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恋愛模様  作者: 奈月ねこ
12/19

覚めたくない夢

 私は会社勤めをしている31歳だ。アラサー真っ只中。結婚を意識しない訳ではない。だが相手がいない。会社はおじさんばかり。仕事も忙しく、帰りも遅いため出会いもない。友達が結婚していく中、自分は出来ないのかと考えていた。

 そんな時だった。私は朝いつも通りの電車をホームで待っていた。電車が滑り込んでくる。扉が開くと、手前に車イスの人が乗っているのが見えた。私は乗る時に避けようとしたが、後ろから押され、車イスにつまづき転んでしまった。でも後ろに並んでいる人達にはそんなことはわからないのだろう。どんどん乗り込んでくる。これは人に踏み潰されるかもと諦めた時だった。


「大丈夫ですか。ここに掴まって下さい」


 私に手を差しのべてくれたのは車イスの男性だった。私はその手と車イスに掴まり、なんとか立ち上がることが出来た。


「ありがとうございました」


 とお礼を言ったのもつかの間。私は乗り込んでくる人達に押され、車イスの人から遠ざかっていった。

 私は無事会社へ着き、仕事を始めた。でも頭の中は、あの車イスの人のことを考えていた。私に優しく手を差しのべてくれた人。お礼も中途半端になってしまった。また会えるだろうか。

 翌日いつもの電車に乗ったが、あの車イスの人はいなかった。スーツを来ていたからどこかの会社に勤めているのかもしれない。

 私は何故こんなにあの人のことが気になるのだろう。考えても答えは出ない。そして仕事に忙殺されているうちに、私は忘れていった。


「竹下さん、例のプロジェクトの会社が決まったよ。今日担当者が来るから準備しておいて」

「わかりました」


 また仕事か……。仕方ない。とにかく今回のプロジェクトチームでうちと別の会社で仕事をすることになっている。


「お待たせいたしました」


 私が会議室へ入った時だった。あの車イスの人がいたのだ。私は驚いたが、よく考えると相手は覚えてないかもしれない。私は名刺を渡した。


「竹下と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「斉藤と申します。この前の電車では大丈夫でしたか?」


 覚えててくれた!


「あの時はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ申し訳ないことをしました。あそこがあれほど混む場所とは知らずに乗ってしまって……」

「斉藤さんのせいではありませんよ。むしろ助けていただいて感謝しています」

「竹下、知り合いか?」


 上司だった。まずい。仕事中だった。


「先日、電車の中でお会いした方です」

「そうか。では巡り合わせかもしれないな。斉藤さん、今回のプロジェクトは竹下が中心になりますのでよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 こうして和やかに話し合いは始まった。

 話し合いをするために何度もうちの会社へやって来る斉藤さん。とても仕事の出来る人だった。多くのアイデアを出し、プロジェクトは進んでいった。

 仕事が進むにつれ、私は考え始めた。この仕事が終わったら、斉藤さんとも会えなくなるのだろうか、と。

 何を考えているんだ、私は。まるで斉藤さんに恋しているかのようだ。恋!?まさか……。でも思いあたることはある。私は斉藤さんに惹かれてる。でも斉藤さんは……?きっと私のことなんて眼中にないわね。仕事熱心な方だし。それに結婚してるのかもわからない。


 そしてプロジェクトチームでの仕事は成功に終わった。このあとは打ち上げだ。

 私は斉藤さんの横の席をとった。もうこれで会えないかもしれないから、少しでも近くにいたかった。

 私は斉藤さんに話しかけ、色々と話した。斉藤さんは知的で、しかも面白く、私達を飽きさせない。もうこれで終わりかと思うと、なんとも言えない気持ちが込み上げてきた。でも、自分から言う勇気もない。


 打ち上げも終わり、帰ることになった。


「竹下さん、お世話になりました。あなたはとても仕事が出来る方だったので、うまく仕事が進んだと思います」


 斉藤さんからの言葉だった。


「こ、こちらこそ、斉藤さんが担当で良かったと思っています」

「ありがとう」


 斉藤さんは優しく笑った。


「じゃあ、竹下さん、また機会があったら一緒に仕事をしましょう」

「はい!」


 斉藤さんは帰っていった。私はその後ろ姿を見つめるだけ。

 斉藤さんとの仕事は楽しかった。夢のように通り過ぎてしまった。


 夢なら覚めて欲しくなかった。

 




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