《聖伝の章② 港町にて》
外伝ANTONから続く冒険の回想録です。
すべての仲間が揃った勇者一行が港町の宿屋に泊まる話です。
「それじゃ新しく加わった仲間に、乾杯!」
「かんぱーい!」
港町の酒場兼宿屋にて勇者が音頭を取る。最後の仲間、ドワーフのアントンが加わったのだ。
「あんがとよ。これからもよろしくな」
アントンが麦酒をぐいっと呷る。食卓には港町らしく魚料理が並んでいる。
「仲間が増えたぶん賑やかになったな」
タオがイワシの塩焼きを頬張りながら言う。
「あのぅ、船はどうしましょうか?」
セシルがおずおずと尋ねる。
港町からはるか遠くの大陸へ向かうのだが、そのためには船が必須であり、勇者一行は乗せてもらえる船を探していたのだが、いずれも断られた。と言うのも……
「あほクラーケンのせいで足止め喰らうなんて、ツイとらんわ。ほんでどうするつもりなん?」
ライラが葡萄酒を傾ける。
「そのことなんだが、乗せてくれそうな船を見つけたんだ」
勇者の言葉に一行がおおっと歓声をあげる。
「その船ちゅうのはどんな船なんだ? クラーケンはでっけえ海の怪物だからのぅ、それなりに装備の整った船でねぇとすぐに沈んじまうぞ」
アントンの不安要素に勇者が大丈夫だと答える。
「船は船でも海賊船だ。だから大砲もある」
海賊!? 一行がざわめく。
「ちょっ!? 本気なん!?」
「だ、大丈夫なのですか?」
「海賊船か。盲点だったな」
「海賊か! こりゃいい!」とアントンが愉快気にがははと笑う。
「明日の朝、乗せてもらうように交渉するつもりだ。だから今夜は飲んで食って、明日に備えて休もう」
勇者の提案にライラがちょい待ち、と手を上げる。
「船の件はええとして、今夜の宿はどうするん? 人数が増えて部屋も取りづらくなってもうとるし……実際、宿屋のおっちゃんからは二部屋しかないし、しかもベッドが一部屋にふたつずつしかあらへんと来とるんよ」
ライラの言葉に一行が頷く。
「となると、誰かひとりが床でごろ寝になるな。野宿とかで慣れているが、たまには柔らかいベッドで休みたいもんだぜ」とタオ。
「あ、あの私は別に床で寝ても構いませんが……」
セシルが言うやいなや、隣からライラが抱きつく。
「あかんあかん。お肌に悪いで? それに部屋はふたつしかあらへんし、ここは男と女で分けるべきや。セシルちゃんはウチと一緒に寝るさかい、ここは男同士で決めてぇな」
「どうかの? ここはクジ引きで決めるのは」
アントンが提案する。それに勇者やタオが同意する。
「だな。恨みっこ無しだぜ」
タオが勇者を見る。
「おう。外れても文句はなしだ」
「決まりだの!」
急ごしらえで作ったクジを男三人が同時に持ち、いっせーのせで同時に引く。
「ふかふかだのぅ! ローテン王国のベッドのほうが豪華だったが、贅沢は言えんのぅ」
ドワーフがベッドの上でがははと笑う。
「悪いな。今夜はゆっくり休ませてもらうぜ」
タオが床に寝そべる勇者に言う。
「気にすんな。恨みっこ無しのクジ引きで決めたことだしな」
「じゃ火を消すぜ」
タオがベッドテーブル上のランプを消すと部屋は星明かりのみの暗さになった。
ベッドで寝るふたりのいびきが聞こえるなか、勇者は固い床で何度も寝返りを打つ。ひんやりとした床の冷たさが身にしみる。
「さみぃ……」
寝返りを何度も打つが、硬い床では安眠など望むべくもない。
もっとも勇者が眠れないのは寝心地以外にもうひとつあるのだが……。
しかたなく勇者は起き上がると、音を立てないよう、部屋から出る。
外の空気を吸えば眠れるようになるのではと思ってのことだ。
階段を下りて、照明が消されたがらんとした酒場を抜けて扉から外へ出る。
海が近いからかひゅうっと夜風が勇者の体をぶるりと震わせる。
酒場兼宿屋から少し歩くと浜辺に出る。明かりと言えば夜空に瞬く星々と煌々と輝く満月、それと浜辺に打ち付けられた松明の火だ。
打ち寄せては返す波打ち際を勇者は歩く。海のほうを見ると、墨を流したかのように黒く、月の照り返しでわずかに光るだけだ。
かつてはこの時間でも、ここから遠くでも漁り火がいくつも見えたというが、海でも魔物がはびこる今となっては漁に出る人は少なくなったと聞く。
しばし歩いていると前方に人影を認めた。村の人かと思い、近づいて見ると暗闇に慣れた目で見えたのは神官のセシルだ。
じっと海の向こうを見据えたままだ。
「どうした? お前も眠れないのか?」
「わいはっ!?」
勇者に声をかけられるまで気がつかなかった若き神官は思わず方言で驚きの声を漏らす。
「ゆ、勇者様でしたか。びっくりしたじゃないですか」
勇者が悪い悪いと手を振る。
「それで、どうしたんだ? ここにいて」
「はい……明日、船に乗って向こうの大陸に行くんですよね……私、船に乗るの久しぶりなので、緊張して眠れなくて」
おまけに海賊船なんですよね……と付け加える。
「ん、そうか」
勇者も海の向こうを見つめる。暗い海の底にクラーケンやそのほかの怪物が泳ぎ回っていると思うと、思わず背筋が凍る。
それにずっと見つめているとだんだんと吸い込まれそうな錯覚すらも覚える。
「実は俺、船に乗るの初めてなんだよな……」
ぽつりと漏らした勇者の呟きにセシルが「え?」と首を巡らす。
「だから、ドキドキしてて眠れない」
勇者の意外な一面にセシルがぷっと笑う。それに勇者が「なんだよ」と少し顔をしかめる。
「勇者様もそういうことがあるんですね」
セシルがにこりと微笑む。その可愛らしい笑顔に勇者が照れくさそうに頬をかく。
「その、まぁあれだ。今、明日のことをあれこれ考えてもしょうがないってことだ。とにかく、今日はもう遅いから寝ようぜ」
「はいっ」
セシルが勇者と並んで宿屋へと戻る。海は相変わらず静かなままだ。
魔王討伐への旅はまだまだ続く……。
次回の冒険?に続く。
次回は騎士に憧れる少年が勇者に弟子入りする回です。
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