《第十八章 シンシアの子育て奮闘記》その④
勇者が赤子になって三日目の夜。寝室で泣き声が響く。
シンシアがベッドテーブルのランプに火を灯すと、泣き喚く赤ん坊勇者を抱き抱える。
「よしよし、泣かないで。魔物はいないわよ」
数多の魔物や魔王を討伐した勇者はシンシアの腕の中でひたすら泣き続ける。
こっちも泣きたいわよ……。
翌日、すなわち四日目の昼。
家事をひととおり終え、赤ん坊勇者にミルクを飲ませながらシンシアは欠伸をひとつする。
当然だ。昨夜は泣き声がする度に起きてあやしていたのだから。
ミルクを飲み終えた赤ん坊勇者がけぷ、とげっぷするとたちまち眠り始める。
「あんたはいいわね。あたしがこんなに苦労して世話してることも知らないで……」
母は強し、ね……。
抱き抱えてすっくと立つと寝室に入り、自分のベッドに赤ん坊勇者と一緒に横になる。
シンシアの横ですやすやと寝ている赤ん坊勇者の頬をつんつんと突く。
「覚悟してね。元に戻ったら、たっぷりとお仕置きするから……」
指でぷにぷにとした掌をつんつんと突くと小さな手が細い指をぎゅっと握る。原始反射と呼ばれるものだ。
やがてシンシアもうとうとするとたちまち寝息を立て始める。
時間にして一時間くらいは経ったろうか。シンシアがぱちりと目を開けると横で寝ているはずの赤ん坊勇者は消えていた。
ベッドから落ちたかと思い、すぐにベッドの下を見るが、いない。それどころか寝室に赤ん坊勇者の姿はなかった。
寝室の扉を見ると閉め忘れたのか、わずかに扉が開いていた。
すぐさま扉から出ると、赤ん坊勇者がはいはいで居間の火の付いた暖炉に近づくところであった。
「あぶない!」
すぐに赤ん坊勇者を抱き抱える。
「だめじゃない! 暖炉に近付いたら!」
危機感のない赤ん坊勇者はうーと声をあげるだけだ。
「でも、きちんと閉めなかったあたしも悪いわね……」
よしよしと背中をさする。
待ち望んでいた大魔導師のライラが家のドアをノックしたのは翌日の昼であった。
その⑤に続く。




