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第7話 ただの門番、真犯人に気づかない②

『こよい、だれかがニエとなり、チのサンゲキがはじまる』


 大きな鏡に描かれた血文字に、俺たちはびっくりこいた。

 手のこんだ悪戯だ。誰だって驚いてしまう。


「誰の悪戯だ? ちょっと笑えないなー」


 俺が仕方なそうに言うと、視線が一気に集まる。


 館に集まっていた人たちの顔は青ざめていた。空気も悪くなっているみたいで、俺が失言したかのように見つめてくる。


 くたびれた男も笑みをひきつらせていた。


「兄さん、これが悪戯だって……? 笑えない冗談だね」

「え……? いや……」


 冗談じゃないのだけど……。

 王都の下水道でも、たまにこんな感じの血文字が壁に描かれることあった。


 おおむね『ひきかえせ』『コろす』だの脅すものばかりだが、特に被害はなかった。だから場を盛りあげるための演出だと思っている。


 とりあえず、幽霊のようなメイドに説明してよと視線を向ける。


「わたくし、ただのバイトなので。詳しく存じあげておりません」

「バ、バイト? 雰囲気あるのに?」

「はい、雰囲気があるからと面接に受かりました。メイドっぽいだけで普段は学生をしております。趣味は野山を駆けまわることでございます」


 案外に野生児だった。


「それじゃあ、いつから働いているんですか?」

「一昨日からですね。指示書通りに働いているだけでございます」


 血文字についてもしらんしらんみたいな顔だ。ううむ、マイペース。

 とにかくこのままでは場の空気が悪くなりそうだ。


「えーっとさ、館の主人と会わせてもらえません?」

「……ご主人様は誰にも会わないかと」

「そういう場合じゃなさそうだし、お願いできないかな」

「いえ……いただいた指示書にもそう書かれておりまして……。ご主人様は『時間がくるまで誰にも会わない』らしく、部屋に鍵をかけて閉じこもっております」


 自室に閉じこもるって、なにかを警戒しているのか?

 それとも……なにかを待っている、とか? 


 俺が奇妙がっていると、貴族っぽい男が大声で叫んだ。


「お、おい! つ、吊り橋が燃えているぞ⁉⁉⁉」


 俺たちは慌てて窓際に向かう。

 窓の向こうでは外界と館をつないでいた吊り橋がごうごうと燃えていた。

 外界へとつづいていた一本の道は、まるですべての役目は果たしたと告げるように燃え尽きようとしている。


 鏡の血文字。燃える吊り橋。

 館に集まっていた人たちは悲鳴をあげるように叫んだ。


「お、おい! なんで燃えているんだよ⁉」「誰だっ、火炎魔術を使ったのは⁉」「は、橋が、橋があああ⁉」「ど、ど、ど、どうするのよ!」


 なかばパニック状態だ。


 っ……! いくらなんでもこれは悪戯の度を越しているぞ!

 ジャンプで向こう岸に行けるけど、吊り橋を燃やすなんてやりすぎだ‼‼‼


 俺が憤りを感じていると、隣のサクラノが天井に視線を向けた。


「……師匠、師匠」

「? どうしたんだ?」

「血の匂いがさらに濃くなったように思えまして……。わたし、調べてきます」


 血の匂いか。俺にはわからないが。

 狡噛流独自の探知術なのだと思う。


「わかった。俺たちは吊り橋を調べてくるよ」


 ここでボサッと立っているわけにもいかないか。


 というわけで、サクラノと一旦分かれる。

 俺とメメナとハミィは館の外に出て、いまだ燃えつづける吊り橋へと向かった。俺たちの行動が気になったのか、あるいはまだなんとかなると思ったのか、他の人たちも何人かついてくる。


 館の外。崖に近づくと熱気を感じる。

 吊り橋はいかなる者も拒絶するようにメラメラと燃えていた。もう夜になるが、ここら一帯だけ昼のように明るい。


 ひどい悪戯に俺が立ち尽くしていると、くたびれた男がその場にしゃがむ。


「はっ……こいつはまた、いよいよもってだな」


 くたびれた男はなにかの切れ端を持っていた。

 こういったトラブルには慣れっこなのか、どこか楽しげだ。


「その切れ端は?」

「羊皮紙みたいだな、油と火薬の匂いがする。なにかを包んでいたようだが……おそらく、時限式の罠が吊り橋に仕掛けられていたみたいだな。やれやれ……館はこれで陸の孤島と化したようだな」


 陸の孤島と聞いて、その場にいた人たちは魂を失ったように固まっていた。

 くたびれた男は俺を問いつめるように聞く。


「兄さん、これでも悪戯だなんて言えるのかい? どうやって脱出するんだよ」

「え? そりゃあ……」


 周りの妙な空気に俺は押し黙る。


 ジャンプすればよくない???

 向こう岸までジャンプすればいいじゃんって言っちゃダメなのかな……。なんか陸の孤島にしたがっているみたいだけど……。


 と、冒険者っぽい女が叫んだ。


「こ、こんなこと聞いてないわ‼ 私は助けがくるまで部屋に閉じこもっているからね!」


 冒険者っぽい女は血相を抱えたように館に戻っていた。

 ジャンプで届きそうだった冒険者の言葉に、俺はピピーンとくる。


 もしかしてミステリーの舞台を楽しもうとしているんじゃ?

 今の台詞はミステリー小説で聞いたことがある。マニアの集まりらしいし、館の主人が仕掛けた演出に付き合っている、とか。


「兄様、本当になにも感じぬか?」


 メメナがたしかめるようにたずねてきた。

 ハミィは不安そうに瞳をゆらしている。

 魔性がいるのか気になっているみたいだ。


「う、うーん……ぼんやりと悪意めいたものは感じたけど……だんだんと消えかかっているというか。大本の原因がそもそも消滅したような感覚でさ」

「ふむ。いつもどおり先に倒したわけじゃな」


 先に倒したってなにを?

 ただ、その言葉でハミィは安心したように息を吐いた。


「よ、よかったあ……。あとはサクラノちゃんの調査待ちだね」


 血の匂いが気になると言ったサクラノ。そういえばどこを調べにいったのだろうかと、俺が疑問に思ったときだった。


 館から「きゃあああああああ! 人殺しいいいいい!」と女の叫び声を聞く。

 その場にいた一同、顔を合わせる。


 すぐに俺たちは館に突入する。

 叫び声がした方角……館の三階へと駆け足で向かった。


 階段をのぼりおえた先、廊下に誰かがいる。筋肉マッスルな女が腰を抜かし、ひらかれた扉の先を指さしていた。


「あ、あそこ、あそこに人殺しが……!」


 俺はロングソードの鞘に手をふれながら部屋に突入する。

 どうやら館の主人の部屋らしく、書棚や高価そうな調度品やらが並んでいた。


 部屋の奥では、老紳士が胸から血を流して椅子にもたれている。

 うす暗がりでわかりにくいけれど、きっと館の主人だ。


 そしてもう人、誰かがいる。雨が近いのかピシャーーンッと雷が突然鳴り響いて、パッと部屋が照らされる。


 カタナを持った着物姿の女の子に、俺は見覚えがあった。


「え……? サクラノ?」


 まさか……。

 つ、ついにヤッてしまったのか⁉⁉⁉

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