《第十八章 シンシアの子育て奮闘記》その②
「勇者殿が男前になったかと思えば今度は赤ん坊になるとは」
村医者は髭をしごきながら目の前の赤ん坊を眺める。
「いきなり赤ん坊に戻るなんて病気は古今東西聞いたことがないのぅ」
赤ん坊勇者はシンシアの膝の上でだぁだぁと声を上げながら村医者の髭をつかもうとする。
「先生、なんとかなりませんか?」
「うむー……さすがにこれは医学の範疇を超えておるでな……あたたた!」
赤ん坊勇者が村医者の髭を引っ張ったのだ。
「こら! ダメじゃない。先生の髭をひっぱっちゃ」
ぶー、と赤ん坊勇者がへそを曲げるとぱっと髭を離す。
「とにかく、誰か黒魔術や魔法に詳しい人でないと手に負えんよ。これは」
「あたしのまわりにそんな人は……」
すぐに「あ」と心当たりを思い出す。魔王を討伐した英雄一行のひとり、今はノルデン王国に住む大魔導師となったライラに事の経緯を書いた手紙を出す。速達だから最短で五日で届くだろう。
勇者の家から歩いて5分ほどにシンシアの実家、今は母がひとりで暮らしている家はある。
母は夕餉の支度に取り掛かっているところだ。
コンコンとノックの音がしたので「はい、どなた?」と誰何すると、扉を開けて入ってきたのは娘のシンシアだ。
「あら、またケンカでもしたの?」
「ママ、実はね……」
母が娘が抱きかかえているものを見る。大事なものを包むようにくるまれた毛布から赤ん坊勇者が「だぁ」と顔を覗かせる。
母が手にしていた包丁を取り落とす。そして手で口を押さえるとたちまち涙を零しはじめる。
「おめでとう……やっとママになったのね……」
「うん、予想通りの反応で安心したわ」
「こうやってミルクを人肌になるまで温めるの」
母が片手鍋に入ったミルクをシンシアに見せながら説明する。
「ん、わかった。でも冷たいまま飲ませちゃダメなの?」
「赤ちゃんはまだちいさいから、ばい菌とか色々なことに耐性がないからこうして温めるのよ」
へぇ、とシンシアが抱きかかえる赤ん坊勇者を見る。
「最後に哺乳瓶に入れて完成よ」
はい、と母から哺乳瓶を手渡される。
飲み口を口に近づけると、んくんくとミルクを飲み始める。
「でも、うちにまだ哺乳瓶あったなんてね……」
「あなたがまだちいさい時に使ってたものよ」
「……ッ!」
図らずも間接キスになってしまったことに娘は赤面する。
「でも赤ちゃんになった勇者様もかわいいわねぇ」
母が人差し指で赤ん坊勇者の頬をくすぐる。
赤ん坊勇者が嬉しそうにきゃきゃっと笑う。
「飲ませたら背中をさすってあげて。赤ちゃんはまだげっぷ出来ないからね」
言われた通りに赤ん坊勇者の背中をさする。と、小さな口からけぷ、とこれまた小さなげっぷが出る。
「ねぇ、もうこのままうちの孫にしちゃったら?」
母の提案に「お断りよ!」と娘がそっぽを向く。
母から育児のイロハを教わると、帰り支度を整えて玄関を出ようとする娘を母が呼び止める。
「これ昔使ってたものだけど、かなり重宝するわよ」
母が手にしたおんぶ紐をシンシアの背中に括り付けると、赤ん坊勇者をそこに乗せる。
赤ん坊勇者はすでにすやすやと寝ている。
「いつか、孫の顔を見せてね」
「努力はするわ……」
その③に続く。




