とある男
男は毎朝、軍の訓練場を走るのが日課だった。
今日も、いつもと同じように訓練場に来てみると、一人の少年が走っていた。
男は走り出し、少年に追いつくと、
「よう、坊主。朝から精が出るな」
と、話しかけた。
すると、
「おはよう御座います」
と、走りながら元気な声が返ってくるではないか。
気分を良くした男は、
「ああ、おはよう。その背中の荷物はなんだ?」
と、少年が背負っている荷物の事を尋ねた。
顔の傷や髪の毛、瞳の色などが気になったが、男はあえて触れないようにした。
「戦では大量の矢を身につけて移動すると思うので、重りを身につけて走って、体力をつけようと思いまして」
と答えた少年。
「ほう。弓兵か。良い心がけだ。我が軍の兵にも見習わせたいもんだ。ワシ以外に早朝から走っておる者など、見たことなかったからな」
男は、少年の真面目さを褒める。
「国軍の訓練は何時からでしょう? 見学の予定なのです」
と、問いかけられた男は、
「8時からだ。見学するなら案内してやるぞ?」
と、嬉しそうに言った。
「いいんですか? お仕事の邪魔になりませんか?」
と、邪魔ではないかと気を使う少年に、
「仕事は大丈夫だ。案内するのとたいして変わらんから」
そう言って、問題ない事を伝えると、
「では、お願いしてもいいですか?」
と、礼儀正しい答えが返ってきたので、
「任せろ! あ、一緒に朝食でも食うか?」
と、朝食に誘ってみた。
「あ、そろそろ朝食の時間ですか。では是非。城の事も教えて下さい」
と、少年が応じたので、
「いいぞ」
と、笑顔で笑い、こっちだと食堂に案内した。
男は少年の事を、どこかの貴族の子供が、国軍入軍の下見に来たのだと思っていた。
貴族の、特に子爵以下の貴族の子供が、国軍に入る事はよくあるし、普通なら命の危険の少ない内勤を希望するが、朝から走ってるという事は、命を賭けた前線に行く、やる気のある子供だと思い、少し機嫌が良くなったので、朝食に誘ったのだ。
その後、兵達が朝食を取る食堂に、少年を連れて行き、兵の列に並んで、朝食を受け取りテーブルについた。
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セインスは、早朝訓練場を走っている途中、話しかけてきた男に朝食に誘われ、そのまま食堂に移動した。
国軍の兵士達が、男を見ると敬礼しているので、国軍の中での役職は、かなり上なのだと推測した。
テーブルについたセインスは、
「えっと、お名前を伺っていなかったし、私も名乗っていなかったので、まず名乗らせもらいます。セインス・クロームと申します」
と、男の眼をしっかりと見て名乗った。
「家名があるという事は、やはり貴族か。二男や三男か?」
と、男に問われ、
「いえ、違います。私は……」
当主だと言おうとした途中で、
「まあ、そんなのはどうでもよいな。ワシはアルフォンス・リーガスタだ。知ってるか?」
話を遮って、名乗った男。
いや、アルフォンス・リーガスタ。
リーガスタの家名に覚えのあるセインスは、
「も、もちろんでございます。リーガスタ家を知らない者は、この国には居ないでしょう! 侯爵家の方とは知らずに、失礼致しました」
と、席を立って頭を下げて言った。
「よいよい。リーガスタと言っても、私は侯爵家当主の弟でな。家督を継ぐわけでもないから、国軍に入ったら何故かどんどん出世してな。宮廷貴族の伯爵を陛下から賜った。なのでリーガスタ伯爵家という事になるから、侯爵家の人ではなくなったのだよ」
と、リーガスタ伯爵が言う。
宮廷貴族の中の、軍貴族という事だ。
「なるほど、ではアルフォンス様はリーガスタ伯爵家のご当主という事ですね。という事は国軍でのお役目は?」
と、セインスが尋ねると、
「王都軍の指揮官を任されておる」
と、リーガスタ伯爵が言う。
王都軍とは、国軍の中で、王都に常駐する軍である。
王都には王家が住んでいるわけで、実質、王家を守る軍である。
伯爵ならば少将なのだが、リーガスタは中将に任じられている。
「納得出来ました。どうも周りの兵士の方が、アルフォンス様の顔を見ると、緊張されてるなと、思っていたものですから」
と、笑ったセインスに、
「ウザイ上官のさらに上が、ウロウロしてると嫌がられるからな」
と、リーガスタ伯爵が言うが、
「いえ、緊張だけで嫌がられてる様子は無かったですけど。どちらかと言うと、憧れかな」
と、セインスが思った事を言葉にした。
「こんなおっさんに憧れる訳なかろう」
と笑ったリーガスタ伯爵。
その時、
「ああ! セインス! やっと見つけた! お前なんで兵士の食堂で飯食ってるんだ!」
と、大きな声でセインスの名を呼ぶ者が現れる。




