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勇者の魔王討伐後のセカンドライフ日記 ~おお、勇者よ、だらけてしまうとは何事か~  作者: 通りすがりの冒険者


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《最終章第5部 ~ひとりぼっちの英雄~》

 

 それから十数年の時が流れ……。


 枝から枯れ葉がはらりと落ちる秋の季節。魔王討伐の英雄、勇者が住む村の奥にて白い漆喰の家の寝室で目を覚ます。

 ベッドから身を起こして朝食の支度に取りかかる。と言っても目玉焼きしか作れないのだが。 

 少し焦げた目玉焼きを皿に移してぱくりと食べる。何度作ってもシンシアが作ってくれた味のようにならない。たかが目玉焼き、されど目玉焼きだ。

 ちらほらと白髪が混じるようになった壮年期を過ぎた勇者は庭に出ると草むしりを始める。

 妻のシンシアからよくどやされてしぶしふやっていた草むしりだが、今はこの時間がありがたい。なにかしていないと彼女のことを思い出してしまう。

 彼女、シンシアが亡くなってからはひとりで家事をこなしてきたが、始めはなかなか慣れなかった。洗濯物など色物と一緒にして洗ってしまい、白いシーツに色が移ってしまったものだ。

 あらかた終えるとよっこらしょと腰をあげ、強ばった腰をとんとんと叩く。体力も筋力も冒険時と比べてかなり落ちている。

 草むしりを終えると家から椅子を持って庭の大木へと向かう。

 その下にはふたつの白い十字架が立っている。ひとつはもちろんシンシアの墓。そして隣はシンシアの母だ。

 数年前に亡くなった母は晩年、娘はどこにいるのかと始終尋ねるようになり、終いには義理の息子である勇者のことを認識出来なくなった。

 村医者によれば認知症という病気だそうだ。

 椅子を墓の前に置いて腰かける。


 「元気かい? 今日は俺たちの冒険を描いた絵本を持ってきたんだ。ほら、こないだ言ってたろ?」


 絵本を開いて朗読をはじめる。主人公である勇者が仲間たちと出会い、様々な困難を乗り越えて最後に魔王を倒すところで終わった。


 「……こうしてまおうはたおされ、せかいにへいわがもどりましたとさ……」


 ぱたりと絵本を閉じる。


 「……人は、みんななにかしら運命を背負っているって聞いたことがあるけど、俺の場合それが勇者になって魔王を倒すことだった」


 ふたつの十字架を見る。


 「でも魔王を倒して世界が平和になった後は? 俺はなにをすればいい? シンシア、お前に会いたいよ」


 じわりと熱くなった目頭を指で押さえて立ち上がる。


 「じゃあまた明日な。なにか欲しいものがあったら言ってくれ」


 家に戻って昼食を摂り、ポットがしゅんしゅんと音を立てたのでカップに茶を注いで食卓に戻る。次にグラン地方紙を広げた。

 すると顔写真が目に付く。見覚えのある顔があった。マルチェロだ。記事には『グラン王国を護る若きマルチェロ騎士団長!』の見出しがついている。

 かつて騎士に憧れて勇者のもとへ修行志願に来た少年はいまやたくましく、凛々しい顔つきになっていた。

 わずかに面影の残るマルチェロの顔を見て思わず顔が(ほころ)んでしまう。

 勇者は以前、マルチェロが訪ねてきた時に記憶を馳せる。


 玄関の扉をコンコンとノックするものがあったので、勇者が扉を開けると甲冑に身を包んだマルチェロが立っていた。


 「マルチェロじゃないか! 久しぶりだな」

 「お久しぶりです。勇者殿。本日付で騎士団長に任命されました」


 勇者が家に入るよう手招きしたのでマルチェロが失礼しますと断って入る。


 「……あの時と変わらないですね」と家の中を見回す。

 「それで、どうしたんだ?」と席についた勇者が聞く。

 「はい。勇者殿とシンシアさんにはずいぶんお世話になりました。実は今日伺いましたのは、勇者殿を王城にお連れしようと思いまして……こうして参上した次第です」


 マルチェロが片膝をつく。


 「勇者殿、ぜひ王城へおいでください。すでに衣食住の手はずは整っています」


 ですから、と続けようとするマルチェロを勇者が止める。


 「マルチェロ、お前の申し出はありがたい。とてもうれしいよ。でも」


 勇者があたりを見回す。


 「いまはここがいい。ここが我が家だから……ここには色々な思い出があるからね」 

 「……わかりました。それなら無理にとは申しますまい」すっくと立ち上がる。

 「では私は城に戻ります。勇者殿もどうかお元気で」


 勇者がうんと頷く。シンシアにも立派なマルチェロの雄姿を見せてやりたかったと思う。


 「マルチェロ、忘れるな。ひとりで勇敢に挑む人よりも」

 「恥を捨てて仲間から助けられる勇気を持っている人こそがまことの勇者だ」とマルチェロが続ける。

 「では私はこれにて……どうかお元気で」と去るマルチェロを見送る。


 


 途端、コンコンとノックの音がしたので勇者がはっと目を覚ます。いつの間にか眠っていたらしい。

 扉を開けるとそこにはかつての仲間、神官のセシルが立っていた。彼女もまた勇者と同じく年を重ねているはずだが、顔に年相応の皺が刻まれても彼女は美しかった。


 「お久しぶりです。勇者様」

 

 いつもの神官衣とは異なる装束に身を包んだセシルがぺこりと頭を下げる。


 「セシルじゃないか! どうしたんだ? 上がりなよ」


 お茶でも入れるからさと勧める勇者にセシルがふるふると首を振って丁重に断る。


 「私、この度大司教(アークビショップ)になりまして……」


 時間かかってしまいましたけど……と微笑む。


 「すごいじゃないか!」

 「はい……実は勇者様にお別れを告げに来まして……」


 きゅっと握られた手を胸に当てる。


 「心臓に、病が見つかりまして……お医者さまからはもって一ヶ月の命だと……」

 「……え」

 「病が見つかったときはすでに手の施しようが……」

 「な、なんとかならないのか? 奇跡の秘術とか秘薬とか……」


 セシルがまたふるふると首を振る。

 

 「すでに色々と試したのですが、もう手遅れで……」


 復活の呪文や不死鳥(フェニックス)の尾羽で甦るなどおとぎ話でしかない。勇者の目前に立つ最後に残った仲間の命も失われようとしていた。


 「最後に、勇者様にひと目だけでもお会いしようと……」


 勇者をまっすぐに見据える。その目には決意が込められていた。


 「私は……!」


 あなたのことが……


 そう言おうとした言葉をきゅっと奥歯を噛んで飲み込む。


 「いえ、なんでもありません……勇者様に会えてよかった……さようなら、そしてどうか(すこ)やかに……神のご加護を」


 涙を流しながらにこりと微笑むその顔はまさに聖母(マザー)そのものであった。



 彼女の言うとおり、一ヶ月後にセシルは亡くなった。

 彼女が務めていたラメール地方の大聖堂にて葬式が行われた。生前の功績やこれまでの活動が認められ、セシルは聖人に列することが決定されたそうだ。

 勇者が彼女の侍女であった女性に案内され、棺の前までくる。

 棺にはまわりを花で囲まれ、純白の神官衣に身を包んだセシルが胸の上に両手を組んで横たわっていた。

 勇者が棺に花を添える。


 「……お前と一緒に旅が出来て良かった。セシル、もし、俺がシンシアと出会わなかったら、お前と結婚してたと思うよ」


 彼女の額にキスする。心なしかセシルの顔がすこし綻んだように見える。


 「……じゃあなセシル。お別れだ」


 冒険で最初の仲間に別れを告げると勇者はその場を後にする。

 勇者は、ひとりぼっちになった。



第6部へ続く。

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