《第十八章 シンシアの子育て奮闘記》その⑤
「ライラさぁあああん!!」
ノックされた扉を開けて、大魔導師ライラの姿を認めるなり、シンシアは抱きしめた。
手紙は五日かけてようやく届いたが、瞬間移動呪文を使えば村まではひとっ飛びだ。
「シンシアちゃん落ち着いてぇな。でもほんまにびっくりしたで。久しぶりの手紙やと思ったら、アホ勇者が赤ちゃんになったやなんて」
聞き慣れない方言でライラがよしよしとシンシアの頭を撫でる。
「いちおうセシルちゃんも連れてきたんやけど、構へんやろ?」
「お久しぶりです。シンシアさん」
ライラの隣でぺこりと頭を下げるのは大神官のセシル。
「それで勇者様はどちらでしょうか?」
セシルが尋ねるとシンシアがふたりを家に入れる。
「かっわいいぃ!」
ライラが居間ではいはいする赤ん坊勇者を抱き抱える。
赤ん坊勇者がきゃっきゃっとライラの豊満な胸を触る。
「赤ちゃんになってもスケベなところは変わらんね」とけらけらと笑う。
シンシアがむ、と顔をしかめる。
「わ、私も抱かせてください」
ライラがセシルに赤ん坊勇者を渡すとよしよしとセシルが聖母さながらの優しい笑顔で微笑む。
赤ん坊勇者がセシルの形の良い胸を神官衣の上から触る。
「駄目ですよ。勇者様。そこに触っては……」
「ママのところへお戻り!」
シンシアが赤ん坊勇者を引き剥がす。離された赤ん坊勇者がシンシアの胸を触ろうとするが、薄い胸ではぺたぺたと音を立てるだけだ。
たまらず赤ん坊勇者が泣きはじめる。
「悪かったわね! 貧乳で!」
「手紙で大体のあらましは読んできたんやけど、ウチが調べた限り、これは『ワカガエリバナ』のせいやね」
「ワカガエリバナ?」とシンシアが首を傾げる。
「せや、その名の通り、この花の蜜をなめたり、花粉を浴びると若返るっちゅう珍しい花なんよ。滅多にないもんやし、若返りの効用があるさかい、世界中の金持ちがこぞって大金を積んででも欲しがるちゅうめっちゃ貴重な花なんよ。せやけど、まさかここまで若返るとはねぇ」
ライラが赤ん坊勇者の頬をつんつんと突く。
「私の法力眼でも呪いの類は感じられません」
セシルが赤ん坊勇者の頭を撫でる。
ライラがごそごそと黒衣のポケットを探る。出て来たのは小さなガラス瓶だ。中には黄金色に輝く液体が入っている。
「ウチが調合した薬や。これを飲ませれば元に戻るさかい、もう安心してええよ」
薬を手渡されたシンシアが礼を述べる。
「これで一安心ですね。そろそろ帰りましょうか?」とセシル。
「せやね。あ、ちょっと待ってぇな」
ライラが赤ん坊勇者のもとへ屈むとセシルを手招きする。
するとライラが赤ん坊勇者のおむつを脱がせる。
「セシルちゃん見てみ。こいつのココ、こんな風になってんやで」
「わ、可愛い……ピスタチオみたい」とセシルが顔を赤らめながらまじまじと見る。
「ちょっ、ライラさん!」とシンシアが抗議する。
「ごめんごめん、シンシアちゃん。でもセシルちゃんって、ついつい汚したくなってしまうって思わん?」
「この人は何を言ってるの!?」
「堪忍したってぇな。やけどシンシアちゃん、いつもこいつの見とるんやろ?」
「そんなに小さかないわよ!」
けらけらと笑うライラとぺこぺこと頭を下げるセシルを見送って扉を閉めるとふぅっとひと息つく。
これでやっと解放される……効き目が出るまで時間がかかるとは言ってたけど。
シンシアの腕の中で赤ん坊勇者がだぁだぁと声をあげる。
「そろそろお風呂入らないとね」
ちゃぷんと音を立ててシンシアが赤ん坊勇者を抱き抱えたまま湯船に入る。湯は前回の反省を活かしてゆるめにしてある。
初めて風呂に入れたときは嫌がって足をばたばたさせてシンシアを困らせたものだ。
「ふぅ……」
一日の疲れがほぐれる感じが心地よい。赤ん坊勇者も心地よいのか、おとなしく湯に浸かっている。
シンシアが湯船の縁に頭を乗せてリラックスする。
だが、そこへ赤ん坊勇者が胸を触る。小ぶりな胸に小さく突き出た乳首を吸おうとする赤ん坊勇者をシンシアが止める。
「だめ。おっぱいは赤ちゃん産まないと出ないからね?」
目の前で遮られてしまった赤ん坊勇者は顔をくしゃっとゆがめるとふぇっ、と声をあげると大泣きしはじめる。
シンシアがいくらあやしてもなしのつぶてだ。
「泣かないで。あとでミルク飲ませてあげるから、ね?」
だが、赤ん坊勇者はいやいやと首を振るばかりだ。
狭い風呂場なだけに泣き声が響く。泣き止む気配は一向にない。
ふぅっと彼女がため息をつく。
「今回だけだからね……?」
赤ん坊勇者を胸に近づけると、泣き声がぴたりと止み、突き出た可愛いらしい乳首を小さな口の中へと含む。
「んっ……!」
シンシアがぴくりと身を震わせる。
んく、んく、とぎこちないながらも乳首から乳を吸おうとする。
実際に母乳は出ないが、乳首を吸う行為で安心感が得られるのだろう。
くすぐったい……ずっと前にえっちの時に吸われたことはあるけど……でもこれは……
愛しい、という感情をシンシアは初めて実感し、赤ん坊勇者の頭を撫でる。
満足したのか赤ん坊勇者がちゅぱっと音を立てて乳首から口を離す。
風呂から上がり、赤ん坊勇者の体を拭いてやるとその上にタオルを巻いてやる。寝間着がないのでこれで代用するしかない。
彼女も寝間着に着替えると、寝室へと入る。
自分のベッドへ横になり、赤ん坊勇者をそばに寝かせる。
母から聴かされた子守唄を歌いながら、赤ん坊勇者の腹を優しくぽん、ぽんと叩くと寝息を立て始める。
眠った赤ん坊勇者の柔らかい頬にシンシアが「おやすみ」とキスする。やがて彼女も眠りに落ちた。
翌朝、窓から光が差し、小鳥のちちちと鳴く声でシンシアは目を覚ます。
「ん……」
半身を起こして目を擦る。横で寝ている赤ん坊勇者はと言えば……。
だがそこに横たわっていたのは親指をしゃぶりながら生まれたての姿でだらしなく腹の突き出たあどけない寝顔をする勇者であった。
「お……?」
目を覚ました勇者がむくりと半身を起こす。そして自分が裸で、しかもシンシアのベッドで一緒に寝ていたことに気づく。シンシアがこちらを見ている。
「えっと……」
勇者が両腕で胸を隠すようにして「いやーん♡」とおどける。
シンシアの堪忍袋の緒が切れたことは言うまでもない。
寝室でばちんばちんと叩く音が響く。シンシアが勇者のたるんだ尻を叩いているのだ。
「どれだけ大変だったかわかってるの!?」
ばちぃんと音を震わせる。勇者の尻はすでに真っ赤だ。
「だからごめんって!」
「ホントに心配してたんだからね!」
またばちぃんっと響く。
「ごめんなさい! ママーッ!」
「ごめんで済んだら勇者はいらないわよ! あとママって言うな!」
そう言いながらお仕置きするシンシアの顔はどことなく嬉しそうだ。
またひとつばちんっと音が響くとその後に勇者の悲鳴が後を追う。
次回の冒険?に続く。
次回は勇者一行が王子の結婚記念の祭で大騒ぎする回です。
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