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第6話 ただの門番、真犯人に気づかない①

 そうして夕暮れ。

 仲間と合流した俺はクオンから逃れるようにして、とある館にやってきた。


 とんでもない場所にあった館に、思わずつぶやく。


「よくこんなところに建てたな……」


 大きな館が、崖に囲まれた場所に建てられていた。

 青紫色の空を背に妖しい気配を漂わせている。数百メートル下は森で落ちたら怪我をするだろう。


 通行手段は今しがた渡ってきた吊り橋のみ。

 アガーサの町外れ。山を登った先に『ノクスの館』は存在した。


「ハミィ、本当にここに泊まるだけでいいのか?」


 俺の隣でハミィが自信なさげにうなずく。


「う、うん……。しばらく泊まるだけでいいんだって……。館の主人が宿泊施設として使いたいらしくて……冒険者の意見を聞きたいらしいわ……」


 なんでもハミィは俺たちと分かれたあとすぐ、ローブをかぶった老婆から仕事を紹介されたらしい。ローブをかぶる人、多いな。


 しかしそれなら朝のうちに合流したほうがよかったかな。

 ああけど、影の魔性を倒せたわけだし遅れてよかったか。


「師匠ー、こんな辺鄙な場所にわざわざ泊まりにくるでしょうか?」


 サクラノは崖下を眺めながら言った。


「宿が少ない町だし、料金次第じゃないか」

「ですかね。せめてもう少しマトモな橋があればとは思うのですが」

「……ちょっと不安定な吊り橋だよな」


 もし橋が落ちれば館は陸の孤島化してしまうだろう。

 下手をすれば館に閉じこめられるかもしれない。


『――アンタのようなアホウを館に集めて、外界とは隔絶させる! そして悪意にあふれた館で地獄を体験してもらうのさ! 人間同士の殺し合いをなああ!』


 ふと、影の魔性の言葉を思い出した。

 館からうっすら悪意めいたものを感じるが、奴が言っていたのはこの館か?


 ……ないな。

 よくよく考えれば、吊り橋が落ちてもジャンプすればいいわけだしな。ん?


「……サクラノ? どうしたんだ?」


 サクラノは目を細めて館を見あげていた。

 どこか警戒したような表情だ。


「いえ……血の匂いを感じまして……」

「……するか? 血の匂い」


 俺はくんくんと嗅いでみるが、強い風を感じるだけだ。


「狡噛流の勘といいますか、イクサバのような気配を館から感じます。こういった場所ではよく血が流れますので」

「気になった、と」

「はい。師匠より感知がよいわけではないのですが」


 俺も優れているわけじゃないんだけどな。


 たしかにうっすらとした悪意めいたものは感じるが、確証があるわけじゃない。それに大本の原因がすでに滅んだおかげで、その気配が薄まっているような感覚もした。


 探知が得意なメメナに視線をやるが、ゆっくりと首をふっていた。


「うーん……大丈夫さ。なにかあったらそのときで。さあ館に入ろう」


 吊り橋が落ちてもジャンプすればいいわけだ。

 ぜーったいに危機的状況には陥らないと思う。


「……そうですね、入りましょうか」


 サクラノもいざとなればジャンプすればよいと思ったのか、にこりと微笑んだ。



 というわけで館に入る。

 館の外観は年期の入ったものだったが、内観はけっこー手が加えられていた。調度品は質素ながらも清掃されていて、絨毯はよく踏まれたようで毛が落ち着いている。壁は派手すぎず地味すぎず、全体に馴染むようなレイアウトだった。


 すごく雰囲気のある館だな。ミステリー小説で出てきそう。

 王都にいたとき、たまに読んでいたなあ。


「せ、先輩……他にも人がいるわね」

「ホントだ。……ハミィみたいに依頼されたのかな」


 玄関入ってすぐ隣が、来客用の応接間だった。

 応接間は日ごろから来客が多いのか、かなり広いスペースだ。ソファやテーブルがずらりと並び、本や酒類の棚もあった。


 そこに、十数人ほど集まっていたのだが。


「……どういう集まりなんだろ」


 俺は小声でつぶやいた。


 とにかく、統一性がないのだ。

 冒険者っぽい男女。太っちょの貴族っぽい男。黒ドレスの淑女。学者っぽい男に、ただの町人のような夫婦。筋肉マッスルな若い女もいた。


 と、幽霊のようなメイドが話しかけてくる。


「ご主人さまの招待を受けた方ですか?」

「え? ここに泊っているだけでお金がもらえると聞いたのですが……」


 俺は状況をよく理解できず、ちょっと戸惑いながら答えた。

 すると幽霊のようなメイドがマイペースに俺たちを指さす。


「……4人いますね。これで15人を超えましたか。数合わせの人員でしょうか」

「??? 数合わせ?」


 そうたずねても、幽霊のようなメイドは仕事をしたと言わんばかりに静かに去っていく。

 なんとも居心地の悪さを感じるが、メイドだけが理由じゃないな。


 俺たちはジロジロと見られていた。

 種族混合パーティーが珍しいのか?


「倭族だ」「倭族の子だ」「初めて見る」「こりゃあ、いよいよもってだな……」


 特に、サクラノが一番視線を集めていた。

 好奇の視線をさえぎるように、俺は彼らの前に立つ。 


「俺の大事な仲間がなにか?」


 ことを荒げないように、やわらかめの声色で言った。

 俺の背後で「師匠……」とサクラノが嬉しそうにしているが、さりげなくカタナに手をかけていたのは気づいていたからな?


 と、くたびれた男がソファでくつろぎながら笑う。


「ははっ……すまないねぇ、なにせ面白い子がいたものだからさ」

「……俺は面白くないんだが」

「怒るな怒るな。喧嘩を売ったわけじゃないさ。兄さんたち、事情を知らないようだね。……オレたちとは匂いが違うねぇ」


 くたびれた男はだらーんとソファの背にもたれた。

 真面目に対応するだけ疲れそうな人だな。


「それで、なにか知っているわけで?」

「兄さんたち、ノクスの館の主人についても知らないんだよな?」


 俺が無言でうなずくと、くたびれた男は唇の端をあげる。


「じゃ、そこから。この館の主人はミステリー業界では有名でね」

「……有名? ミステリー小説家とか?」

「いんや、たんにマニアなのさ。それもとびきりのね。謎と悪意に満ちあふれた物語に、ここの主人は魅了されていてね。古今東西の物語だけじゃない、実際の殺人事件で使われた凶器なんかも集めてやがるのさ」

「そりゃまた……」


 悪趣味だなと言いかけたが、趣味は趣味だ。

 迷惑をかけなきゃ他人がとやかく言うことじゃない。


「つまり、アンタたちはミステリー好きの集まり?」


 同好の士なら年齢や職業にまとまりがないのも当然か。

 当たっていたようで、くたびれた男はニッと笑う。


「ここに集まったのは全員、その手のものが大好きな人間たちさ。もっともお互いに今日初めて会ったばかりだがね」

「……館の主人に集めらて謎解きでもするのか?」

「そうさ。館の権利を賭けて、オレたちは年老いた主人が仕掛けた謎を解くわけだ」


 なんとなく状況がつかめてきた。 


「こういうことか? ミステリー好きの主人が年老いたから館ごとコレクションを同好の士に渡そうとした。それも……趣味たっぷりに」


 それだけじゃなさそうだが。

 くたびれた男が牽制するように大声で言う。


「ああっ、館の資産を手に入れたものは巨万の富を手に入れるってわけさ!」


 応接間の空気がザラリと変わる。

 みんな素知らぬ顔でいるが、秘めた欲望を隠そうとはしていなかった。コレクションの中に貴重なものでもあるらしい。


 俺はため息を吐きつつ、厄介ごとに巻きこまれたのを知った。

 ハミィは「ご、ごめんね」と謝っていたが、俺は気にしないよう微笑んでおく。


「ははっ! 兄さんたち、ここから面倒なことになるのは覚悟しておけよ。なにせ偏狭で有名なノクスの館の主人だ……! この場に倭族もいるようだしな!」


 くたびれた男はおかしそうにサクラノを見つめる。


 なるほどな、と俺は思った。

 いまだ内戦のたえない東の島国は、都合がよいのか創作で便利よく扱われる。ミステリー小説での倭族は基本話を荒げていかにも犯人っぽく動くので、ミステリーで出すのを禁じられているとか。


 あと超人とか超常現象も禁じ手らしい。よくわからないが。

 そんな野蛮な子じゃないよなーと視線を向けたら、サクラノは力強く笑う。


「みすてりーだかなんだか知らんが、狡噛流の名において敵がいるならば斬る!」


 ちょっとだけ血の気が多いだけで……。


 と、ミステリー界隈で狡噛流は有名なのか、「あの狡噛流?」「あれが」「本物かな」とささやかれていた。


 くたびれた男が嬉しそうに反応する。


「ははっ、あの狡噛流か! こりゃあとんでもないことが起こりそうだな! 館への交通手段は頼りない吊り橋だけ! もし落ちでもしたら、ここは陸の孤島になるぜ!」


 ??? 

 ジャンプして向こう岸に渡ればいいだけと思うが……。


 そりゃあ鍛えてなかったら厳しいかもしれないけど、冒険者もいるのにさ。面倒くさがりが多いのか?


 俺がそう疑問に思っていたときだ。

 筋肉マッスルな若い女が叫んだ。


「きゃあああああああ! か、鏡に文字が!」


 全員、応接間の大きな鏡に視線をやる。


『こよい、だれかがニエとなり、チのサンゲキがはじまる』

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