《外伝 LAYLA》中編
黒髪の少女が銀髪の魔女と一緒に暮らしはじめるようになってから三ヶ月が過ぎようとしていた。
「ほな、呪文唱えてみぃ」
銀髪の魔女にそう言われた黒髪の少女は、深呼吸してから呪文を唱える。
すると少女の両手の間から火の玉がめらめらと燃える。だが、程なくしてしゅうっと消えた。
黒髪の少女の頭にごつんと杖が振り下ろされる。
「いっ……!」
「まだまだ集中力が足らん。なんべん言うたらわかるんや」
「だってぇ、杖がないんだもん……」
「あほ。杖持ったら誰でも上手くなるわけやないんやで? まずは基本が大事なんよ」
「はーい……」
ひりひりと痛む頭をさすりながら少女が答える。
黒髪の少女が銀髪の魔女の家に初めて来たときの一ヶ月は少女はほとんど口をきかなかった。
魔女が魔法で手品の類を披露しても、一切頑として喋らない。
二ヶ月目でようやく口をきいてくれるようになり、それどころか自分から魔法を教えて欲しいと頼んできたのだ。
銀髪の魔女は最初は断ったが、ついに少女の熱意に負けて今日、魔法の修業を行っているところだ。
森のなか、魔女の住む家のとんがり帽子の形をした屋根の下で魔女と少女はそれこそ親子のように暮らしていた。
「今日はここまで。続きは明日な。ところでたまには一緒に風呂はいらん?」
魔女の提案に少女が跳ねて喜ぶ。
屋根のいびつに曲がった煙突からもくもくと煙が夜空へ消えていくなか、魔女と少女は湯船の中に浸かる。
「ほぁ~えぇ湯やね……」
「うん。ごくらくごくらく」
少女が魔女の豊満な胸に頭を預けながら言う。
魔女と言うと老婆を連想させるが、銀髪の魔女は老婆どころか妙齢の美貌溢れる女だ。もっとも魔女は長生きするものだし、魔法や魔術で若さを保つことも造作ないことだろう。
「ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ん? えぇよ」
「なまえ、まだ教えてもらってないけど、なんていうの?」
そう問われた銀髪の魔女は少し考える。
「……名前はもう昔に捨ててしまったんよ。ウチ世捨て人やしね。みんなは銀髪の魔女って呼ぶけど、それは綽名であって名前やあらへんし……」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「ん、んー……先生かな……? あんたに魔法教えてるんやしね」
「じゃ、せんせいって呼ぶね!」
「勝手におし」
と、魔女の顔にぴゅっとお湯がかかる。少女が手で挟んでお湯を飛ばしたのだ。
「えへへーすきあり!」と少女がにかっと笑う。
「へぇ……良い度胸やないの」
銀髪の魔女が不敵な笑みを浮かべると手をわきわきさせ、少女をくすぐりにかかる。
少女はたまらずに笑う。
「きゃははははっ! もうゆるして! せんせぇ!」
「ほーれほれ、ここはどうやろ?」
風呂場でふたりの笑い声が響く。やがて笑いが治まり、静かになる。
「ねぇ、せんせい。またひとつ聞いていい?」
「今度はなんなん?」
えっと、と少女が躊躇いがちに話す。
「その、せんせいは……なんであたしを拾ってくれたの?」
そう聞かれた銀髪の魔女は顔を天井へと向ける。
「ウチな、あんたと同じなんよ」
「え?」
「ウチも、両親と離ればなれにされて、ひとりぼっちやったんよ。せやから、あんたと初めて会ったときにちいさい時のウチと重ねてたのかもしれんね……」
銀髪の魔女が遠くを見るような目で、くしゃくしゃと少女の黒髪を撫でる。
「あ……ごめん……イヤなこと思い出させて……」
「えぇよ。もう、むかしむかぁーしのことやし……」
「うん……」
少女はしゅんとうなだれる。と、少女の顔にぴゅっとお湯がかかる。
魔女が少女にされたのと同じように仕返ししたのだ。
「ずるい! ひきょーもの!」
「先に仕掛けたのはそっちやろ?」
また風呂場で笑い声が響く。
後編に続く




