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星海の光  作者: ZEXAS
第三章 魔界を震わせる小動物
50/50

ちょっとだけバイバイ



─チリークロワッサン城

─メインホール

視点 ライト



魔力量と魔力回復力が劇的に落ちたオレの、レンシーとの訓練方法は魔法を避けさせる事より実技戦闘の方が増えていた。

そのおかげか、身体強化の魔法を身に付けるのに思ったより時間が掛からず、今では結構自然に使えるほどになっていた。


「流石のお前も初めの頃は動きに恐れがあったが、今はだいぶマシになったな」


「そう? まぁ確かに少しは戦うのに慣れたかな」


模擬戦用の筒状の鉄棒を合わせながら、オレは足に身体強化の魔法を集中して踏み込んだ。それに合わせてレンシーも力を込めてきた。


オレの魔法を避ける訓練よりよっぽど安全と取られてるのか、チェリスの表情もとても穏やかなもので、もはや子供を見守る母親みたいな顔をしている。


……時間も良い感じだから力を抑えると、やっぱりレンシーもオレに合わせた力を抑えてくれて、今日の訓練が終わったのを感じた。


「……ふぅ」


身体強化の使い方に慣れたといっても、まだまだ呼吸するように操るまでには至ってない。

ずっと同じ調子で使う分にはいいけど、こうやって一部強化してたのを戻して全身へ均等に強化し直すのはもっともっと慣れが必要かな。


「叩き上げにしては上手く使えているじゃないか。お前が居たというサウシアの人間はみんなそうなのか?」


「え? まー、多分?」


「そうか」


レンシーに曖昧な返答をした後でサウシア人って大人の人はみんな魔法使えてた気がするけど……魔法の習得は結構大変っぽい話をロイ王は言ってた気がするなぁ、なんて考えていると、エイルとチェリスの2人がオレ達の方へやってきた。


「ライトちゃん、これ」


「ん?」


チェリスの方へ身体を向けると右手を差し出されていて、その手には紺色に透き通った綺麗な石が乗っていた。


「なにこれ?」


「魔力晶石よ。今のあなたの魔力漏れなら十分防げるわ」


「おぉ~、でもどうして今更?」


「別に急ぎじゃなかったもの。それに貴女も一生懸命練習してる途中でコレ渡されたら嫌だろうとも思ったし」


「なるほど……」


「あと、無くしはしないだろうけど、コレが無くても今の貴女なら他人が何も知らなければただの人間にしか見えないわ。明日にでも人間界へ一旦行けるけどどうする?」


長いようで短いようで、でもやっとこさここまで来た。何だかんだでたまには日の光を浴びたいオレの心は決まっていた。


「じゃあ、明日行きたい!」


「ふふ、決まりね」




★ ★ ★




─客用の寝室




女の子用のラフな寝巻きに着替えて寝る準備を整えてみたけど、なんだかソワソワして全然眠くならない。まるで遠足前の子供みたいだ。


少しでも眠くなろうと思って、考えなしにエイルを呼んでみることにした。


「エイル」


「はい、ライト様」


ベッドに腰を落として櫛で髪をとかしてるエイルもオレと同じくラフな寝巻き姿で、なんかもう可愛いの一言に尽きる。でもどことなく美しさも感じ取れたりして……うーんやっぱり面倒だから可愛いでいいや。


「落ち着かないのですか?」


「……あ、あはは。そうなんだ。旅には慣れてる筈なんだけどね。どうも新天地って心が踊るんだ」


この感覚が大好きで、日本に居たときは岩手へ向けて北上してたのを突然横浜に行くことにしたりと、とにかく考えに無かった何処かへ行くのが好きだった。……単に飽きっぽいとか無計画とか馬鹿とか、そういう悪い方に考えちゃいけない。


「ライト様、私のお願いを聞いてもらえますか?」


「え? うんうんいいよ。何でも言って!」


オレがそう言うと、エイルはベッドから立ち上がり、オレの方へ来たかと思うと、オレの手を取って引っ張ってきた。


「わっ、エ、エイル!?」


そのままエイルが自分のベッドに背中から倒れて、オレは手を引っ張られたままエイルの上にダイブした。

見た目よりちょっと育ってるように感じる柔らかい何かがオレの顔をふかふかと抱き止めた。コレに飛び込めば男はみんなハッピーになれる……じゃなくて!


「ぷはっ、エイルどうしたの急に。……むぐぅっ!?」


身体を起こそうとすると抱き締められて顔いっぱいに再び柔らかい何かが飛び込んできた。


無理に解放されようとする気は起きなかったのでエイルに任せてそのままでいると、少ししてエイルが話しだした。


「……ライト様、血を下さい」


「……あっ。……うん、好きなように吸って」


今回吸われたら2回目になるけど、この前から2週間くらい間があるかな。エイルの様子からしても乾いているというより吸いたいから欲しがってる感じだし、割と燃費がいいように思える。


「……っ」


とかなんとか思ってると、エイルに抱かれたままベッドの上をごろりと転がされてオレが下になった。


エイルの手や足がオレの身体に絡み付き、少し荒めの吐息が聞こえる。気恥ずかしくてエイルから目を反らしていると、クスリと小さく笑う声が聞こえて、そしてゆっくりと首筋に牙を入れられた。

チクリとした後で、じんわりと熱い何かが広がるようで集まっては消えるような不思議な感覚。そしてその後は……


「……ちゅ、ちゅずずっ……」


「……ぅ、あ……ぁっ、……んあぁっ」


不思議と心地よくて、ずっと身を任せていたくなる蕩けるような快感。

みるみる力が抜けていって、自分でもぐったりとしているのが分かるくらいに脱力し始めていた。


「……ふふ、貴女は私のモノ。吸血王の調査だか何だか知らないけど、貴女は絶対に私のモノ……しっかり印を付けないといけないですね。……あむ」


「んやぁっ!? え、えいる?」


首筋にキツめの痛みが走って、傷穴を広げられるように牙でぐりぐりとされたのが分かった。

エイルが吸わずとも血が溢れだしてきて、エイルは傷穴に口をつけてただ吸ってきた。


「ずぞぞぞぞぞ、じゅずっ、ちゅじゅるるるる」


「ひゃぁぁあっ!? あっ、やっ、これぇっ……ああんっ……」


目を見開いてあらぬ方向を向きそうになるのを必死に半目になって抑えた。さっき痛かった時に溜まった涙が頬を伝って、何処かへ行ってしまう前にエイルに舐めとられた。

微笑み掛けてくるエイルの表情は妖艶そのもので、吸血鬼が生きるために必要な行為の筈なのに……何か別の事をしてるような気さえしてくる。


……なんかもう、すごい。

……すごいヤバいかも。


「その顔……ライト様のその顔、とても良いです。……ずっと、私のモノでいて下さいね」


エイルが口を離してその手を首筋に当てると、じわじわと痛みが和らいでいった。たぶん吸血が終わったんだ。


あんまり力が入らないけど、なんとか腕をあげてエイルの頭を撫でると、エイルは何も言わず受け入れてくれた。


「……もうだいじょうぶ?」


「はい。……それよりライト様、首元の傷口なんですけど、しばらくはそのままにしていて貰えますか?」


「えっ?」


エイルの言っている意味が一瞬では理解できなかったから、取り敢えず噛まれた所に手を当てた。

……すると、血の感触や痛みはないものの、小さな跡のようなものが残っているのが分かった。エイルは何かを思って今はこれを消したくないみたいだ。


「……うーん、別に良いけど、流石に首元の2つの穴を人前には晒したくないなぁ。……何かこれ隠せる良いものない?」


「既に用意してあります」


「はやいっ」


待ってましたと言わんばかりにエイルは懐から首に巻くタイプの、ちょっと大きめなフリルの付いたリボンを取りだし、オレの首に巻いてきた。


まだ力が入らなくて動きにくいからエイルにお姫様だっこされて、そのまま大きな姿見にオレを写せば、愛らしいお嬢様と等身大の女の子の人形が見えた。

首元の傷口はフリルに隠れて見えにくくなっている。良い感じだ。


「……しかしこれは。……我ながら身売りするなら人形として売った方が価値が付きそうだなぁ」


「ライト様程の見目なら普通に人として売った方がいいですよ」


「やっぱり?」


「ええ」


「あそうだ、ちょうどだからこのままオレのベッドまで運んで」


オレがそう言うと、エイルはオレをお姫様抱っこしたまま歩きだした。そして……


「あ、あれ……エイル?」


何故かエイルのベッドに寝かせられ、エイルもそのままオレの隣に潜り込んできた。

元々大きいベッドだから別に狭くはないんだけど、恥ずかしい。でも……嬉しい。


「駄目ですか?」


「ううん、びっくりしただけ」


「……では、一緒に寝ましょう」


「うん」


エイルは吸血鬼だから温かくはない筈なのに、なんだかベッドの中がいつもより温かい気がした。


「なんか、あったかいね、エイル」


「私の回復魔法が効いているのでしょう。起きる頃には血の量も元通りになっているハズです」


「えぇ……、そんなリアルなのは知りたくなかった……」


もっとこう、心温まるセリフで返してくれてもいいのでは?


「……ふふ、私もライト様と同じ気持ちだと思いますよ。でもそういうのは恥ずかしくて口には出来ないものなんですよ」


「……そっか」


エイルは恥ずかしがり屋さんなんだね、なんて余計な事を言いそうになるのをなんとか抑えて、珍しく頭の制御が効くなぁとか考えながら、オレは少しだけエイルの方へ身を寄せた。




★ ★ ★




─メインホール




別に手荷物なんてほとんど無いけど、キャリーバッグを転がしてる気分でオレは立っていた。

そんなオレの目の前には黒い穴のようなものが浮いていて、辺りに黒いモヤを放っている。チェリスの出したゲートだ。


「いい、ライトちゃん? 向こうに着いたらルーデスって宿に行くの。予約を取ってあるから。別にお気に召さなければ別の宿を取ってもいいけど、その時は自腹になっちゃうわ」


「うん、ありがたくチェリスに甘えるね」


「フフ、ルーデスよ。うっかり忘れないようにね」


「だ、大丈夫だよ……たぶん。……るーです、るーです」


今回の人間界への短期間移動はオレの気分転換も兼ねているみたいなので、行くのはオレ1人だけだ。次にエイルと会うのは例の吸血王の城に潜入した時になるらしい。現地集合だね。


「スターライト、お前は数日ほど向こうに滞在する事になるが、時がくれば向こうから動いてくれる。お前はただ流れに任せるんだ。抗ってはいけない」


「……ぇー、え? もうちょっと分かりやすく言って?」


人間界むこうでは無闇に力を使うな。お前が非力な人間の幼子に見えなければ事が上手く運ばなくなる」


「なるほど……」


「というかライトちゃん、貴女ってやっぱり人間じゃなくてドワーフか何かなんじゃない? 人間にしては見た目より中身がだいぶ成熟してるように見えるけど……」


「ふふん、そう? でも人間なんだよねぇコレが」


いやまぁ、見た目より成熟してるのは当たり前だし7歳前後の子と比べて言われて調子に乗るのも如何なもんかと思うけども……。


「世間知らずな感じは良い線いってると思うんですけどね、ライト様は。いっそ何処かの城から抜け出して城下をお楽しみ中の賢いおてんば娘って路線で行ってみるのもアリかもしれませんね」


「白い髪も相まって高貴な雰囲気も出てるしピッタリかも。フフ、どうライトちゃん」


「どうって……。もうっ! 人をオモチャにするのも大概にしてよっ。心配しなくても大丈夫だから!」


あんま自信は無いけど……とかは言わないでおいた。……あの、レンシーさん、そんな初めておつかいに出る子供を見るような目はやめてください。オレとて心は三十路前、やる時はやりますよ、ええ。


「まぁ、言動は置いといて、穏やかに過ごしていれば力を使う事なんてそうそう無い筈。私達が心配するまでも無いかもしれないわ」


「チェリス様の仰る通りです」


「そうね。ライト様を信じましょう」


この取って付けたような適当な会話……やっぱりみんなオレを使って遊んでたんじゃないか!

……あー、もう向こうに行っちゃお。



視点 エイル



「申し訳ありませんライト様、少しやりすぎまし……あら?」


私達がウンウンと頷いている間にライト様は忽然こつぜんと姿を消していた。小さなゲートも消え去っていて、それはライト様が何処へ行ったかを示していた。


「あなたの主は本当に可愛いわね」


「あげないわよ」


「……ところで、あなたからライトちゃんの美味しそうな血の匂いが微かに香るのは何故かしら」


「分かってて聞くなんて意地が悪いわね」


昨日の夜の事は思い出しただけでも堪らない。


流石に少しは抵抗されると思っていたが、私がライト様を押し倒して血を望んでもライト様は受け入れてくれた。

傷の穴を広げた時も、ライト様は抵抗すること無く痛みを堪えて私に身を任せた。その時の、私の為か痛みを堪えている表情と言ったら……。


「あなたこそ。わざと匂わせているんでしょ?」


「さて、どうかしらね。ふふ……」


「全く……。そうそう、あなたにも奴の城に行く前に簡単な作法を覚えてもらうからね」


「ええ、あまりその辺りの礼儀は分からないの。よろしく頼むわ」


予定では今から最低でも2日3日はライト様と会えない。別に寂しくはないし、むしろ心配なくらいだ。……でもやっぱり、昨日ベッドの中で感じた温もりは少しだけ恋しかったりする。


ライト様はどうも私に激甘だからついつい私も甘えてしまう。あの人もそれを望んでいるからWinWinの筈なんだけど……あんまり頻繁に甘えていると、私はあっという間に駄目になってしまうだろう。

……かと言って、あんな無防備……もはや誘ってるとも思えるようなライト様と近くにいて自制を続けるのも辛いのが悩ましい。


この数日間の別れがどうか良い方向へ働きますように。……そう、私は心の中でそっと願った。





……なんかサブタイに似た台詞を何処かで聞いた気がするのです。

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