《外伝 LAYLA》前編
勇者一行のひとり、魔女のライラの過去がいま明らかになる……。
それは魔王が復活する兆しが現れ始めた頃……。
とある村のとある家の二階の寝室で、ベッドの上で毛布にくるまって寝ている黒髪の少女は一階にいる母親からの「御飯よ!」の声で目覚める。
眠い目をくしくしと擦りながらふぁあと欠伸をひとつした黒髪の少女はベッドから降りると、服を着替えて階下へ下りる。
朝餉の香りが居間から漂う。
「おはよう。シチューが出来てるわよ」
「おはよう。寝ぼすけさん」
両親がいつもと変わらぬ朝の挨拶を少女と交わす。
黒髪の少女は「おはよ」と返すと、食卓につくとシチューを啜る。ついでパンを頬張る。
「今日もともだちと遊ぶんでしょ?」
母の問いに少女が「うん」と答える。
「遅くなっちゃダメよ」
「うん」
あっという間に朝食を平らげた少女は「ごちそうさま!」と言うと玄関へと走る。
「森には入るなよ! 魔物がいるからな!」
少女の背中に呼びかけた父親の声に少女が「わかってる!」と言ったときはすでに外に飛び出していた。
村の広場にて少年たちが談笑していると、向こうからととと、と黒髪をたなびかせながら少女がやってくる。
「おそいぞー」
「約束の時間過ぎてるぞー」
少年たちの文句を無視して「今日はなにして遊ぶ?」と無邪気に聞く。
「決まってんだろ。勇者ごっこだよ!」
「おまえはお姫様役な」
「えー! またぁ? あたしだって女騎士とかやりたい!」
少女がふくれっ面で抗議する。
「ばーか、騎士は男がやるもんなの!」
「そーだそーだ」と周りの少年も口を揃えて言う。
むぅと頬を膨らませた少女は地面に落ちていた小枝を掴むと少年たちを追い回す。
「やべっ! 怒ったぞ!」
「逃げろ逃げろ!」
逃げる少年たちを少女が小枝を振り回しながら「まてまてー」と追いかける。
これがこの少女の日常であった。
たっぷり遊んだあとは友だちに別れを告げ、家に帰り着く。
風呂から上がると食卓にはすでに夕餉が並んでいた。
「いただきまーす」
スープを口に運ぶと、父親が仕事から帰ってきた。
「おかえり。どうだった?」
妻が夫にスープを差し出しながら聞く。
「うん……どうも近頃、魔物の動きが前と比べて活発になっているような気がするんだ」
まあ、と妻が口を手で押さえる。
「このままだと仕事に影響があるから、領主様に頼んで討伐隊を組んでもらわないとな……それに魔物が活発になっているのは森に棲む銀髪 の魔女の仕業じゃないかとみんなが噂してる」
「まじょ?」少女がきょとんとして聞く。
「女の魔法使いのことだよ」と父が教える。
両親は再び魔物についての話に戻る。
少女はスープを啜りながらふたりが真剣に話しているのを見る。
おとなの話って、むずかしくてよくわかんないや……。
こくんとスープを飲み込む。
でも、まじょか。女のまほうつかいってかっこいいや。
その夜、少女は魔女について様々な空想を膨らませたので、なかなか寝付けなかった。
翌朝、少女は母親に起こされるよりも早起きし、あっという間に朝餉を平らげると、「いってきます!」と玄関から勢いよく飛び出す。
広場に着くと少年たちが「おっ今日は早いな」と口々に言う。
「ねぇ! 今日も勇者ごっこやるんでしょ!」
「あ、ああ……お前はいつも通りお姫様で」
「あたし、まじょやりたい!」
「まじょ? 魔法使いのことか?」
「うん!」
「まぁ、別にいいけどさ……」
断ってもおとなしく言うことを聞く彼女ではない。
「でたな! 魔王め! ここでしょーぶだ!」
少年たちのひとりが小枝を剣に見立てて構える。
「わはははは! そんな剣で勝負するというのか?」
魔王役の少年が甲高い声を出して笑う。
「やっ! とぅ!」と騎士役の少年も小枝を振り回す。
魔王役の少年は余裕でかわす。と言っても当たらない程度に振り回しているのだが。
「どうした? こんなものなのか?」
「へへっ、おれには切り札があるのさ! いまだ!」
勇者役の少年の合図を受けて少女が元気よく「うん!」と頷く。
少女は両手を前に出して呪文めいた言葉を呟く。
「ほのおよ! いでよ!」
「えいっ!」という声とともに少女が両手から魔法を出すかのように突き出す。
一瞬のことであった。
少女の突き出された両手から小さな火の玉が回転しながら飛び出したのだ。
火の玉は魔王役の少年の前で落ちるとじじじと音を立てて燃えたかと思うと、しゅうっと消える。
周りの少年たちも通りかかった通行人も驚いていたが、なにより一番驚いていたのは少女自身だった。
少女のなかの魔法の才能が図らずも目覚めたのだ。
「あ、あう……」
魔王役の少年がへたり込むと、ズボンを尿で濡らす。
「う、うわぁあああ! 本物の魔女だぁああ!」
「逃げろぉおおお!」
勇者役と騎士役の少年ふたりは小枝を捨てて一目散に逃げる。
がやがやと野次馬が集まり、少女を取り囲むようにする。
ひそひそ声で「魔女だ」「魔物の手先だ」と囁く。
ち、違う……あたしは、まじょじゃない……!
ひとり取り残された少女はそう弁解するが、実際に魔法を出すのを目の当たりにしては、疑う余地はなかった。
数日後の夜、村から一台の幌馬車が出発し、雨の中を走らせる。村八分により、村を追放された少女は幌馬車に載せられていた。
どこへ連れて行かれるのか、行き先は知らない。
少女が出した火の玉によって村は大騒ぎになり、長老含め、村人たちは少女と両親を責めた。
「魔王の手先だ! 出て行け!」
「魔女の子どもを殺せ!」
両親がいくら弁解しても村人たちは聞く耳持たない。
父親が領主に掛け合って慈悲を請うも、逆に夫婦ともども捕らえられてしまった。
その後、両親がどうなったか知る人はいない。
ひとりぼっちになった少女はひとり、幌馬車のなかで揺られながら泣きじゃくる。
「パパ……ママ……」
手綱を握る小太りの御者がちらりと少女を見やる。
「泣くんじゃない、おじょうちゃん。これから良いところに連れて行ってあげるから」
「ほんと? そこにパパとママもいるの?」
「ああ、もちろんだとも。そのかわりおじさんの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
「うん!」
御者が馬車を街道の外れに停めると、幌の中へと入っていく。
煙草のヤニで黄色くなった歯をのぞかせながらにたりと笑うと、すぐさま少女を押し倒す。
「あぅ……!」
少女はじたばたともがく。
「騒ぐんじゃない。すぐにパパとママのところへ連れてってやるから」と少女の口を手で塞ぐ。
「あの世へな……!」
男がズボンを下ろしはじめる。
危機を感じた少女は更に激しくもがく。
「じっとしてろ!」と平手が飛ぶ。
頬を激しく叩かれた少女の目に涙が滲む。そしてぐったりとおとなしくなった。
「そうだ、良い子だ。おとなしくしてれば痛くは」
次の言葉を言う前に少女の両手から火の玉が飛び出し、小男の顔を焼き焦がす。
幌の中で顔を焼かれた男の悲鳴が木霊する。
「このクソガキがぁあ! どこ行きやがった!?」
目が見えねぇ! と叫びながら幌の中を少女を捕らえようと動き回る。
だが、少女はすでに幌から脱出し、雨降る闇の中へと姿を消した。
果たしてどのくらい歩いたのだろう。雨は止み、夜空に浮かぶ満月の下、少女は迷いこんだ森の中をとぼとぼと当てもなく彷徨うように歩き続けていた。
茂みからがさがさと音が、木の上から梟がホーホーと鳴くたびに黒髪の少女はびくっと身を強ばらせる。
森の木々や葉擦れがざわざわとざわめき、枯れ尾花が幽霊に見えるように、木の洞が怪物の目やぽっかりと開けた口に見える。
「あ、ぅ……」
たまらず黒髪の少女は恐怖に堪えきれずに泣き叫ぼうとする。
その時だ。ひゅうっと一陣の風が吹いたかと思えば、気付いたときには少女の目の前にそれは現れた。
黒いとんがり帽子にこれまた黒い衣、手には金合歓の杖、そしてなによりも目を引くのは女の腰まで伸びた銀髪であった。
満月の光に反射してきらきらと輝く銀髪を靡かせながら、女は少女の下へと屈む。
「なぁ、あんたここでなにしとるんの? 迷ったん?」
聞き慣れない方言で女が問う。問われた少女は目を瞠る。
ぎん色のかみ……! ぎんぱつのまじょ!
「こ、こないで!」
少女は後ずさると銀髪の魔女めがけて火の玉を出そうとする。
だが、火の玉はぷすぷすと音を立ててすぐさましゅうっと消えた。
すでに魔力を使い果たしてしまったことなど少女には知る由もなかった。
目の前で起きたことに銀髪の魔女は目をぱちくりとさせる。
「へぇ! 自分も魔法使えるのん?」
魔女が少女の目前に迫る。
「こ、こないで……! あくま! まじょなんて、大きらい!」
ついに少女は泣きじゃくる。
「あらら、泣かすつもりやなかったんやけどねぇ……」
魔女がぽりぽりと頬をかく。
「自分、おとんとか、おかんはどうしてんの?」
だが、少女は泣き叫ぶだけだ。
「可哀想になぁ……よっぽど辛いことあったんやね……」
そう言うなり、銀髪の魔女は少女を抱き抱える。依然として少女は嫌々と泣くばかりである。
「よしよし、もう怖いことはあらへん。ウチが面倒みるさかい」
銀髪の魔女が少女の黒髪を撫でる。
「もう泣かんでええよ……」
中編へ続く。




