《外伝 BRAVE》中編
空からしんしんと雪が舞うなか、亜麻色の髪の少女がくるくるとまわりながら笑う。
「みて! ママ! こんなに雪がつもってるの!」
少女が暮らす村の、家の前の白い雪の上ではしゃぐ。
「そんなにはしゃいだら滑るわよ」ショールを肩にかけた母親が玄関の扉から注意する。
「わかってる! 友だちと遊びに行ってくるね!」
村の広場にて少女を待つ人が三人。やがて少女の姿が目に入るとひとりが手を振る。
「シンシアちゃん、あっちあっち!」
「あっちあっちじゃなくてこっちこっちでしょ」
黒髪の少女、ネルが金髪で短髪の少女ニナの頭をぺしっと叩く。
「ごめんね、待った?」
シンシアが手を合わせて謝る。
「私たちも今来たところだから大丈夫ですよ」
三人の中では常識人の赤毛で三つ編みのアンが「気にしないで」と安心させる。
「それでどうするの? ここじゃあんま雪つもってないよ?」とニナが広場を見渡して言う。
「街道のほう行こ! あそこならいっぱいつもってると思うし、雪合戦しよ!」
「でも街道は危ないから行っちゃいけないってママが……」
「だいじょーぶ! いざとなったらあたしが守ってあげるから!」
アンの不安をシンシアがまっかせなさいと打ち消すように薄い胸をどんと叩く。
街道、それは村から街へと繋がる一本道。その道はいまや雪で白く埋めつくされていた。
「わああ……!」
一面に雪化粧が施された道を幼き少女たちが目を輝かせる。
「すごいすごーい!」
真っ先に飛び出したのはニナだ。服が濡れるのもいとわずにばふっと飛び込む。
「まったく、ニナは後先考えないんだから……ぶっ!?」
呆れるネルの顔に雪玉がぶつけられる。ニナの仕業だ。
ぽとぽとと顔から雪玉が落ちるネルの顔を見てニナがけらけらと笑う。
「ニナぁ……っ!」
やったわね! とネルが雪を丸めてニナめがけて投げる。
きゃいきゃいするふたりのやり取りをシンシアとアンがあははと笑う。
「あたしたちもやろっか!」
シンシアが雪玉を拵えようとしたのでアンが慌てて逃げ出す。
「まてまてー!」
シンシアが雪玉を持ちながらアンを追いかける。だが、シンシアがつまずいたので顔から地面に転ぶ。
「いったぁ……い」
「大丈夫?」アンと雪合戦を中断したニナとネルが駆け寄る。
「うん、だいじょうぶ。なにかにつまずいて……」
シンシアが顔や髪にかかった雪を払い落とす。と、つまずいたところを見るとそこだけ雪が一際盛り上がってる。
なにかしら? とシンシアが好奇心で盛り上がった雪を手で掻き分ける。
手袋だとやりづらいので素手で掻き分けると次第に埋まっていたものが露わになる。
ひっ……!
悲鳴をあげたのは三人のうち誰だったか、そこから現れたのは男、黒い髪をした少年の横顔だった。
シンシアは手を止めて呆然としていたが、すぐに少年に声をかける。
「あなた、だいじょうぶ?」
だが、呼びかけても反応はない。ならば、と頬を叩いてみる。
するとわずかにだが少年の閉じられた目蓋がぴくりと動く。
そのわずかな生命の反応にシンシアは安堵し、くるりと三人の女友達に顔を向ける。
「まだ生きてる! 村のみんなを呼んで!」
「これでよし……と。まずはひと安心じゃな。発見されるのがもう少し遅かったら手遅れじゃった」
村ではたったひとつの診療所で村医者はそう言うと手を桶で洗う。
その傍らには少年がベッドで寝かされていた。
三人の女友達によって集まった村人たちによって診療所に運ばれた黒髪の少年は九死に一生を得たのだ。
「お手柄じゃったな。でかした!」
くしゃくしゃとシンシアの頭を撫でる。褒められたシンシアは頬に朱が差している。
「せんせい、あの子はだいじょうぶ?」
村医者はうん、と頷く。
「もう大丈夫じゃ。あとはゆっくり寝ていればええ」
「そっか……よかった。ね、せんせい、この子のそばにいていい?」
「それが一番ええ。病人に大事なのは安心させることじゃ」
とと、と少女がベッドへ歩いて傍らの椅子にちょこんと腰かけると、包帯が巻かれた少年の手を握る。
村医者はその光景を微笑ましそうに見守る。と、診療所の扉をノックするものがあった。
どうぞ、と村医者が許可すると扉から出て来たのは小太りの男だ。
「どうした? ハンスさん」
肉屋のハンスは診療所に村医者のほかに、少年少女のふたりを認めると気まずそうにする。
「先生、ちょっと……」村医者を呼んで耳許で囁く。
「あの子、たぶん隣の村の子じゃねぇかと思うんだ。で、気になって様子を見に行ったらよ、そりゃもうひどい有様だったぜ……あんなの人間がすることじゃねぇ……」
ハンスは祈りの言葉を唱えると胸の前で十字を切った。
村医者はなんと……と顎髭をしごく。
「それで生存者は他にはいなかったのか?」
その返答にハンスはぶんぶんと猪首を振る。
「生き残ってるのは、あの子だけだよ……かぁいそうに」
村医者はベッドの少年を見る。容体は安定しているようだ。
だが、彼が目を覚まし、事実を知ればその衝撃は計り知れないだろう。
「それと気になったことがあるんだが」
ハンスが口を開いたので村医者がなんじゃ? と聞く。
「どうも魔物の数が増えてきてるような気がするんだ。やっぱあの子と関係あるのかね?」
村医者はうむ……と唸る。魔物の動きが活発になる心当たりと言えば、魔王が目覚める時……。
そこまで考えて村医者は馬鹿馬鹿しいと首を振った。
「ハンスさん、頼みがあるんじゃが……」
「おう先生、なんでも言ってくれ」
「明日の朝、冒険斡旋所に行ってこのことを伝えてくれ。そうすれば王様が討伐隊を組んでくれるじゃろう」
「わかった」
「それともうひとつ、魔物や隣の村のことは内密にな。村長にはわしから話しておく。いいな、くれぐれも他言無用じゃぞ」
そう念を押されたハンスはこくこくと首を振る。
そしてその小太りの体を回れ右して扉から出た。
さて、どうしたものか……。
少年が回復したら、ずっとここに置いていくわけにはいかない。
おまけに彼の住んでいた村はもう無くなっている。かといって無下に追い出すわけにもいくまい。
村医者がううむと唸るとふたたび扉からノックの音が聞こえた。
村医者がどうぞと言うよりも扉が開くのが早かった。
「シンシア!」
「あ、ママ」
母親がシンシアのもとへ駆け寄ると娘の体にケガがないかを確かめる。
「大丈夫? どこもケガはない?」
「ううん、ママ。ケガしてるのはこの子だよ」とベッドの少年を指さす。
「まぁ、可哀想に……」母親が口を手で覆う。
その時、少年の口がわずかに開き、そこから言葉あるいは声が漏れたので三人の目が少年に注がれる。
こ、こは……?
「気がついたのね? よかった!」
シンシアが少年の顔を覗き込む。少年が何か言いたそうに口を動かすが、舌がくっついてしまったかのようにうまく話せない。
「あなた、街道にたおれてて、村のみんなが助けてくれたの! もう大丈夫よ!」
「この子が君を見つけ出さなかったら死んでたところじゃ。この子に礼を言うんじゃな」
村医者がシンシアの頭をぽんぽんと叩く。少年がじっとシンシアの顔を見たので少女は恥ずかしさに顔を赤らめる。
「あ、り、がと……」
もつれながらも礼を言う少年の腹がくぅっと鳴ったので診療所は笑いに包まれた。
「その様子じゃ何も食べてないんじゃろ? シチューがまだ残ってるはずじゃから少し待っとれ」
しばらくして温め直したシチューが少年のもとに運ばれる。
ごろごろ芋がたっぷり入ったシチュー皿にスプーンを入れてすくってふぅふぅしながら飲む。
「うまい……」
次々とシチューを口に運ぶ。だが、ごろごろ芋を口にした途端、少年の目から大粒の涙が溢れる。
「かあちゃん……」
そのシチューは奇しくも少年が夕食で食べるはずだった、彼の好物のごろごろ芋ときのこのシチューだったからだ。
ぽとりと涙が落ちる。
「ね、泣かないで……もうだいじょうぶだから……」
それで泣くのが止まるならどんなにいいか。だが、家族や友人たち、帰る家を失ってしまった今の少年の涙を止める術はない。
シンシアにもじわりともらい涙が頬を伝う。
「なかないで……あたしが、あなたのおよめさんになってあげるから……」
これが後に少年の妻となる運命の出会いであった。
後編に続く。




