鏡
私は鏡はあまり見ない。それほど化粧に力を入れている訳ではないので、チェックする必要もない。 会社の女性陣は皆お手洗いへ行くときには化粧ポーチを欠かさない。そして鏡を見て化粧直しをする。
私から見れば直す必要はないように見えるが、彼女達にとっては違うらしい。
しかし私も鏡を見ることはある。特に好きな人と会うときには化粧を気にする。なんとなく気恥ずかしい、そんな感じだ。
私の好きな人。それは同じ会社の菊池さん。部も違うけど、密かに付き合っている。まだ一度しかデートはしたことがない。
そして社内の個人メールが私のパソコンにきた。菊池さんからだった。急だけど、今日夕食を食べに行かないか、という内容だった。
菊池さんとデート!もちろん行くと返事をした。と、ここで考える。今日の服装は!?私が確認すると、一応ワンピースにカーディガンという格好。まあ、及第点だ。
そして仕事も終わり、待ち合わせのカフェへ。そこには彼は既に到着していた。
「竹川さん、こっち」
彼に声をかけられたが、かけられなくてもすぐにわかった。好きな人とはそういうものかもしれない。私は彼の側まで行った。
「待たせてごめんなさい」
「いや、俺も今来たところだから」
そらは多分嘘。彼は出先から直接って言ってたから、きっと早く着いたはず。でもそんなところは見せない。
「じゃあ、夕飯食べに行こうか」
「はい」
外へ出ると、風が強かった。前からザアッと風がきた。
「大丈夫?」
彼は心配して私の顔を覗きこんできた。とその時、彼は微妙な顔をして言った。
「……お手洗いへ行ったら?」
「え?」
私は彼の真意が掴めずに、頭のなかは?マークでいっぱいだ。
とりあえず、近くのコンビニでトイレを借りた。そこでふと鏡を見ると、私の左側の眉が途中で切れていた。昨日眉を整えていたら、眉尻を削ってしまったのだ。
これを見て菊池さんは私をお手洗いへ!?つまりは見られたってこと!?恥ずかしい!
しかも私は眉を整えるペンシルを持っていなかった。なんとか前髪で隠して、彼のところへ戻った。でも前髪だけでは心許ない。
「あの、菊池さん、今日は帰ろうかと……」
私がしどろもどろに言うと菊池さんは、
「……もしかして眉のこと?」
ズバリと聞いてきた。私は既に見られているので隠しても仕方がないと思い、菊池さんに伝えた。
「……はい。あの、眉用のお化粧品を持ってきてなくて……」
私の言葉に彼は笑いだした。
「前髪をおろしてれば大丈夫だよ。お店の中は風は吹かないと思うよ」
「で、でも……」
「気にしないで行こう」
という彼はまだ笑いが収まらない様子だ。
こんなことなら、きちんと会社で鏡を見ておくのだった!好きな人に指摘されるなんて恥ずかしすぎる!
私は鏡を見ることも大事だとつくづく実感したのだった。




