《間章 ある村の物語》
「私」は旅人だ。といってもこの魔王が討伐された平和な世界をあてどもなく彷徨うさすらいの旅人であるが。
私は今、東の地方を旅している。ここから北東の洞窟を抜ければ次の街に行けるのだが、かつてここにはゴーレムが行く手を塞いでいたそうだ。
もちろんそのゴーレムを討伐したのは他ならぬ勇者たちだ。北東の洞窟へ行く前に近くの村で宿を取ることにする。出発は明日からでも遅くはないだろう。
デンゲという名の村の門を潜ると、村人たちが笑顔で出迎える。
「よういらっしゃった。旅のお方。宿に泊まっていきますかい?」
「うん、一名で頼むよ。ちょっとこの村を見て回りたいから荷物だけでも預かってくれるかい?」
「お安い御用で。お客さん運が良いですよ。今日は英雄様を讃えるお祭りの日ですから」
いたく興味を引かれた私は村の探索を開始する。と言ってもさして広くない村だが。
なるほど祭りというだけあって屋台が並び、旅人や冒険者が駄菓子や名物料理に舌鼓を打つ。村の中心には櫓が組み立てられていた。
「らっしゃいらっしゃい! そこのお兄さんひとつどうだい? この村名物のまんじゅうだよ!」
私はひとつ買うことにし、代金を払ってまんじゅうを受け取る。ぱくりと口に運ぶとじゅわりとした皮に程よい甘さの餡子が合う。
「うまい!」
「あんた、旅の方だろ? ならこの先にある祠で旅の無事を祈るとええだ」
屋台の店主に案内された私はその祠の前まで来た。
祠には背に剣を差した男と錫杖らしきものを持った少女、とんがり帽子を被った女の三つの石像が奉られていた。
石像の足下には香が焚かれ、甘いような匂いが辺りに漂う。
「旅のお方かの?」
私の後ろから声がしたので振り返ってみる。そこには白髭を蓄えた老人が杖をつきながらこちらへ歩いてくるところであった。
「この祠は……? 見るからに魔王を討伐した英雄を象ったように見えるのですが」
うん、と老人が頷く。
「あんたの察しの通り、これは英雄様を奉ったものじゃ。昔、ここから北東にある洞窟のゴーレムを退治してくれたんじゃよ」
ほぅ、と私はしばし御老体の昔話に付き合うことにした。
「じゃが、わしらはあのゴーレムに魔物から村を守ってくれるよう、毎年生け贄を捧げてたんじゃ。
今思えば、なんと愚かなことをしたものかと後悔しておる。そんなゴーレムを退治してくれた勇者様がたを、わしらは酷く責めてしまったんじゃ……」
ごほんと咳をしてから続ける。
「まったく、馬鹿なことをしてしまった……勇者様が去ってから、魔物は襲わなくなった。あのゴーレムが生け贄を捧げるよう仕向けたんじゃな。じゃから、わしらは罪滅ぼしのためにこうして祠をこしらえて、英雄様がたを奉っとるというわけじゃよ。
おかげで世界は平和になり、あんたのような旅人も訪れて村は安泰じゃよ」
「良いことづくめですね」
いやいや、と老人が手を振る。
「世の中、すべて良いことばかりというのは滅多にないもんでの。確かに旅人の方が訪れてくれるようにはなったんじゃが、なかにはごみを捨てていく輩もおるでの」
なるほど、確かにあちらこちらに大なり小なり、ごみが散らばっていた。
「このごみを拾うのも、長老の仕事のひとつでな」
そう言うと長老はごみを拾い上げる。痛むのか、あたたと腰を叩く。
「良ければお手伝いしますよ」
旅人の申し出に長老が合掌して礼を述べる。
「ありがたや。旅のお方がみな、あんたのような人ならどんなにええか」
長老とともにごみを拾い集めていく。
「さて、と……こんなもんでええじゃろ。帰る前に英雄様にお参りしていくかの」
長老が祠に頭を垂れたので、私も倣って頭を下げる。
「これでよし、と。旅のお方、もしも勇者様がたに会う機会があれば、いつでもこの村を訪ねてくれるよう伝えてくだされ。儂もふくめて村のみんなも英雄様がたを手厚くもてなしますとな」
「機会があれば、必ず伝えますよ」
うん、うん、と長老が嬉しそうに頷く。
「今晩は宿屋に泊まるんじゃろ? なら村名物の馬乳酒をぜひ味わってくだされ」
長老が私にぺこりと頭を下げるとひょこひょこと去って行く。
夜が更け、空にはすでに星が瞬き始めていた。
どーんどーんと太鼓と祭りの囃子の音が聞こえてきたので、私はそのほうへ歩き出した。
勇者たちが救ったこの村の平和を私も祝うために。
次回の冒険?へ続く。
次回はアントンとレヴィの出会いを描いた回です。




