《第十八章 シンシアの子育て奮闘記》その①
勇者とその妻のふたりが住む家の裏に広がる森の中て、勇者は木々から木の実やたわわに実った果実をもぎ取る。
この季節になると木々に様々な実や果実が実るのだ。
妻、シンシアに頼まれた勇者はまたひとつ果実を収穫すると斜めがけの籠へと放る。
そして額の汗を拭うとふぅっとひと息。
だいぶ獲れたけど、あともうちょっとは欲しいな……。
更なる収穫を求めて勇者は奥の方へと歩く。普段はここまでは立ち入らないのだが。
と、かぐわしい甘い香りが鼻腔をくすぐる。
匂いの元を探ると勇者の頭上に見慣れない実が成っていた。
それは花のようにも果実のようにも見える、見たことのない白い実だ。
収穫しようと腕を伸ばすが、届かない。よっ、と二度目のジャンプで実を掴む。
だが、力を入れすぎたのか、実が潰れてそこから花粉のような粉末がぱらぱらと勇者の顔にかかる。
「ぶぇっ!」
鼻や口に入った花粉をぺっぺっと唾を飛ばしながら顔にかかった花粉を払い落とす。
掴もうとした実は勇者の足下で萎んでいた。
しゃあないか……これだけあれば十分だろ。
家路に着こうと踵を返すと、てくてくと家に向かって歩く。
数分ぐらい歩いた頃だろうか。なにか違和感を感じる。
森の木々がいつもより高いような気がするのだ。
気のせいだろうと思い、籠を担ぎなおす。だが、服の袖がだらんと垂れる。
……? 袖、こんな長かったっけ……?
やがて森を抜けて、我が家が見える。だが、見慣れているはずの家もなんだか大きく見える。
いや、違う。勇者の背が縮んだのだ。すでに勇者の背丈は子どもに近づきつつあった。
体が小さくなってきてる!? やべぇ! このままだと……!
家へと一目散に駆けるが、子どもの足では遅い。わたわたと不慣れな動きでなんとか走ろうとするが、だふだぶのズボンが足を絡め取る。
地面にべしゃっと転んだ勇者は妻の名前を叫ぶ。
「なにかしら? 誰かに呼ばれたような気がするけど……」
勇者の妻、シンシアが玄関の扉を開けて外の様子をうかがう。
だが、そこには誰もいなかった。気のせいか、と扉を閉めようとした時、下に何かが見えた。
木の実や果実が散らばった籠、それから脱ぎ捨てられたかのように服が地面に置かれていた。
シンシアがひょいっと服をつまむ。
これって、あいつ勇者が今日着てた服よね……? なんでこんなとこに……。
と、地面のズボンがもぞもぞと動いたのではっと身構える。
かすかだが、声が聞こえる。シンシアはおそるおそるとズボンをめくる。
そこには裸の可愛らしい赤ん坊が四つんばいで這っていた。
「赤ちゃん……? なんでここに」
シンシアが赤ん坊を抱き抱える。赤ん坊はあーとかだーと声にならない声をあげるだけだ。
赤ん坊の頭には飾りが付いている。シンシアにはその頭の飾りに見覚えがあった。
紛うかたなき、夫の勇者がいつも着けている頭飾りだ。
「ええええええええ!?」
赤ん坊になった夫を抱き抱えながらシンシアが絶叫する。
その②に続く。




