恋?
私がコンビニでレジカウンターにいる時だった。一人の男性が近寄ってきた。
「これ、ないの?」
それは年賀状。私はそれを受け取り、いつも年賀状が入ってる引き出しを開けたが入っていない。発注漏れ!?
「申し訳ございません。ただ今、こちらの品を切らしてまして……」
「……ないの?」
「……はい。申し訳ございません」
「何でないの? 責任者は誰? あんたじゃないよな。そいつを出せよ」
「生憎、店長は不在で……」
「じゃあ、あんたが責任者だろ? 何の疑問も感じないのかよ!?」
「……申し訳ございません」
私は深々と頭を下げた。謝るしか方法がない。私が謝り続けていると、その男性も諦めたようだが、舌打ちを残していった。
ああ、疲れた。悪いのは発注担当だけど、レジで対応するのは私だから仕方ないか……。
私がはっと気づくと、次のお客さんが並んでいた。
「いらっしゃいませ」
私はいつも通り品物のバーコードを読み込んでいく。ピッ、ピッとその度に音が鳴る。最後の一品を読み込んだ。
ピッ
「合計2,322円になります」
その人はすっと3000円を出した。と、その上に紙切れが乗っていた。
『気にしないで、頑張ってください』
私はそれを見ると、弾けるように顔を上げた。そこにはサラリーマンが一人いた。私は彼と紙切れを見比べて、泣いてしまった。ポロポロと。その男性はおろおろとしている。私は泣き終わると、少し笑ってしまった。他に人がいなくて良かった。
私はお釣りを彼に渡した。
「ありがとうございました」
そして、深々と頭を下げた。感謝の気持ちを込めて。彼は少し笑うと、お店を出ていった。
それから三回ほど彼に会った。もちろんコンビニで。特に会話もなく会釈する程度だった。そして就職のため、私はコンビニでのアルバイトをやめた。
就職先は公告会社。といっても小さな所だ。アットホームな感じが好ましく感じたから、この会社に決めた。今日から新入社員。私はスーツに身を固めて、出勤した。しかし、誰もいなかった。何故なら、就職が嬉しくて家を早く出すぎたのだ。
だが、会社の入り口は開いていた。ということは、誰かいるはず。私は執務室の横の会議室を開けてみた。
カチャ
「誰だ?」
「あ、あの、本日からこちらで働かせていただくことになった田村みゆきと申します」
「「あ」」
彼だった。あのときのサラリーマン。
「君、ここで働くの?」
「はい! よろしくお願いいたします!」
「私は海藤だ。よろしく。皆、もうじき出社するだろう。君も執務室へ行きなさい」
「はい」
私は会議室を出て、執務室へ入っていった。すると既に来ている人がいた。私が挨拶をすると、迎え入れてくれた。やっぱり暖かな会社みたいだと私が思った時、自己紹介が始まった。まずは新人の私達三人から。それから社長の言葉がある。
あれ? あの人……。
「おはようございます。社長の海藤です」
え? え? 社長!? ひえー! そんな人に馴れ馴れしく!
「新入社員の方々、ようこそ、わが社へ」
そのあとも社長の話があったようだが覚えていない。何か言われたらどうしよう。
「田村さん、社長室へ」
え?
「うちの会社では、始めに社長と話すのよ」
先輩が教えてくれた。私はフラフラと社長室へと向かった。
コンコン
「どうぞ」
「田村です。失礼します」
カチャ
社長室はもっと重厚なイメージだったが、簡素だった。思わず私が周りを見ていると話しかけられた。
「田村さん?」
しまった!
「も、申し訳ありません!」
私が必死に謝ると、彼は少し笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ。コンビニでは何回か会ってるし」
覚えててくれた!
「あのときはありがとうございました」
「いや、気にしなくていいよ。君が元気そうで良かったよ」
私と彼はコンビニの話で盛り上がり、社長室を退室した。
それから仕事へ行くのが楽しくなった。彼に会えるから。かといって、平社員の私が彼と会うことはそれほどない。それでも仕事に打ち込んでいった。
今日も終業時間になった。この会社では原則残業はしないことになっている。皆で助け合って仕事をしていくのだ。
やっぱりこの会社に入って良かった。
私はそう思って帰ろうとした。と、そのとき、社長から呼び出しがきた。
なんだろう。何かしたかな……。
私はびくびくとしながら社長室へと行った。
コンコン
「どうぞ」
「田村です」
「入りなさい」
カチャ
私が社長室へ入ると、少し疲れたような顔をした彼がいた。
「実は君に頼みがある」
「な、何でしょうか」
私がびくびくしながら聞くと、彼はふわっと笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ。君に秘書をやってもらいたいんだ。君の丁寧な仕事ぶりは聞いている。考えてくれないか」
私が社長秘書!?
私がおろおろしてると彼は笑った。
「そんなに考えなくても、私の仕事を少し手伝ってもらうのと、雑用だよ」
それなら出来るかも。何より、疲れた彼の様子が気になった。
「わかりました。私でよろしければお引き受け致します」
「そうか! ありがとう。じゃあ明日から前任の秘書から引き継ぎをしてくれ」
「え、あの、前任というと……」
「彼女は退社することになってね」
「……そうだったのですか」
彼との話が終わると私は帰宅した。そして帰りに書店で買った本。それは「秘書検定」。せっかくやるなら、きちんとしたい。私はその日から勉強を始めた。
「田村さん、これを頼む」
「はい」
秘書になってわかった。社長がこんなに忙しいなんて。私達に残業をしなくても済むように、頑張ってくれてたと初めて知った。
疲れた彼の横顔。
キュ
何だろう。この気持ち。彼を支えてあげたい。
日を追うごとに、その気持ちは強くなっていく。
まずい。社長が私に振り向くなんてあり得ない。年齢差もあるし。ああ、でも気づいてしまった。自分の気持ちに。このまま秘書を続けるということは、彼の側で働き続けるということ。つまり、恋をしても応えてくれない彼と一緒に仕事をするということだ。耐えられる? 自分で自分に問う。無理だわ……。辛すぎる。明日にでも秘書をやめさせてもらおう。私は決意して次の日を迎えた。
「社長、折り入ってご相談が……」
「どうしたの?」
彼はじっと私を見つめた。
ドキン
「あ、あの、秘書をやめさせてもらいたいのですが……」
ガタン
彼は椅子から立ち上がった。
「何故?」
「あの、その」
ああ~、言葉が出てこない!
「一身上の都合で!」
私は叫んでいた。
「……そうか。私が嫌になったなら、はっきり言って構わないよ」
寂しそうな彼を見て、私は反射的に答えてしまった。
「その逆です!」
しまった! 私は顔が火照っているのを感じ、思わず下を向いた。少しして、そろそろと顔をあげると、照れたように赤い顔をした彼が横を向いていた。
「……田村さん、えーと……」
これから始まる二人の物語。
ちなみに彼は30代だったわ(笑)
おわり




