《聖伝の章④ PORTTOWN SIDESTORY①》
「んー~っ!」
ライラは船旅とクラーケンとの死闘で強ばった体をほぐすように伸びをする。
こきっと鳴らした首をセシルのほうへ向ける。
「さて、汗臭い男どもがいなくなったことやし、お風呂一緒に入ろっか」
港町ポルトンにて勇者一行が宿泊している部屋は街の中では最上級の宿屋で、部屋も最高級だ。
故に風呂場もふたりで入るには無駄に広い大理石のバスタブへと浸かる。
バスタブは泡で溢れている。ライラが入浴剤を「せっかくやからパーッと使わんと!」と大量に入れたのだ。
「んん~っ! 疲れが取れるわぁ……船じゃ体を拭くぐらいしか出来ひんかったしね」
「こんなにゆっくり出来たの、久しぶりです……」
セシルが船から降りて初めて安堵した顔を見せる。
「見てみ! セシルちゃん! ここから港が一望出来るで!」
ライラが身を乗り出して風呂場の窓、――オーシャンビューから裸身を露わにして眺める。視線の先には勇者一行が乗り込んだ海賊船も見える。どうやら修復作業中のようだ。
「ラ、ライラさん! 誰かに見られたらどうするんですか……!?」
制止しようとするセシルをライラが「平気や。ここじゃ遠くからは見えへんよ」と事もなげに言う。
やがて景色に飽きるとざぶんと湯船に戻る。
ふぅ~っとひと息つく。
「そういや、セシルちゃんはこれからどうするん?」
「はい。寺院に行って、司祭様に錫杖と、もしあれば神官衣を譲ってくださるようお願いしに行きます」
「新しい武器と服かぁ……ウチも新調しようかな?」
ライラが泡を手ですくって、ふっと吹きかけて飛ばす。
ふわふわとあてもなく彷徨う泡はやがて湯船へと消えた。
「ねぇ、セシルちゃん。ひとつ聞いてええ?」
「はい、なんでしょう?」
「その、セシルちゃんは好きな人っておるん?」
「……ふぇっ!?」予想外の質問に面食らう。
「ここには男はいないし、女ふたりだけやし、別に教えてくれてもええやん?」
そういう理屈はどうかと思いますが……。
そう不満を口にせずにセシルは顔を背ける。逃げの一手だ。
「そ、それはプライバシーに関わりますので……」
そう言うセシルの脳裏には勇者の顔が浮かんだ。
「ええや~ん。仲間のよしみっちゅーことで」
なおも食い下がるライラにセシルは「お答えできません」の一点張り。
「そもそもそのようなことを聞いてどう」
するんですか? と言おうとしたが、目の前にいたライラが消えていた。それこそ泡のように。
「ライラさん?」
ライラがいたところを探るが、手応えはない。
突然、セシルの後ろの泡がぶくぶく動いたかと思うと、ざばっと海坊主よろしくライラが現れ、セシルを後ろから抱きしめる。
「わいはっ!?」と思わず方言で驚く。
「セシルちゃん、セシルちゃんは神官やろ? なら、ウソはつかずに教ぇてぇな」
うりうりと胸の膨らみを神官の背中に押しつける。
「く、くすぐったい……です! わ、私は神官として人々を分け隔てなく愛してますから……!」
「その答えはずるいでー」魔女がなおも神官をからかう。
「じゃ、じゃあライラさんはいるんですか? すきな人……」
セシルが首をライラのほうへ巡らす。
「へ!? あー……ウチはその」
予想外の反撃にライラがたじろぐ。そんなライラの脳裏にも勇者の顔が浮かぶ。
「あ、もしかしてタオさんとか?」
セシルが武闘家の名前をあげる。
「は!? いやいやいや! あんな脳筋とウチが付き合うなんてありえへんし!」
だが、魔王討伐後、ライラが勇者と間違えて夜這いをかけ、そのままタオと結婚することを彼女はこの時知る由もない。
「と、とにかく、武器屋に行かんといかんし、ほなはよう上がったほうがええで!」
「あ、ちょっと待ってください!」
強引に話を終わらせたライラが湯船からあがったので、セシルも慌てて後を追う。
次回へ続く。




