《最終章第4部 ~英雄たちの最前線~》後編
「……ッ!」
硝煙と錆のような血の臭いと銃弾による痛みでライラが目を覚ます。
「気づいたか」彼女を背負うタオが振り向いて声をかける。
「ここ……は?」きょろきょろとあたりを見回す。
「城の救護所に向かってるところだ。ちょうど街の中心だな」
そう言われてライラがはっとする。
「すぐに引き返さんと! あいつらが……まだ見習いなんよ!」
「だめだ。今はお前を救護所に連れて行くことが先決だ」
「やけど……!」
「ライラ!」ぴしゃりと遮る。
「あいつらの命がけの行動を、ムダにするな……」
「……っ」
タオの肩にライラがもたれる。
「……一緒に、屋台見てまわろうと約束したんよ……」
ぴたりとタオの足が止まる。ライラが何事かと見上げると目の前に五人のヴェクセン兵士が小銃をこちらに向けていた。東の城門の防衛が破られたのだ。
ここまでか……!
兵士のひとりが引き金を引こうとした時、後ろから来る足音に気づいて振り向いた時は踵落としで頭蓋を粉砕された。
兵士が小銃を向ける前に突き、蹴り、手刀の徒手空拳が極まるのが早かった。
「タオ師範の一番弟子、オットーただいま参上!」
「オットー! 生きてたのか!」
弟子たちのなかではひときわ背の高い、のっぽのオットーがタオたちの盾になるべく、背にして構える。オットーの背中が頼もしく見える。
「タオ師範。ここは俺にまかせて行ってください」
「すまん」
タオがそう礼を言って踵を返す。
「見つけたぞ!」
ヴェクセン兵士がこちらを指さして仲間に知らせる。
その距離はかなり離れており、徒手空拳の間合いではない。完全に向こうが有利だ。
……間合いが遠すぎる!
だがそれでも一人でも多く倒そうとするオットーの目前でいきなりヴェクセン兵士が炎に包まれた。
「な、なんだ!?」
「炎の魔法や!」驚くタオの背中でライラが言う。
やけど、こんな強い魔力を持つ魔道士はウチの教え子にはいないはず……。
「ライラ先生! ご無事ですか!?」
「うまくいきましたぞ! 拙者の強化魔法と同志の炎の魔法による合成魔法ですぞ!」
ライラの授業でいつも彼女から叱られていたメガネふたりの見習い魔法使いだ。
「あんたら……! 無理せんではよ逃げや! いっつも成績ビリッケツのあんたらじゃふたりそろってやっと半人前の魔法使いなんよ!」
だが、ふたりの見習い魔法使いはくるりと背を向ける。
「ライラ先生、落ちこぼれの拙者たちにもカッコつけさせてください」
「タオ殿、早く行ってライラ先生を治してくだされ」
タオがこくりと頷く。
「すまん。借りておくぞ」踵を返すと颯爽と駆ける。タオの背中ではライラが涙をこらえる。
「行ったな……」オットーが見送ったのちに構える。傍らの見習い魔法使いに声をかける。
「足ひっぱんなよ」
「言われずとも!」
「我らの力見せてやりましょうぞ!」
三人の前に新たにヴェクセン兵士が突入してくる。
「啊ーーッ!」
オットーの気合いに怯んだヴェクセン兵士が小銃を放つが、狙いの定まっていない弾丸は頬や足を掠めるだけだ。
オットーがすかさず飛び込み、三日月蹴りで先頭の兵士の肝臓を破壊する。
兵士が嘔吐しながら倒れる間にオットーの回し蹴りが、正拳突きが、貫手が残りの兵士の急所を突く。
「咕ォオオオッ!」
あっという間に数人の兵士を倒したオットーが息吹きで呼吸を整える。
「さすがはオットー殿!」
そう感嘆の声をあげる見習い魔法使いのそばでもうひとりが大声をあげる。
「オットー殿ッ! 後ろにござる!」
見れば遠くのほうから馬車に似た音を立ててこちらにやってくるものがあった。
なんだ……?
それはふたつの車輪に挟まれるようにして中央に数十本の金属の筒が円状に束ねられていた。筒の横にはハンドルらしきものを兵士が掴んでいる。
なんだかわからないが、ここは先手必勝とオットーが先に仕掛ける。
所詮はこれも単発式! 躱せば……。
だが、兵士がハンドルを回すと金属の筒から弾丸がだだだだだっと無限に発射され、オットーの体中を貫く。
「オットー殿っ!」
無数の弾丸によって蜂の巣にされたオットーはその場に倒れた。
「オットー殿の敵!」と見習い魔法使いが炎の呪文を唱える。
「ど、同志! 拙者の強化魔法がまだ……!」
ふたりの見習い魔法使いたちも無情にも無数の弾丸によって倒れ、メガネが転がり落ちる。
「ひょひょひょ。試作の段階ではあるが、なかなか威力絶大ではないか」
試作の武器、連射砲の後ろで馬上のゴロブ将軍が満足する。
「さて、あとはあの英雄ふたりを倒せば我が軍の勝利は確実だな」
ゴロブ将軍が前へ進むよう指示したので兵士が連射砲を押して転がす。ふたつの車輪で転がせるので大砲を運ぶよりも効率的だ。
がらがらと音を立てて運ぶ途中、見習い魔法使いのひとりが這いつくばって進むのが見えた。そのあとを血痕が続く。
それを見てゴロブ将軍がまた笑う。
「ちっぽけな国ノルデンの兵士にふさわしいザマよ。ネズミのように無様にしおって」
「とどめを刺しましょうか?」と傍らの兵士が聞いたのでゴロブ将軍が放っておけというように手を振る。
「じきにくたばる奴に弾丸の一発ももったいないわ。それ進め」
馬上からにやにやと下卑た笑みを浮かべながら見習い魔法使いの行く末を眺める。やがて連射砲が追いついた。
その時、見習い魔法使いの後ろの血痕が途中でなにかを形づくっているのに気づく。
それは円形で囲われており、内側には文字らしきものが……。
「ま、まて! 引き返せ!」
「え?」
見習い魔法使いの血痕が輝いたかと思うと次の瞬間には爆発を起こした。血で描かれた魔方陣の攻撃を至近距離で浴びた連射砲は大破し爆発音を立てて横倒しになった。
「……ライラ先生、やりましたよ……やっ、とひとりで、まほうを……」がくりと息絶える。
「ゴロブ将軍! ご無事ですか?」
爆発の衝撃で落馬したゴロブ将軍は負傷した額を押さえながら呻く。
「ぬぅう……! タダではおかんぞ! 者ども進めぃ! あの英雄ふたりを絶対に仕留めろ!」
「ここ、どこなん……?」
ライラはぽつんとあたりを見回す。人ひとり誰もいないあたり一面が真っ白な開けた場所だ。
腹に受けた痛みはなく、見れば傷口も消えていた。
ここっていわゆるあの世かいな……? にしたって、なんにもなさすぎやん……。
途端、コツコツと足音がしたので振り向く。
「あんれま、誰かと思うたら懐かしい顔やないの」
「え、せんせい……!?」
ライラと同じ聞き慣れない方言で話す女は腰まで伸びた長い銀髪を靡かせる。
ライラの師匠、銀髪の魔女だ。最後に別れたときとまったく変わらない姿だ。違うのはとんがり帽子と杖がないことくらいか。当然だ。そのふたつはライラが受け継いだのだから。
銀髪の魔女は彼女のところまで来ると、いきなりライラのとんがり帽子の幅広のつばをぐいっと下に引っ張る。
「わぷっ」
「背ぇ伸びたんやない? しかもいっちょ前にウチの帽子かぶってからに」とけらけら笑う。
「あ、当たり前や……あれから何年経ったと思っとるんよ……」とつばを直すライラが涙を流す。
「ん、せやね。でもよぅ似合っとるで」
ぐしぐしと愛弟子の頭を撫でる。
「そ、そんなことより、ここどこなん? なんにもあらへんのやけど……」
「んー……あの世であってあの世でない、いわば境界線というところやね」と銀髪の魔女が人さし指を顎にあてがって言う。
「でもあんたはまだここに来たらあかん。ほれ、あんたの思い人が呼んどるで」と銀髪の魔女がライラの後ろを指さす。
「え?」
「――! ――ラ! ライラっ!」
「んあっ」
タオの声で目を覚ましたライラが素っ頓狂な声をあげる。
「よかった……生きてたか」タオがほっと胸をなで下ろす。
「ん……夢見とったわ。ちうかここって……」
あたりを見回すと前方には長椅子が並び、上を見上げると天使を象った像がふたりを見下ろしていた。
「そうだ。大聖堂だ」祭壇を背にしたタオが言う。
彼の足からは血がどくどくと流れていた。
「……すまん。ドジった」
「……ん。ほならもうここまでちうことやね……」
ぽすっとライラがタオの胸に頭を預ける。
「懐かしいな。昔、ここでお前と結婚式挙げたよな。いざ挙式の時にお前は逃げ出したっけな」
「ちょ、こんな時になに言うてんの!? 時と場所考えりーや。あほ……」
「あの時のお前の花嫁姿、キレイだったぞ」
「……うっさい。ボケ……」
ライラが赤くなった顔を隠すように帽子のつばを下げる。
その時、大聖堂の外から怒声が響く。
「聞こえているか!? 我はヴェクセン帝国軍のゴロブ将軍である! 貴様らは我が軍によって取り囲まれている!」
ライラがふぅっと溜息をつく。
「ほんまにしつこい男やね……ウチもう動けんのに……」
「降伏せよ! ただちに降伏すれば命までは取らん!」
もちろん口実である。
「よぅ言うわ。どの口がほざいてんのやら……」
げほっとライラが血を吐く。
「ライラ、あまりしゃべるな」
だがタオの制止も聞かずにライラは大声を張り上げる。
「うっさいボケェ! 大の男が手負いのふたりを兵隊で囲んで降伏しろなんてちゃんちゃらおかしいわ! 男ならかかってきぃや!!」
ライラの啖呵は大聖堂全体に響いた。ゴロブ将軍は馬上にて血管をぴくぴく言わせる。
「言わせておけば……! もうよい! 皆殺しだ!」
ゴロブ将軍の命令によって大聖堂の扉に破城鎚が叩き込まれる。
どん! どん! と何度も叩き込まれ、閂が軋みをあげる。扉が破られるのは時間の問題だろう。
ライラはもう一度上を見上げる。可愛らしい天使の顔が微笑んでいる。
……死に場所としては悪くはあらへんね……。
そして呪文を唱えると胸の前に構えた両手から球体が現れ、周りを呪文で囲まれながら眩い光を放つ。
「それはなんだ?」
「……禁呪のひとつ、自爆の呪文や。はよ逃げり。あんたの足ならなんとか逃げれるやろ?」
だが、タオの彼女を抱きしめる腕に力が込められる。
「ちょ、なに考えとんの!? ここにいたら死んでしまうんよ!」
「建国記念の祭りの時に言ったろ? お前とずっと一緒にいたいって……お前が、好きだ」
「……ずるいで、自分……」
がらがらと音を立てて閂が外れる。ついに扉が破られたのだ。
「いたぞ! 奴らを殺せ! 殺せば昇進間違いなしだぞ!」
馬から降りたゴロブ将軍が先頭に立つ。ヴェクセン兵士が小銃を構える。
その間にライラの両手の間の球体はどんどん膨張していき、輝きも強さを増していった。
これにはゴロブ将軍やヴェクセン兵士もざわめきはじめた。
「う、撃て! さっさと撃たんかぁっ」とゴロブ将軍が唾を飛ばしながらわめき散らす。
「なぁタオ……」
「ん?」
「ウチな、あんたにずっと言いたかったことがあるんよ……ウチ、あんたのことが……」
膨張しきった球体は火球となり、ライラとタオのふたりを包み込んだかと思うと大爆発を起こした。
波のように炎が広がって長椅子をなぎ倒し、入り口付近にいたゴロブ将軍やヴェクセン兵士は悲鳴を上げる間もなく炎に焼かれた。
ステンドグラスが割られ、大聖堂の周囲にいた兵士に降りかかり、次いで大聖堂全体が崩れ落ちた。
爆風によって飛ばされたのか、ライラのとんがり帽子がひらひらと舞い落ち、地面をころころと転がってやがてぱたりと止まった。
一週間後、グラン地方紙でノルデン王国とヴェクセン帝国のあいだに終戦協定が結ばれ、魔王討伐の英雄、ライラとタオが戦死したことを知った勇者は家の居間で泣き崩れた。
第5部に続く。




