《第二十二章 令嬢姉妹の憂鬱》①
グラン地方。辺境の村にて魔王討伐の英雄である勇者が妻シンシアに「ごろごろするなら街へお使い行ってきて!」と玄関から蹴飛ばされる一方、グラン城下町のなかでは一際豪奢な屋敷の部屋にてふぅ、と溜息をつくものがあった。
「お姉様、どうしましたか? 浮かない顔をして」妹の、紅茶のカップを口に運ぶ手が止まる。
「うん……なにかね、こう、退屈なのよね……」
再び溜息をつく。
また始まった……。
姉はいつもこうなのだ。感情の浮き沈みが激しく、それでいて刺激を求め、退屈なことを嫌う。
「ああー! なにかこう、新鮮で、刺激的で、素敵なもの、ないかしら?」
姉、ショコラはわがままな幼女のように足をぱたぱたさせる。
「お姉様、もう良い年なんですから……」
妹、ミカが優しくたしなめる。
「そうですわ。久しぶりに街に出ません? たまには外に出るのも良いですわよ」と姉に提案してみる。
「街かぁ……めんどくさいわねぇ」
「爺や、馬車の用意を」
ミカが予想していたように年配の執事に命令する。
「さ、出かけましょう。今日はお天気が良いですわよ」
ミカが姉の手を取って立たせる。
城下町の名士、ガトー家の令嬢姉妹はふたり揃って玄関から出る。
屋敷から馬車ががらがらと音を立てて発車する。その後ろを護衛の兵士二名が後を追う。街までは15分ほど走らせればすぐだ。
馬車内ではガトー姉妹のふたりの他に、執事の爺やが影のようにひっそりと座っている。
「街なんか行ったってなんにもありゃしないわよ」
窓枠に肘を突いて頬杖するショコラが独りごちる。
「お姉様、そう言わずに……市井の暮らしを見るのも社会勉強ですわ」
ミカがフォローするように言うが、「勉強なんて大っ嫌い!」と返されては身も蓋もない。
程なくして馬車は街に入り、窓の外を人々が行き交う。
通行人の何人かは姉妹の美貌に思わず足を止め、「美人だな」とひそひそ声で話し、子どもは物珍しそうに馬車を見ている。
姉、ショコラはうるさい蠅を追い払うかのようにしっしっと手を振る。
「これだから下賤の者は……」
「お姉様、それはあまりにも言い過ぎですわ」
ショコラは妹の諫言を「あーうるさい!」と遮る。そして伸びをひとつ。
「あーあ、こんなことなら家で本でも読んでたほうがマシだったわ」
ふと、窓を見るとひとりの男が歩くのが目に入った。その男は腹が突き出ており、買い物袋を手にして歩いていた。
どうやら買い物帰りらしい。
「ねぇ、ミカ。見て、あの男ぽっちゃりしてて可愛いと思わない?」
「あら、本当ですわね」
二人のやり取りに、執事が「ほっほっほ」と笑い出したので姉妹は彼のほうを見る。
「これはこれは。魔王を討伐したかの英雄、勇者様を可愛いとは」
老執事の言葉に姉妹は互いを見やり、再び太った男、勇者を姉妹揃って見やる。
「あの方が、伝説の英雄、勇者様……?」
なんて、なんて刺激的……!
あぁ、とショコラの口から溜息が漏れる。そしてはち切れんばかりの豊満な胸に手を当てる。
欲しい……!!
「馬車を止めて!」
姉の言葉で御者が手綱を引っ張って止める。
執事が扉を開けるよりも早く、自ら開けて降りると、ドレスの裾を上げながら勇者を呼ぶ。
「お待ちを、お待ちになってください……! 勇者様!」
周りがざわめくなか、妻シンシアへの愚痴をぶつぶつ零していた勇者が「ん?」と首をくるりと向ける。
目の前にはぁはぁと息を弾ませたショコラが胸に手を当てて、深呼吸する。
遅れてやってきた老執事が日傘を差し、妹ミカが姉のそばに立つ。
「あなたが、伝説の勇者様ですのね……?」
「え、まぁいちおう……」
「ああ……!」
ショコラが胸に当てていた手をぎゅっと握りしめる。
きゅっと唇を引き締めて、意を決したように口を開く。
「私のものになってください」
「……は?」
唐突に言われて状況が飲み込めない勇者をショコラは腕を引っ張って強引に馬車に乗せるとその拍子に買い物袋が落ちた。
後に残るのは走り去る馬車を見送る野次馬と落とした買い物袋と、そこから転がり出たリンゴである。
そして、街の冒険斡旋所の受付嬢、エリカは一部始終を目撃しており、馬車の扉に描かれた紋章からガトー家の令嬢姉妹だと気付く。
エリカは勇者の妻シンシアにこのことを告げるべく村へと踵を返した。
②に続く。




