第26話 マーキング
人間も含め、動物の体の仕組みや能力は、奇跡的とも言えるレベルでよく出来ている。
それこそ、神々の手により創造されたと言われても信じられるくらいに、だ。
実際は進化の過程で最適化されていった結果だと言われているが、その進化にしたって未だ謎に包まれた部分は多い。
いったい、どうしてそんな進化をしたのか?
どうやってその現象を成立させているのか?
それを科学的に解明しようとすればするほど、生命の神秘に打ちのめされる――のだそうだ。
「飛行機の設計だって動物の形状や動きを研究して今に至っているワケだし、比較的近年発達したドローンの技術も虫などの飛行方法を研究することで飛躍的に進化したわ。トール、アンタのデウスマキナ――【土蜘蛛】だって蜘蛛を模してるんだし、それは十分理解しているハズよ」
「そう言われると、確かにそうですけど……」
シャルの言うとおり、蜘蛛なんかは技術の参考にされやすい虫の代表格と言っても過言ではないだろう。
蜘蛛の糸の性質や頑丈さはあらゆる分野で注目されているし、その動きや習性などについても研究が進められている。
「私のドローンも見てのとおり、フクロウとオオカミを模した性質をしているわ」
「フクロウ…………っ! そうか、だからこのドローンを捉えられたんですね……」
「あら? 色々と疎いくせに、フクロウの特徴は知ってるみたいね? やっぱりアンタって――、まあいいわ、その通りよ。『fraise』の目はフクロウと同様に夜目が利くし、立体視も可能。だから消失マジックの種も見破れたし、マーキングもできたってワケ」
消失マジックとは、あの大蜘蛛が捕まった際に消えた現象のことだ。
実体が消失するという摩訶不思議な現象ではあるが、アレの種明かしについては既に説明を受けている。
それについては村長も含めて問い詰めるとのことだったので、ここで大きく触れるつもりはないだろう。
ただ――、
「いや、フクロウにマーキングをする習性はないだろう?」
犬や猫などの一部の動物は縄張りを主張するために臭いによるマーキングを行うが、フクロウにそんな習性はなかったハズだ。
「細かいことはいいのよ! 別に本物のフクロウじゃないんだし、多機能で損することはないわ!」
いいのか……
フォルムや性能まで模していることから強いこだわりを感じたのだが、どうやらあくまでも重要なのは機能性ということらしい。
「それに、実際役に立ったでしょう?」
「……まあ、それは間違いない」
先程トールが「仮に発信機の類をを付けられていたとしても~」と言っていたが、恐らくそんな想定は初めからしていなかったと思われる。
理由は単純に、的が小さ過ぎるからだ。
シャルのドローン――『fraise』がいくら本物のフクロウと同様に夜目が利くといっても、動いている手のひらサイズの標的に発信機を取り付けるような精密な動作は不可能と思われる。
そもそも野生動物の狩り自体成功率は低いと言われているし、それを模したところで標的に攻撃を当てられる確率などたかが知れているからだ。
しかし、犬猫の行うマーキング行為は尿の噴射――つまり液体による行為なので精密な照準性能は必要ない。
実際にどのような形式で行ったかはわからないが、霧状の液体を噴霧したのであれば回避はほぼ不可能だろう。
もちろん洗い流すことは可能だろうが、人間が嗅ぎ取れない性質であれば気付くことすらできない。
単純で原始的な方法ではあるが、やられる側の視点で考えると非常に厄介な索敵方法だ。
「でしょ? しかも簡単には洗い流されない性質になってるし、仮に気付かれて洗い流されたとしても通った痕跡全てを消すことはできないわ! ……まあ、雨だと流石に追跡は難しいけど」
短所を気にしてか最後の方は小声だったが、どんなに優れた機能にも必ず弱点となる部分は存在するものだ。
個人的にはそれを踏まえても、十分に効果的な探知方法だと思える。
「……そういえば、昔は炭鉱で無色無臭のガスを探知するのに鳥を使っていたって、父に聞いたことがあります。人間に嗅ぎ取れない臭いかぁ……、流石に、気付きませんでした」
トールは悔しそうに苦笑いを浮かべているが、こればかりは相手が悪かったとしか言いようがない。
さっきシャルが言ったとおり、どんなに優れた技術や機能も、原始的な方法や強引な力業で打ち破られるということは往々にしてあることだ。
複雑な暗号も総当たりで解かれることはあるし、人間には脱出不可能な檻でも猛獣並みの腕力があれば強引に脱出することができる。
俺もかつて、対策や想定を「人」の枠に設定していたがゆえに、「人外」に踏み荒らされた――という経験がある。
だから正直、他人事のようには思えなかった。
「逆に言えばこれだけの装備と技術を用いなきゃ、アンタと【土蜘蛛】のカラクリを見破れなかった。十分に誇っていいことよ?」
シャルの言うとおり、普通の開拓者が利用するような装備では、あの【土蜘蛛】を捉えることはほとんど不可能に近い。
それはこれまでA級を含む数々の開拓者を相手に、真の正体を掴ませなかったことが何よりの証明だと言える。
悔しいが、俺一人では他の開拓者たちと同じ結果となっていたハズだ。
「さて、アンタの【土蜘蛛】についてはあとでた~っぷりと話を聞かせてもらいたいところだけど、まずは何故こんなことをしているかについて話してもらわなきゃね」
「そ、それは――」
「ああ、ある程度のことは予想しているから、答え合わせは村長が起きてからにしましょ? 私も寝たいし」
恐らく本音は最後の一言に集約されており、村長を気遣ったのは建前だと思われる。
正直俺も眠いので助かるが、ここでトールに考える時間を与えるのは流石に悪手なのではないだろうか?
シャルは平気だと言っていたが、俺にはその判断基準が全くわからなかった……




