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勇者の魔王討伐後のセカンドライフ日記 ~おお、勇者よ、だらけてしまうとは何事か~  作者: 通りすがりの冒険者


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《外伝 CECIL》後編

 

 「崇高なる神よ、この者に治癒の秘蹟を……」


 ミルドレッド院長が目の前のベッドに横たわっている男に祈りを捧げる。

 治癒の秘蹟は痛みを和らげ、人間が本来持つ自然治癒を促進させ、代謝を高めるものだ。

 効果が現れてきたのか、絶え絶えだった息がやがてゆっくりと呼吸をするまでになった。

 ミルドレッド院長がふぅと一息つくと、緊急を知らせに来た見習い神官のほうへ向く。


 「これでしばらく安静にすれば回復するでしょう。この方のお世話を頼みますよ」

 「は、はい。マザー……」


 ぱたんと扉が閉じられると、部屋には見習い神官とベッドで包帯が巻かれた男とふたりきりになる。

 見習い神官は男の側に椅子を置いて座ると、男の額に載せる濡れ布巾をぎゅっと絞る。

 額に載せると、男がわずかに口を開く。だが、声は小さくて聞き取れない。


 「もう大丈夫ですよ。神様が守って下さいますからね」


 見習い神官がそう言って安心させる。

 もう一枚布巾を出すと、桶の水に浸してそれで男の体を拭き始める。

 頬を拭いたとき、男が目をわずかに開ける。


 「ん……」

 「気がつきました? よかった……」


 男が少女のほうへ顔を向ける。


 「ここ、は……?」

 「修道院ですよ。あなたは牛舎で倒れてたんですよ」

 「そうか……」と男は天井を見つめたまま、そして目を閉じる。

 「なさけないな……」とぽつりと呟く。

 「あの……」と遠慮がちに見習い神官。


 「どこかへ行かれる途中だったのですか?」

 「ああ、魔王の城があるほうに行かなきゃいけないんだ」


 「魔王」 そう聞いた見習い神官は目を見張る。


 「いけません! どんな理由があれ、魔王に立ち向かおうだなんて……勇者様でない限り太刀打ち出来ませんよ!」

 「恥ずかしい話なんだけど、その勇者ってのが俺みたいなんだ……」とこりこりと頬を掻く。

 「ふぇえっ!?」

 「やっぱそういう反応になるよな……」

 「あ、で、でもすごいです……! あの伝説だと思ってた勇者様が目の前にいるなんて……私なんかまだまだ見習い神官で、回復魔法も微力で……」


 扉がコンコンと叩かれ、「失礼するわよ」と入ってきたのはシスター長だ。


 「腹が減ってるだろうから、スープ作ってきたわよ。あんた、食べさせてやりなさいな」


 シスター長がスープを見習い神官に渡すと部屋を出る。


 「スープか。ありがたい。腹が減ってたんだ」


 男、勇者がスープ皿を取ろうとすると、見習い神官が遮る。


 「私にやらせてください。私には、これくらいしか出来ませんから……」


 ふぅふぅっと息を吹きかけてスープを勇者の口許へと運ぶ。


 「うん、美味い」と頬を緩ませる。


 初めて勇者の笑顔を見た見習い神官がふふ、と笑う。


 その日以降、見習い神官の一日は朝の礼拝を終えると、勇者の世話を。昼には聖書の朗読をし、ミルドレッド院長の教鞭が何度も叩かれ、ふたりのシスターから押しつけられた仕事をこなした後は再び勇者の部屋へ行き、包帯を取り替える日が続いた。


 明くる日、部屋で見習い神官が目を覚ます。


 「ん……」


 いつもなら目の前のベッドで横たわっている勇者が消えていた。

 部屋を出、礼拝堂を探し回るも姿は見当たらない。と、窓から外で剣で素振りをする勇者が見えた。

 見習い神官は慌てて外に出る。


 「駄目ですよ! 安静にしてないと……!」


 ぴたっと素振りを止めて勇者が向き直る。


 「ん、でもこうしてないと体がなまってしまいそうで……」

 「とにかく、安静にしてください!」


 見習い神官にされるがままに勇者はベッドへ寝かされる。


 「じっとしててください。でないとまた傷口が開いてしまいますよ?」


 見習い神官が優しく嗜める。そして「ここにいれば安全なんですから……」と付け加える。

 「安全、ね……」

 「どうされました?」

 「いや、こうしている間にも魔物に脅かされている人たちに、こうして安全な場所にいるのがなんか悪いなって……」

 「あ……」


 そんなふたりのやり取りを部屋の扉の裏でミルドレッド院長が聞く。そしてそのまま場を離れる。


 その夜、見習い神官は礼拝堂の祭壇の前で神に祈りを捧げているところであった。祈りを終えると組んでいた手を解く。


 このような安全な場所で祈りを捧げることになんの意味があるのか……神に祈りを捧げる場所を失ってしまった方もいるというのに……勇者様はあんな、傷だらけになっても魔王に立ち向かおうとしている。それに比べて私は……。


 見習い神官が見上げると、信ずる神の偶像が目に入る。だが、少女が問いかけても答えてはくれない。

 蝋燭がちりっと揺れる。


 いつか、私も村でみなに分け隔てなく接してくれた優しい聖母(マザー) になれるのでしょうか?


 当然ながらこれも偶像は答えてくれない。


 「なにをしてるのです。消灯時間はとっくに過ぎてるのですよ?」


 ミルドレッド院長が廊下から進み出て嗜める。


 「す、すみません……すぐに部屋に戻ります……」

 「まったく……いつまで経っても成長しないんだから……」


 ミルドレッド院長がくるりと向きを変えながら発したその言葉は見習い神官の胸に深く刺さる。

 ミルドレッド院長が廊下に消えると、見習い神官はまた偶像を見上げる。


 いつまで経っても成長しない……。


 それはまさに今の見習い神官に見事に当てはまっていた。

 見習い神官はぎゅっと奥歯を噛みしめる。魔王が世界を支配しつつある、この時、自分になにが出来るのかは分からなかったが、ただひとつ言えるのは、このままではいつまでも成長出来ないということだ。


 翌朝、傷が癒えた勇者は背嚢(ザック) を背負い、剣を腰に差すとミルドレッド院長に向き直って礼を言う。


 「先生、本当にお世話になりました」


 勇者がぺこりと頭を下げる。


 「あなたの旅の無事を神に祈ります。あなたに神の加護があらんことを……」

 「気を付けて行くんだよ」とシスター長。

 「勇者様、わたしたちもお祈りしてますわ!」とふたりのシスターがここぞとばかりに言う。


 「あら?」とミルドレッド院長が辺りを見回す。


 「あの子がいないわね。どこ行ったのかしら? こんな時に……」

 「先生、あの子に伝えてください。お世話になりましたと」


 勇者が礼拝堂の扉を開けて外に出る。と、そこには旅装に身を包んだ見習い神官が背嚢を背負って立っていた。背嚢には錫杖が差し込まれている。


 「ちょっとあなた! なにをしてるのです!?」


 ミルドレッド院長が前に進み出る。

 だが、見習い神官はそれに答えず、勇者のほうへ顔を向ける。


 「わたしも、連れていってください……!」

 「なにをバカなことを……!」とミルドレッド院長が信じられないというように頭を抑える。


 「わたし、決めたんです……勇者様と一緒に旅に出て、いろんな困っている人を助けて、修行したいんです!」


 そう言う彼女の顔はこれまでに見せたことのない、固い決意が顔に現れていた。


 「ホントに、いいのか……? 辛い旅になるぞ?」と勇者。


 「はいっ! 覚悟は出来てます! それに」


 見習い神官がこほんと咳をしてから続ける。


 「もしあなたがまたケガでもしたら、誰があなたを回復させるんですか?」


 まいったなと勇者がポリポリと頭を掻く。


 「わかった。んじゃ出発するぞ!」

 「はいっ!」


 見習い神官が院長のほうへ向くと、ぺこりと頭を下げる。


 「先生、今までお世話になりました!」


 ミルドレッド院長は見習い神官に向かって激しく責める。


 「勝手にしなさい! そしてここにはもう戻ってこなくて結構です!」


 頭を下げたまま厳しい言葉を受けた見習い神官は顔を上げると、くるりと向きを変え、勇者とともに歩き始める。

 ふたりが修道院を囲んだ柵から外へ出ると、シスター長が院長の側まで来る。


 「引き留めなくていいのかい? あんたが一番あの子を気にかけてたんだろ?」

 「これで、いいのよ……あの子は立派に成長するわ」


 そう言う院長の目から初めて涙が零れる。そして手を組み、神に祈りを捧げる。


 主よ、どうかあの子達を御守りください……。


 修道院からしばらく歩いたところで勇者が見習い神官に声をかける。


 「なぁ、本当にいいのか? 今ならまだ引き返せるぞ?」

 「いいんです。自分で決めたことですから」

 「そっか、それなら良いけど……泣いてるぞ?」


 勇者にそう言われ、涙を流してたことに気付いた見習い神官はごしごしと目を擦る。


 「泣いてません!」

 「ん……そか」


 ふたりは再び歩き出す。と、勇者が思い出したように「あ」と声を出す。


 「そういや聞きそびれてたけど、お前の名前、なんて言うんだ?」


 見習い神官がすぅっと息を吸う。そして自分の名を口にする。


 「セシル……セシルです! 勇者様!」

 「よろしくな。セシル」

 「はいっ」


 セシルが仲間に加わった。




次回の冒険?へと続く。

次回はカジノ編です。勇者と村人たちがギャンブルで勝負します!

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