《第二十一章 勇者修行志願!》その①
よく晴れたある日、魔王を討伐し英雄、勇者が暮らす村の広場の中心に設置された勇者の銅像を下から見上げるひとりの少年がいた。
剣を天に向けて屹立する勇者の英姿を少年はじっと見、やがて意を決したように背嚢をしっかと背負い、歩き始める。
背嚢にはおもちゃの木剣の柄がのぞいている。
一方、勇者と妻のシンシアが暮らす家では勇者がシンシアから裸締めを喰らっている最中であった。
「あんたはいつもいつもごろごろばっかして! ちょっとはあたしの身になって考えてよね!」
シンシアが力を込めると勇者の口から情けない声が漏れる。
その時だ。玄関の扉からノックの音がしたのは。
「はい、どなた?」
シンシアが扉を開けると、そこには黒髪のまだ年端もいかない少年が立っていた。
村では見かけない少年だ。越してきた子かしら? とシンシアが疑問に思うと少年が口を開いた。
「あ、あの、ここって勇者様の家ですよね? 勇者様はいますか?」
「そうだけど……どうしたの?」
少年は緊張しているのか口をきゅっと結ぶが、意を決したように口を開く。
「ぼく、勇者様みたいになりたいんです!」
当の勇者は床で泡を吹きながら気絶している。
「はい、ミルクで大丈夫?」
居間の食卓にてシンシアが少年の前にカップを置き、少年がありがとうございますと礼を言う。
シンシアが勇者の隣に腰かけると、「それで、俺に会いたいって?」と勇者が目の前の少年に問う。
「は、はい。ぼく、マルチェロっていいます。マルチェロ・コルテスです。グラン城下町から来ました」
緊張しながらも少年は自己紹介する。
「ちょっと待って。コルテスってあのコルテス家?」
驚くシンシアに勇者が「なんだそりゃ?」と聞く。
「知らないの!? コルテス家と言えば世界で五本の指に入るくらいの商家で大富豪よ!」
「そうなのか!?」
「は、はい。ぼくがそのコルテス家の長男です」
「でも、なんでまた勇者になりたいと思ったんだ?」
疑問に思った勇者が尋ねる。
「は、はい。ぼく、騎士になりたいんです。でも父は家業を継げ、一人前の商人になれ、と言われて……でもぼく、使用人から勇者様の英雄伝を聞いて強い勇者様に憧れたんです。
そこで勇者様に強い男になれる方法を教えてもらおうと家を出て来ました」
そこまで言うとマルチェロはがばっと頭を下げる。
「お願いします! ぼくに勇者様のような強くて勇敢な男の心得を教えてください! 掃除も洗濯でもなんでもします!」
勇者とシンシアは顔を見合わせる。
「教えてほしいと言っても……」
「そうよ、こいつぐうたらだし、腹だってこんなに出てるのよ?」
シンシアが勇者の突き出た腹をぎゅっと引っ張ってマルチェロに見せつけるようにする。勇者からひぃいと悲鳴が漏れる。
「でもぼく強い男になりたいんです! お金もお支払いします! お小遣い全部持ってきました!」
「そう言われても……」と困惑顔のシンシアの前にどんと金貨の詰まった袋が出される。
一月は遊んで暮らせるほどの金だ。
予想以上の金額にシンシアの頭が真っ白になる。 だが、すぐに気を取り直す。
「ありがとう。気持ちは嬉しいけどさっきも言った通り、こいつはただのぐうたら亭主で、もう勇者じゃないの。だから学ぶものはないと思うし、そんなお金払う価値はないのよ?」
「それでもお願いします! 勇者様と一緒に生活して、心得を学ぶだけでいいんです!」
マルチェロの並々ならぬ熱意に、シンシアがやれやれと肩をすくめる。
「わかったわ。そこまで言うのなら気の済むまでここにいるといいわ。お金は受け取れないけど、家事のお手伝いをするということでどうかしら?」
マルチェロの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
かくてマルチェロの勇者修行はこうして始まった。
その②に続く。




