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勇者の魔王討伐後のセカンドライフ日記 ~おお、勇者よ、だらけてしまうとは何事か~  作者: 通りすがりの冒険者


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《第二十三章 夫婦戦線異常あり》③

 

 「リーナちゃんまたねー」

 「今夜も楽しかったよー」


 街の酒場にて店主リーナは馴染みの客に手を振って見送ると、ふ、と溜息をひとつ。店はもう閉店時間だ。

 ちらりとカウンターのほうに目をやると、だらしなく腹の突き出た男が突っ伏している。言うまでもなく勇者だ。


 「ねぇ、あなたももう帰ったら? もう看板よ」


 だが、返事がなければ顔を上げもしない。こういう時は決まって夫婦ゲンカだ。しかも今回は深刻なほうだ。


 「大丈夫よ。今回もちゃんと誠意を持って謝ればすぐ元通りよ」

 「無理だって。もう終わりだよ……離婚だよ」


 ふるふると頭を振りながら勇者が言う。

 ふぅ、とリーナがまた溜息をつく。


 「なにがあったのか話してくれる?」


 涙目で顔をくしゃくしゃにした勇者から、リーナはうん、うんと相づちを打ちながら聞く。

 話を聞き終えたリーナは細い指を顎にあてて考える。


 「うーん……話を聞く限りでは、いつもと変わらないケンカのように思えるけど……」

 「俺もわかんないんだよ……確かに、ああいうお店で遊んだのは悪かったとは思ってるけど、でもバレる前からあいつの様子おかしかったんだよ……」


 勇者はまたカウンターに突っ伏す。


 「ねぇ、他になにか変わったことはない? 例えばいつもと違っていたこととか」

 「そんなの」


 ない、と言おうとしたとき勇者の頭に今朝の状況が思い起こされる。

 がばっとカウンターから顔を上げる。


 「そういえば今日の朝食、やけに豪華だった……」

 「詳しく話してくれる?」


 勇者がかいつまんで話す。


 「確かに、朝食にしてはかなり手が込んでるわね……というより、夕食に出されるはずだったと言うべきかしら」


 リーナが勇者のほうへ体を傾けると、カウンターの上に豊満な胸が乗るかたちになる。


 「ゆうべ、なにかお祝いごとってなかった?」

 「お祝いごとって……」豊満な胸を目の前にしてごくりと唾を飲む。

 「なにかあるはずよ。例えばお誕生日とか……」


 誕生日。そう聞いた勇者が「あ」と声を上げる。


 「昨日はあいつの誕生日……!」


 やっぱり、とリーナが納得する。


 「お誕生日忘れたうえに遅く帰ってきて、しかもお店で遊んでたことがバレたら、さすがに怒るわね」


 勇者がしゅんとなる。


 「大丈夫よ。お誕生日祝いは別に当日じゃなくてもいいし、盛大に祝ってあげるのよ」

 「で、でも」


 リーナがちっちっと指を振る。


 「ただ単純に誕生日を祝うだけじゃダメ。こっそりと祝ってあげるの。いわゆるサプライズよ」

 「サプライズ……」

 「お友達に手伝ってもらったらどうかしら? もちろん私も手伝うわよ。お酒とかも用意するし」


 ね? とリーナがにこりと微笑む。


 「ありがとう……リーナさん」

 「さ、今夜はもうお終いだから。家に帰ってね」




 「それでウチらが呼ばれたちゅーわけやね?」


 勇者一行のひとり、ライラの目前では勇者が一行の前で土下座する。


 「ってアホか! なんでウチらがあんたの尻をぬぐうようなマネせぇへんとあかんのや!? せっかくの休みやのに……」


 啖呵を切る私服姿のライラをセシルがまあまあと宥める。


 「虫の良い話だっていうのは承知している。でも今回はマジでヤバいんだ。頼む、このとおり!」


 勇者がおでこをこすりつけんばかりに頭を地面に伏せる。

 そこにはかつて魔王を討伐し、世界に平和をもたらした英雄の威厳は微塵も感じられなかった。


 「瞬間移動呪文で俺ぁの前に現れたからなにかと思えば痴話ゲンカの仲裁とはのぅ」


 これにはさすがのドワーフのアントンも呆れ顔だ。


 「俺もアンさんと同意見だぜ」と武闘家のタオ。


 ライラは依然として勇者に罵詈雑言を浴びせている。


 「そんなんやから、あんたは甲斐性無しなんよ! シンシアちゃんがかわいそうとは思わへんの!?」

 「頼む、人助けだと思って……」

 「ウチはお断りや。そんな一文にもならへんことしてもしゃーないし」

 「ライラ」勇者が立ち上がって魔女の肩に手を添える。

 

 「な、なんや?」

 「誰かを助けるのに、理由がいるのか?」と真顔の勇者。


 「いまこの状況でそんなセリフ言われてもこれっぽっちも響いてこんのやけど!?」


 セシルが険悪な空気にあたふたする。

 そんな空気を一変させたのはアントンの妻、エルフのレヴィだ。


 「(わたくし)、お手伝いします! 勇者様が困っているのをほうってはおけません」

 「ちょ、レヴィはん!?」

 「レヴィは優しいのぅ。こうなったら俺ぁも乗っかるとするかの!」

 「アントンまで!?」

 「わ、私もお手伝いさせてください! 神官として困っている方を見捨てるわけにはいきませんし……」

 「セシルちゃん!?」

 「タオ、お前は料理が得意だったな?」と勇者がタオの手を握る。

 「あ、ああ」

 「頼む、お前の力が必要なんだ。お前の自慢料理でシンシアを幸せにしてやってくれ」


 そう言われると悪い気はしない。タオは照れ隠しに鼻の下を擦る。


 「久しぶりに腕を振るうか! 美味すぎて気絶しても知らねえぞ?」

 「ありがてぇ!」

 「あんたもなにほだされとんの!?」


 勇者含め一同がライラのほうを見る。

 いつの間にか形勢は逆転していた。


 「ライラ、お前も手伝ってくれるな?」にこりと勇者が微笑む。


 「~~ッッ! 今回だけやで!」


 やっと一同が同じ目的でひとつになったところで、セシルが勇者に尋ねる。


 「そ、それで勇者様。なにか考えはあるのでしょうか?」

 「大丈夫だ。俺に、任せとけ」と勇者が円陣を組むように言う。


 「いいか! この作戦はみんなひとりひとりの力にかかっている。絶対に成功させるぞ!」


 「おぅ!!」とみなが応えるなか、気乗りのしないライラは「お~……」と気の抜けた掛け声。


 勇者とシンシアの仲直り作戦、今より開始!





その④に続く。

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