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監獄迷宮  作者: ばち公
三つ巴☆パラダイス~三つ巴崩壊編~
13/74

「しばらくお待ちくださいね!!」


 そう言い残し、去っていったプリェロ。

 残されたオリ達は、思うがままにくつろいでいた。


「畳だ……」


 そう、夢にまでみた『人間らしい家屋』の、やけに和風な一室にて。

 まるでこれが現実だと信じられないように、それを確かめるように、ベッタリ頬を押し付け伏せるオリ。手は握りしめるように畳に爪をたて、いっそ頬ずりしているようにすら見てとれる。


「はあ、オリったら。気持ちは分かるけど。だって快適、快適。何の心配もなくごろごろーんっと寛げて……」

「すぴー」

「……こいつは寛ぎ過ぎだ」


 リューリンが顔を引きつらせる視線の先では、ミオが体を丸めるように眠っていた。緩みきった口からは安らかな寝息と、ついでに涎。大の字になって寝転がっていたリューリンもビックリの寛ぎっぷりである。

 ちょっと警戒心無さ過ぎない? とさすがに危機感を持ったリューリンはわざわざ妖精の杖をとりだすと、オリの近くに陣取った。オリは寝転がったまま、小さく笑った。

 ミオはなんやかんやと、誰よりも動いていたから疲労が溜まっているのだろう。おやすみ三秒なのも無理はない。危険になったら飛び起きてくるだろうし、まあいいか、とオリはのんきに考えていた。気が抜けているだけかもしれない。


 平屋建ての、和風建築家屋。まさかこんな迷宮でお目にかかれるとは思わなかった。

 日光はないがそれでも木影から光射す縁側に、するりと楽にひらく引き戸、それから懐かしい色合いをした紙の障子らしきもの。極めつけは今オリがころりと寝転がる畳である。

 かすかな甘さをひそませている井草の匂いに、誘われるように目を瞑れば、そう、まるで田舎にいるような――。


 あとは蚊取り線香、と思いかけたところで、障子にすらりと高い影がうつる。

 オリが振り返るより先に、ミオはすでに立ち上がっていた。涎のあとをつけたままだが。


「失礼する」

「あ、はい、どうぞ」


 男の声に眉をひそめつつ、とりあえず促せばすっと戸が開き、動きやすそうな装束に身を包んだトカゲ? 蛙? ――カメレオンだろうか? とにかくそういった系統の顔をした男があらわれた。

 表皮は黒にも近い濃緑で、凛々しい顔立ちのうえ目付きがスッと鋭いので、何なのかいまいちよく分からない。


「待たせてすまない。村長がお呼びだ」




――トゥケロ、と名乗った男に座敷に通されて、敷かれた座布団にすわる。

 オリとミオの順、ではなく、二人の間には畳んだハンカチくらいの大きさの座布団と、そこに座るリューリンもいる。


「よく来てくれたな。私がこの集落の長だ」


 そんな三人の前で胡坐をかいているのが、村長と称された獣である。

 トゥケロよりもずっと高い背丈は、以前戦った黒虎ほどだろうか。広い肩幅をしたいかつい体格は、磨いた鋼のような長毛に覆われている。頭のてっぺんだけは一応ポニーテールのようにくくっているが、それでも非常に暑苦しそうだった。

 トゥケロは長の少し後ろで、形良く正座をしていた。長と比べると小柄だが、その印象も薄れるほどの隙のない雰囲気。彼もただ者ではないのだろう。


「まず、プリェロを助けてくれたことに感謝する。今、この辺りはすこし面倒なことになっていてな。このタイミングでプリェロに何かあったら、もっとややこしいことになっていただろう。助かった、ありがとう」


 ちなみに当のプリェロはというと、今この場にはいない。幼い子どもはこうした場に招かないものらしく、それについてすこしぐずってから出ていった。

 長に大きな頭を下げられたオリは、まごつきながらも謹んで礼を返した。それから、聞き捨てならない単語に恐る恐る口を開く。


「その面倒事というのは……」


 ふむ。と村長は溜めるように間をおき、ちらりとトゥケロに目をやった。彼は何も言わなかった。

 やわらかな光が障子越しにさしこむ穏やかな雰囲気のなかで、焦らされるような緊張感だけが場違いなもののように漂う。

 トゥケロは村長と視線を合わせながらも、身じろぎ一つせず黙っていたのだが、しばらくしてからやっと口を開いた。


「現在この階層には、三つの集落がある。ここは『森』。他の二つは『川』、『草』とそれぞれ呼ばれている。それぞれが境界線を守り、その中で暮らしている」

「それで、まあ分かると思うが、かなーり長い間、しつこく争いあってきた。広くも狭い空間だからな。領土だとか、食い物だとか、まあもっと些細な理由もあれば、根深いものもある――とはいえ、さすがに土地も住人も疲弊してきた。そこで数日前に、三集落の長が集まって不戦協定を結んだのだ」


 しかしそれに対して、不満をもつ者も多かった。この集落、『森』でもそうだ。しかし此処では近々、結婚式が行われるということで、その明るいムードで不平不満がうまく誤魔化されていた。うまく収まっていたのである。

 が、花を摘みに行ったプリェロが何者かに襲われたことで、両手を挙げて万々歳、とはいかなくなってしまった。


「俺達は、プリェロを襲ったのは川のやつらだと見ている」

「あれは川のやつらに違いない! あいつら、ここを目の敵にしているからな。まあそれは草もそうなのだが」

「事情を問う使者はすでに送った。返事は明日になるだろう」


 川に草か。後者はともかく、前者は気軽に訪ねられる場所じゃないだろうから、なんとなく隔たりも他に比べて深い気がする。

 それにしてもやけに丁寧な説明だ。手助けしろってことかしら、とオリは自分を連れてきたプリェロをあざとく感じながら、そんなことを考えていた。まあプリェロは事情を知らないだろうから、八つ当たりに近い感情だが。


「ともかく、お前らはプリェロの命の恩人だ! 今夜は宴をひらく。先ほど言った結婚祝いも兼ねていてな、なかなか盛大にやるつもりだ。楽しんでいってくれ」


 オリとしては、ここに滞在して、内情もよく分からない派閥争いに巻き込まれるなんてまっぴらゴメンだった。

 しかし好意的な物言いをされてはそうも言い辛いし、こうして怖い――おまけに見た目からして強そうな――奴らの前で「嫌です」と言い切る勇気もなかった。


 そして、こんな奴らと長い間戦っている他の集落『川』と『草』の奴ら。彼らもきっと、一癖も二癖もある連中に違いない。

 それならまだ比較的安全そうで、おまけにしっかりとした家があって休息もとれるこの集落、『森』に身を寄せておいたほうがいい気がする。感謝もされているようだし。素晴らしく和室だし。ホウレンソウみたいなプリェロもいるし。

 なにより、ミオやリューリン、それからもちろんオリも疲れているし。


「それじゃあすいませんが、しばらくお世話になります」


 よろしくお願いします、そう言って頭を下げれば、長は「そうかそうか」大きな声をあげて豪快に笑い、トゥケロはそれに対して呆れたように目を閉じていた。


「とにかく疲れているだろうから、夜までゆっくり休むといい。毛布が用意されていると思うから、好きに使ってくれ」


 ちなみにこの後知ったのだが、とある花が咲けば朝、萎めば夜としているらしい。ただ光に照らされるだけの、日沈のない地下らしい工夫だ。

 オリはこの時そんなことには全く気付かず、ただ毛布にくるまれると知って目を輝かせた。


「わあ、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

「疲れていたので助かります。ありがとうございますわん、長様!」

「夜までゆっくりできるのね、嬉しいわー」


 ちなみにこんなことを言いながら、植物囲まれ育ちのリューリンは、「毛布」がなんなのか正直分かっていなかった。しかし話の流れからみるに休むための寝具、つまりオリやこの長でも包まれるくらいの大きな花びらや葉だろうと予想をつけて喜んでいた。


 オリ達は行きと同じようにトゥケロに案内されて部屋に戻り、それぞれふかりとした毛布にくるまって休んだ。

 ちなみにリューリン用には別に花びらが用意されていて、彼女もそれをくるくると身にまきつけて満足そうに眠りについた。




 定められた時間でいう真夜中。宴もいい塩梅のままお開きとなり、オリとミオ、それからリューリンは宛がわれた寝室に戻ってきていた。

 そこは出てきたときと違い、暗色の布や葉で灯かりの射しそうな部分を覆われ、まるで本物の夜のように暗くなっている。


 これというのもトゥケロのお陰だ。呼ばれ、宴に出たのはいいが、明るいうちに飲んで食って騒ぐというのは、オリにとっては少し不思議な感覚だった。

 そんな気持ちのまま料理をつついていたのだが、その違和感がどうにも表情に出ていたらしく、トゥケロに「どうしたのか」と聞かれたのだ。

 素直に自分が迷宮外から来たことや夜について話すと、トゥケロは特に驚く様子もなくふむ、と呟きこんなものを手配してくれたのだった。


(紳士だなぁトゥケロさん……トカゲなのかカエルなのかカメレオンなのか分からないけど)


 人工とはいえ、夜闇の色を目にするのは久しぶりのことで、オリはしばらく暗がりが染み込んだような自分の肌を眺めていた。


「オリ様、どうしたんですか?」

「いや、なんていうか、こうも暗いのは久しぶりだなーって思って……。ミオはどう? 変な感じ?」

「うーん、別に見えるから大丈夫です、わん!」


 どうやら夜目が効くらしい。

 見たところ人間と同じような丸っこい瞳孔だというのに、便利なものだ。


 ちなみにグロッキーなリューリンはそれどころではない。さっきから悪酔いに効果があるらしい草を顔におしあて、「スーハースーハー」と深呼吸を繰りかえしている。危ないお薬を想起させのでやめてほしい。


「それにしても、今日はたくさんおいしいものが食べられましたね! 久しぶりに満腹です!」

「うん、お腹いっぱいでちょっと苦しいかも。――でも野菜ばっかりたったから、ミオはちょっと物足りなかったんじゃない?」

「えへ、ばれちゃいました?」

「うん……」


 長机にずらりと並んだ、穀物や野菜を中心にした料理。無礼講をうたった遠慮無用の馬鹿騒ぎ。それから、どこからか次々と運び込まれてくる酒、酒、酒――。

 見知った者同士が集まり、笑い、楽しむ様子は、混ぜてもらった身だがそれでも十分心地よかった。

 遠く耳を澄ませれば、どこかでまだ賑やかすような拍子や、温かな笑い声が聞こえるような気がする。


「……ここはいいところだね」

「そうですね。とてもすてきな村だとおもいます。あっ、でも、私がいた村も負けていませんよ!」

「そういえばミオは、さっきも言ってたね」


 気にしなかったわけではないが、すっかり聞きそびれていた。


「ミオの村は、どんなところなの?」

「うーんと……」

「規模とか、歴史とか、……観光名所とか?」


 そうですねぇ。ミオはしばらく考えをまとめるため時間を取ってから、村について語り始めた。


「村の大きさは、多分ここよりも少し小さいくらいです。村というより、お家を集めたところって感じですね。木や葉っぱで造ったお家がいくつかあります。これほど立派なものじゃないですけど……居心地はいいんですよ。村に住んでいるのはみんな私と同じ部族です。シュリンカ族っていいます」

「そういえばミオの名前は……ミオ・シュリンカだったっけ」

「はい。女の人はシュがつくんです。男の人だったらマがついて、マリンカになります」

「へえ、しっかりしてる」


 独自の言語体系も持っているらしい。初めての発見にオリは心から感嘆の声をあげたが、ミオは首を傾げた。何がそこまで彼女の気を惹いたのか、よく分からなかったからである。


「歴史は、うーん、よく分かりません。ただ、ワンフルル・ワンダレン・マリンカ様という、非常に強い英雄様が昔いらっしゃったそうです。私はその人の再来と、巷でちょっとした噂だったんですよ、わん!」

「そういや言ってたね、そんなこと。ということは、ミオは村の中ではかなり強かったんだ」

「えっへん。……とはいっても同じ部族ですから、そこまで大きな差があるわけでもなかったんですけどね……」


 すいっと目を逸らして、ミオは言い訳するようにぼそっと呟いた。オリは、まあそうだよなと頷いておいた。


「あと、観光名所……観光……? ……えーっと、名所ではないですけど、村の真ん中には少し大きな建物があります。何かあるとそこに全部の家族が集まって、騒いだり、話しあったりします」

「すごく便利な場所だね。じゃあ、会議があったらミオの家族もそこに行くんだ」

「はい。あ、私はそのすぐ近くの家で、家族と一緒に暮らしていました。お父さん、お母さん、それからお姉さんです。」

「おお、お姉ちゃんいたんだ。ミオに似てる?」

「はい、よく言われます。ただナオお姉ちゃんはしっかりしてるんですけど、とっても心配性なんです。いつも何か気にしてて、私が出てくって行ったときなんか……」


 ミオはしばらくの間、楽しげに喋りつづけた。


 心配性な姉のことからはじまり、家族のこと、強面なのに実は親切な近所のおじさんや、揃って踊りが大好きな夫婦。村でも特別元気なミオと、彼女を親分と慕う近所の子どもたち……。


 相槌を打ち、ときどき会話の軌道修正をしたり話をまとめたりしながら、オリは楽しくそれを聞いた。

 そしてミオが一通り話し終えたところで、はぁ、と胸打たれる大作映画を観た後のように溜息をついた。


「素敵なところなんだね」

「はい! シュリンカ族はとても数が少なくて、でも、みんなとーっても仲がいいんですよ! わん!」

「……なのにどうしてミオは、あんな最上層にまで出てきたの?」


 そんな素敵なところを離れて、わざわざ何もない場所まで。

 聞けば、ミオはうーん、と自分のことだというのに首を傾げた。


「そう言われると難しいです。でも……本当に、たいした理由ではないんです。ただ外を見たかったというか……私は自分が住んでいた所から、出たことがなかったんです。ずーっとずっと――。だから、ちょっと旅に出てみたかったというか。それで、下に行くと恐ろしい魔物がいそうだから、上に進んでいったんです。でも、まあ、あんな虎が構えているなんて思いませんでしたが……」

「災難だったね」

「でも、そのおかげでオリ様に会えました」


 オリはびっくりしてミオを見た。

 羨ましいくらい素敵な住処があるというのに、そこまで自分が想われているとは思ってもみなかったからである。


 ミオは優しげな瞳でオリを見つめていた。


「……なんで、そこまで思ってくれるの?」

「えっ。うーん……。分かりませんよぉ、そんなの。あ、でも、はじめてオリ様を見たとき、なんだかとても懐かしいような、貴重なものを見つけたような、そんな気がしたんです」


 あの恐怖に駆られて爆走していた時か。

 確かに物凄く珍妙なヤツだったかもしれないが、懐かしいとは。


「おまけに颯爽と私を助けてくれて――まあ偶然だったかもしれませんが、それでもとっても嬉しかったんです。それに優しくて、強くて、賢くて……だから私、オリ様に会えてとってもとっても嬉しいんです、わん!」

「ありがとう……?」


 誰のことだろう。オリという名の別人だろうか?

 ……とりあえず、ミオは第一印象から突っ走りだとオリは思った。

 明らかに曖昧な疑問形だったが、ミオは満足げに頷いた。それから、大きな欠伸を一つ。眠たくなってしまったらしい。オリもそうだ。このままなら、本当に久しぶりのことだが、気持ちよく眠れる気がする。


「おやすみなさい、オリ様。明日もがんばりましょう」

「……おやすみ、ミオ」


 しばらくすると、ミオの寝息が聞こえてきた。相変わらず寝つきがいい。


 オリはいつの間に眠っていた妖精に、布団代わりの花びらをかけてやると、そのままもそもそと毛布にくるまって眠りについた。

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