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勇者の魔王討伐後のセカンドライフ日記 ~おお、勇者よ、だらけてしまうとは何事か~  作者: 通りすがりの冒険者


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《第二十章 勇者VSニセ勇者》後編


 勇者と美男子のニセ勇者のふたりは冒険斡旋所(ギルド)の2階の窓の内側に立っていた。その後ろでは審査員の受付嬢エリカ、女店主リーナ、そして勇者の妻シンシアがいる。

 先攻は美男子勇者だ。窓枠に足をかけて呼吸を整えている姿も様になっている。

 2階と言えども窓から見下ろすと目眩がするような高さだ。おまけに地面が石畳なので打ち所が悪ければ最悪、死は免れないだろう。

 だが、美男子勇者は覚悟を決めると窓から飛び降りた。それこそ躊躇いも見せずに。

 女性陣から悲鳴が上がる。

 だが、美男子勇者は華麗な宙返りとともに見事な着地を見せた。

 観衆から喝采があがり、悲鳴は黄色い声に変わった。

 美男子勇者が額にかかった前髪を払ってウインクすると女性陣のひとりが失神する。


 「見事な着地でした! では採点をどうぞ!」


 審査員が手渡された点数の札を出す。五点満点で全員が5点の札だ。


 「次は勇者殿の番です!」


 勇者が「おう」と答えると窓枠に足をかける。

 下を見下ろすとやはり予想以上の高さに唾を飲む。

 たしかに冒険時はこれ以上に高いところから飛び降りたことはある。だが、それも引き締まった肉体と魔法があったればこその話だ。今の勇者はただの腹の突き出ただらしない男に過ぎない。

 ここから飛び降りようものなら五体満足ではいられないだろう。下手すれば両足骨折にもなりかねない。

 なかなか飛び降りようとしない勇者にシンシアが業を煮やす。


 「ねぇ、まだ飛び降りないの?」

 「いやもうちょっとしてから……タイミングってもんがな」

 「なんでもいいから早くしてよね」

 「わかってるって! いま飛び降りるからな! いいか! 押すなよ! 押す」

 「早くしなさいっての」


 勇者のたるんだ尻をシンシアが蹴飛ばす。


 「あ」


 窓の外に飛び出た勇者が足をばたばたさせると、そのまま落下する。


 「シンシアァァアアア!!」


 だが、たるんでもそこは勇者。地面に直撃する瞬間にくるりと宙返りして両足で着地してかろうじて持ち堪える。


 「ふん!」


 両足にびりびりと伝わる痛みを堪える。そしてすかさず美男子勇者がやったのと同じようにぎこちないながらもウインクしてみる。

 だが、黄色い声の代わりに悲鳴があがるだけだ。


 「では採点をどうぞ!」


 エリカとリーナが3点、シンシアが1点だ。

 シンシアの採点に勇者が文句を言う。


 「突き飛ばしておいてその点数はないだろ!!」

 「ごめんなさい。ウインクがちょっと生理的にダメだったから」

 「そこは採点するとこじゃねぇだろ! ていうか、それって妻として言う言葉じゃないよな!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ勇者をなんとか抑えて司会が次の課題に進める。


 「次の課題は『剣技』! 勇者たるもの、剣の腕前は一流でなければなりません! おふたりにはあの甲冑を斬ってもらいます!」


 魔王役の司会が指さす先には剣の稽古で練習台として使われる甲冑を着た木製の人形だ。


 「ここでも僕が行かせてもらおう」


 美男子勇者が剣を構えると、また女性陣から黄色い声だ。


 「はぁあああっ!」


 そう掛け声が聞こえたかと思った時にはすでに甲冑の兜が宙に飛んでいた。

 美男子勇者の剣が兜を支える棒を斬ったのだ。

 兜がころころと転がり、美男子勇者が剣を鞘に納めるとどっと歓声があがる。

 もちろんこれには審査員全員が満点の5点の札を掲げる。


 「けっ! 俺にだってこんなの!」


 新しい甲冑の準備が整うと勇者は剣を構える。


 「魔王を倒した必殺の一撃を見せてやる!」


 おおっと観衆からどよめきが起こる。


 「はぁあああっ!」


 勇者が奮い立たせるように声を上げると、跳躍する。だが、その高さはせいぜい子どもの腰くらいまでだ。

 それでも勇者は剣を兜めがけて振り下ろす。


 ギィン……ッ!


 鈍い音が響く。観衆の誰かがごくりと唾を飲む音がする。

 だが、兜は割れていなければ鎧も一刀両断されていない。

 そのかわりに勇者の手から剣がぽろりと落ちる。


 「手が痺れた……」とその場にうずくまる。


 当然だ。魔王を一刀両断したのは聖剣で、そこらへんにある剣ではない。

 おまけになまくらの剣では兜など割りようがない。もちろんこれには審査員が全員最低点の1点の札を掲げた。


 「さてさて、いよいよ最後の課題です! 課題は」


 最後の課題を発表しようという時、誰かが「おい、あれ火事じゃねぇのか!?」と指さす。

 見ればなるほど黒煙がもくもくとあがっている。

 そこへひとりの女性が駆け込んでくる。


 「だ、誰か……ッ! うちの子どもがまだ家にいるんです!」


 母親が家のほうを指さす。

 美男子勇者ふくめ勇者と観衆は煙の元、現場へと急ぐ。

 三階建ての家のところどころに火が回っており、炎がちろちろと舐めるように燃える様はまるで悪魔の舌のようだ。

 窓から火が出ているところを見ると中はかなり火の手が回っているのだろう。

 三階の窓から少年が泣きながら助けを求めている。三階にも火の手が回るのは時間の問題に見えた。


 「おいおい、ここまでやるのかよ」

 「バカ! ありゃ本物の火事だ!」

 「おい! 火消しはどこだ!」

 「とにかく水だ! だれかバケツ持ってこい!」

 「噴水の水を使おう!」

 「だめだ! もう間に合わない!」


 人々が右往左往するなか、観衆が期待を寄せる美男子勇者は狼狽えるだけだ。

 そのなか、ひとり燃え盛る家に飛び込む者がいた。


 勇者だ。


 「馬鹿な! 水も被らないで入ったら火だるまになるぞ!」とは観衆のひとり。


  だが、勇者が手を空へ伸ばしたかと思うと、その先から水が溢れ、勇者の体を濡らす。


 「そ、そうか。水の魔法か!」


 魔王役の司会がなるほどと頷く。勇者はたちまち火の中へと消えた。

 だが、火の勢いはますます激しくなるばかりだ。家に近付こうにも熱波が皮膚をひりひりと焦がす。

 それに家が倒壊する危険性もあった。


 「や、やはり誰か助けに行かないと……!」


 美男子勇者が前に進もうとするところをシンシアが止める。


 「大丈夫。うちの人、やる時はやる人だから」


 その顔は自信に溢れていた。

 と、家からがらがらと木材が崩れ落ちる音がする。


 「も、もうお終いだ! これじゃ水を被っても火だるまになっちまう!」


 観衆がもうこれまでかと絶望していたその時、炎に包まれる玄関から出る者があった。

 誰あろう勇者だ。腕に少年を抱えている。勇者の周りをつむじ風が包むように巻き起こっていた。

 風の魔法で炎を遮断したのである。最弱の呪文だが、効果は抜群だ。


 「怖くなかったか? 坊主」


 勇者が少年に呼びかける。


 「ううん! 勇者さまが助けてくれるって信じてたから、こわくなかった!」


 母親が息子の名を呼びながら駆けつけ、少年を抱きしめる。


 「ありがとうございます!」と何度も礼を言う。


 観衆から拍手と歓声が沸き起こる。

 もはや誰ひとりとして美男子勇者を見るものはいなかった。

 美男子勇者はふ、と溜息を漏らす。


 やっぱり、あなたはすごい人です……。


 美男子勇者が勇者のもとへ歩み寄ると、手を差し出す。


 「僕の完敗です。やはりあなたは真の勇者だ」

 「よせよ、照れるぜ」


 ふたりは固い握手を交わす。周囲から拍手と喝采が巻き起こる。


 「あ、そうだ。俺のマネしたいんならローテン王国行ってみたらどうだ? なんかそこで今度俺たちの活躍を描いた芝居やるみたいだから、もしかしたら使ってもらえるかもしれないぜ?」


 美男子勇者がにこりと笑う。


 「ではそうさせてもらいます」


 また観衆から拍手が沸き起こる。



 街から村へと延びる街道を勇者とシンシアが並んで帰路に就く。


 「いやー、今日はいろんなことあったな」

 「そうね」

 「で、どうよ? シンシア、あの美男子より俺のほうがカッコいいだろ?」


 勇者がどや顔で言う。


 「そうやってすぐ自慢するんだから……あとそのどや顔やめて。キモいから」


 キモいと言われてむ、と顔をしかめる勇者。


 「はいはい、どうせ俺はだらしなく太った元勇者ですよ」


 頭の後ろで腕を組みながら歩く。


 「でも……」とシンシア。

 「ん?」


 ぴたりと足を止める。


 「さっきの、子どもを助けた時、カッコよかったよ……」


 シンシアが頬を少し赤くしながら言う。


 「シンシア……」


 こほん、と勇者が咳をひとつ。


 「シンシア! 今夜……ッ!」

 「それとこれとは話が別ッ!」


 シンシアの右フックが勇者の顎に決まる。





次回の冒険?に続く。

次回は勇者たちの冒険の回想録です。


いつもブクマありがとうございます! 執筆の励みになります!

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