っても、ただの門番であるように」


 サクラノは「それはどうでしょう」と苦笑した。

 俺は微笑みながら告げる。


「ホント単純にさ、それ以外のサクラノを知ってほしいんだ」

「……師匠の言葉、今まで一番難しいです」


 サクラノは困ったような、理解はできているような、複雑な笑みを浮かべた。

 少しは自覚があるみたいだな。ならもう、とやかく言わないか。


 あとは疑いを晴らしたいところだが……。


 どうにも今の状況、影の魔性が言っていたことに近いような……。奴は影移動なんて珍しい術も持っていた。もしかして手練れの魔性だったのか?


 奴の言ったとおり館に悪意が満ちるのではと危惧していると、妙な気配を感じる。


「誰だ⁉」


 サクラノも気配を感じたようで、廊下の隅っこを見つめる。


 影がこぽこぽと盛りあがる。

 すると大きな角の生えた女の子、クオンが素知らぬ顔であらわれた。


「さすが勇者ダン=リューゲル、よく気づいたね」

「クオンか……勇者じゃないっての。ってか、影移動とかできるんだ」

「これぐらい別にたいしたことないよ」


 クオンはどうでもよさそうに言った。

 影移動はたいした術じゃないのか。それじゃあ影の魔性はやっぱり雑魚か。奴が言っていたことも強がり、あるいはハッタリかな。


「グルルッ」


 鉄格子の向こうでサクラノが唸っている。

 そうしていると本物の狂犬みたいだね……。


「あのさクオン、今わりと立てこんででいてさ」

「……ボクの言ったとおり悪意に巻きこまれたみたいだね。この館に満ちかけている悪意は濃いよ。くっ……右目がひどく疼く」


 クオンは右目を押さえながら言った。

 絶好のこじらせタイミングだったらしい。


「悪意が満ちかけたこの館こそが、ボクらの戦いの場に相応しい。さあ戦え」

「戦わないっての。そもそも、本当にただの殺人事件なのかも疑わしいし」


 クオンもサクラノもきょとん顔になる。


 吊り橋が落ちてしまい一見隔離された状況でも、実は全然そうではない。

 ジャンプできるし、ふんばることで密室事件も簡単に紐解ける。つけいる隙があまりに多すぎるのだ。


 館の主人は殺されたが、俺はこれをただの殺人事件だと思わないことにした。


「ふーん? 宿敵は疑われたままなわけだけど、ここからどうにかできるの?」


 クオンは挑発したように言うので、俺はかっこうよく答えてみせる。


「俺を誰だと思っている?」

「勇者ダン=リューゲル」

「だから勇者じゃないって。いいか? 俺はさ――」


 さあ、ここはキメポイントだぞ。

 いかにもミステリーの探偵みたいにズバッといい感じの台詞を言っておこう。


「ただの門番……どこにでもいるね!」


 ズバッと決まったと思ったのだが、クオンもサクラノも微妙そうな顔でいた。

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