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音楽で乙女は救えない  作者: ナツ
ルート:紅
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31.旅行の準備

 学内コンクールを欠場してしまった私は、青鸞のクリスマスコンサートに出ることは叶わなくなった。

 秋休みに入る直前の放課後、またもや呼び出しをくらい、トビー直々に「今年は出さない」と引導を渡されてしまいましたよ。


 「来年、出られるかどうかは君次第だ。僕の言っている意味は分かるね?」

 「……はい。二度目の欠場は許さない、ということですよね」

 「そういうこと。曲がりなりにも特待生なんだ。最低限の投資の回収は見込ませて欲しいな」


 すっかり私に興味を失くした様子のトビーは、それだけ釘をさしてあっさり話を打ち切った。理事長室のすぐそばで待っていてくれた紅が、出てきた私の顔をみてホッと息をつく。


 「早かったな」

 「うん。クリスマスコンサートには出さないよ、ってだけの話だった」

 「そうなのか?」


 紅は驚いたように眉をあげ、それから悔しげに唇を引き結んだ。


 「学コンに出てない俺や蒼、上代に美坂に皆川まで出ることになってるんだぜ。明らかに、お前への嫌がらせだな」


 そういえば、クリスマスコンサート用に特別編成されるオケに入れてもらえることになったって、栞ちゃんが喜んでたっけ。そっか、みんな出るんだ。


 「まあ、しょうがないよ。欠場して理事長の顔に泥を塗ったペナルティ、ってとこじゃない?」

 「あれはお前のせいじゃ!」


 むきになる紅の空いてる方の手を取り、そっと指を絡める。


 「だいじょうぶ」

 「――ましろ」

 「私は、これくらいじゃ傷つかない。紅も紺ちゃんも傍にいてくれるんだもん。仮に全部の事情を先に知っていたとしたら、何を犠牲にしたって、今のこの現実を手に入れたいと思ったよ」

 

 心からそう思った。

 ピアノを弾くこと自体を制限されたわけじゃないし、どうってことない罰だ。まあ、クリスマスコンサート当日は、ぼっち確定なわけだけど。すでにグループが出来上がっちゃってるし、他のみんなのところに混ざるのは難しかろうな。


 「お前が一人でいる間に何かあるんじゃないかと思うと、俺は演奏どころじゃないよ」


 隠しきれない不安が滲んだ、甘い声が上から降ってくる。

 紅の大きな手が私を優しく引き寄せた。応えるように、私も彼の背中に手を回す。


 「一人にならないように何か手を考えるから、心配しないで」


 こてん、とおでこを紅の胸元にくっつければ、「するなって方が無理」というため息混じりの返事がかえってきた。

 慣れって恐ろしいですよね。

 ここが教員棟だということをすっかり失念していた私は、偶然通りかかった理科の林先生の大きな咳払いでハッと我に返った。


 「男女交際もけっこうだが、節度と恥じらいを持つように」


 初老に近い日本男児然とした林先生は、主に紅に物申したかったみたいです。しかめっ面の視線の先は紅に絞られている。肝心の紅は「すみません」と謝罪したものの、大して悪いと思ってないのは明らかだ。

 いたたまれなさに真っ赤になった私の手を持ち上げ、軽く口づける。ぽかん、と間抜けな顔になった私にひとつ、ウィンクし


 「あまりに彼女が可愛いので、つい自分を抑えられなくて。以後、気をつけますね」


 とのたまいやがりました。


 今すぐ、気をつけろおおおっ! 

 

 おそらく、林先生と私の心の声はシンクロしたと思われます。

 イタリア人も真っ青だ。なんて恐ろしい。普通の高校生男子が今のをやらかしたら、寒くて鳥肌ものだからね! ……そもそも、出来ないか。

 何がイヤって、怒った顔を作りながらも心の端っこでは小さく喜んでる自分がイヤ。キスされた左手はいつまでも熱くて、私はすっかり閉口した。



 

 そして、やってきました秋休み。


 といっても、働いている父さん達は通常運転だ。せっかく家に戻っても結局、日中は一人でポツンと過ごすわけです。

 常に賑やかな寮生活に馴染んだせいか、最初の二日、三日は変な感じだった。やることは相変わらず沢山ある。高校一年の範囲の軽い復習と仏・伊・独の外国語講座。音楽理論に音楽史。楽典をさらって、後期試験に向けての準備をしておくのもいい。

 やるべきことを指折り数え自分を鼓舞してみるけど、誰もいない家で一人勉強するのはどうにも落ち着かなかった。秋だからかもね。少し肌寒い気温がセンチメンタルな感傷を運んでくる季節ですよ。


 気分転換に、アイネでスタンダードジャズの定番「枯葉」を弾いてみることにした。

 ここにドラムとウッドベースがあったら最高だな、と妄想しながら、好き勝手にアレンジを入れて鍵盤を叩く。Cm7のコードから始まるこの季節にぴったりの哀愁漂うメロディとリズム。全部B♭メジャーのスケールで弾くことも出来ないわけじゃないけど、それじゃ面白くないから自然短音階以外のスケールも使って色々音を遊ばせてみた。


 ――はい。余計に切なくなりました。


 お姉ちゃん、早く帰ってきて。

 どこからか金木犀の香りがする。薄闇の落ちる夕暮れ時。玄関先の狭い外階段に座って帰りを待っていた私と、前置きなしでいきなり目が合い、花香お姉ちゃんは奇声を上げた。


 「うひょおおっ!? び、びっくりしたあ。何してんの、ましろ」

 「おかえりー」


 うひょお、なんていう素っ頓狂な声が真っ先にあがるなんて、結婚適齢期の娘さんとしていかがなものか。突っ込みたかったけど、驚かせたのは私の方なので素直に謝る。


 「洗濯物は取り込んだし、夜ご飯はおでんにするって母さんが朝言ってたでしょ。もう煮込み始めたよ」

 「うわあ、助かる! ありがとね」


 お姉ちゃんが手を伸ばしてよしよし、と頭を撫でてくれる。子供の頃は、見上げるほど大きかったお姉ちゃん。背を追い越してしまったのは、いつだっただろう。そのことも無性に寂しくて、しばらく纏わりついてしまった。


 「お風呂掃除までしてくれたんだね。まだご飯まで時間もあるし、久しぶりにお姉ちゃん特製のココアを作ってあげましょう」

 「やった!」


 リビングのソファーに腰をおろし、焼きマシュマロを浮かべたホットココアを待つ。

 三井さんにもらったという可愛いエプロンをかけ、鼻歌を歌いながら台所に立つお姉ちゃんの背中を眺めているうちに、じわり、と涙が湧いてきた。

 両手にマグカップを持ってソファーまでやってきたお姉ちゃんは、私の顔をみてギョっとした。


 「え!? な、なんで。どうしちゃったの、ましろ」

 「なんでもない」

 「学校で何かあった? 誰かにまた苛められたの?」


 心配でたまらないという表情のお姉ちゃんが、そっと顔を覗き込んでくる。

 前世でも、そうだった。花ちゃんは、いつだって私を愛してくれた。喉の奥を締め付けるこの痛みの原因はきっと、懺悔したいのにできないもどかしさと後悔だ。


 「お姉ちゃん、大好き」

 「うん」

 「絶対、長生きするから。おばあさんになっても、こうやってココア作ってね?」

 「うん。お互い、食が細くなってないといいね」


 花香お姉ちゃんも何故かもらい泣きを始め、私達はひしっと抱き合ってしばらくわあわあ泣いていた。冷めてしまったココアは、とてもじゃないけど飲めたものじゃなかったので、作り直して貰った。

 この後、お姉ちゃんが母さん達に「あのましろが寂しがってる!」と報告したせいで、母さんは一日パートを休んだ。

 あまりの申し訳なさに、センチメンタルが吹っ飛び、ようやく私も通常運転に戻ることが出来ました。寂しい時に「枯葉」を弾くのは、全力でオススメしません。




 こうして、あっという間に6日が過ぎた。

 そのうちの一日は、母さんとお姉ちゃんと一緒に買い物に行くことになった。

 駅前のショッピングモールで、新しい洋服を何着も買ってもらっちゃったよ。こんなにいらない。普段は制服だから、と遠慮したんだけど、久しぶりの私とのお出かけに大興奮した母さんとお姉ちゃんを止めることは出来ませんでした。試着室で着せ替え人形と化した私。家に帰りついた時はクタクタでした。


 「ましろ、ちょっといい?」

 「どうぞー」


 部屋で旅行の準備をしていると、ノックと共に母さんが入ってくる。


 「これ、紺ちゃんに渡してもらえる?」


 綺麗にラッピングされた袋を手渡された。大きいけれどふわんふわんの手応えだ。中身は何だろうと首を傾げてしまう。


 「いつも玄田さんのところにはお世話になってるでしょう? もうすぐ誕生日だって言ってたから、ましろとお揃いのパジャマ買っちゃった」


 私が買ってもらったのは薄手のネル生地のワンピースタイプ。

 襟ぐりはスクエアに開いていて、袖口はふんわりリボンで絞ってあるんです。ちょっとロマンティック過ぎるような……、と私は腰が引けてるんだけど、紺ちゃんには間違いなく似合うはず。すっごく可愛いだろうなあ。パジャマ姿の紺ちゃんを見て目を細める紅が、今から想像できる。


 「ましろがピンクで、紺ちゃんが水色よ」

 「嬉しい! きっと紺ちゃんも喜ぶよ!」


 彼女にとっても、今の私の両親は懐かしい面影を残しているはず。そんな母達からの贈り物を、紺ちゃんが喜ばないはずはなかった。

 さっそく皺にならないように、旅行バッグの一番上に入れることにした。


 「紅くんへのプレゼントは、ましろが考えてるんでしょう? 手芸屋さんで、何を一生懸命選んでたのかな?」


 うわ、あれを見られてたのか。ちょっと……いや、かなり恥ずかしい。


 母さん達がお茶してる間に、同じモールに入ってる大きな手芸屋さんで、実は毛糸を選んでたんだよね。 小学生のクリスマスパーティの時、私の編んだマフラーが紅に当たったことがある。それを体の大きさに合わなくなるまで、とっても大事に使ってた、と紺ちゃんに教えてもらって以来、密かに考えてたんだ。次は、もっと大きなものを編んであげよう、って。

 貯めていたお小遣いを奮発して、できるだけ肌触りのいい暖かそうな毛糸を吟味する。散々悩んだ挙句、赤い髪に映えるように、こっくりしたチョコレートブラウンの極太毛糸をレジに持っていった。

 今度の旅の間に、寸法を図らせてもらいたいな。日中はむりでもしばらく夜中に頑張れば、誕生日には間に合うだろうし。


 「えっと、毛糸を買いました。ニットジャケットを編もうと思ってマス」


 照れ隠しのせいで変な敬語になってしまう。

 そんな私をみて、母さんはプッと噴き出した。


 「ましろは正直ねえ。花香があなたくらいの時は、『秘密だよ』とかなんとか言って、絶対教えてくれなかったのに」

 「だって、別に隠すようなことじゃないし!」


 せっかく打ち明けたのに、笑われちゃった。

 むうっと頬を膨らませた私の肩を軽く叩き、母さんは笑みを浮かべたまま「それがましろの可愛いところじゃない。頑張ってね」と言い残し部屋を出て行った。

 慈しむような優しいその笑顔に、私もつられてエヘヘと笑ってしまう。買った毛糸と棒針、縄編み針も一つに纏めてバッグの空き場所にしのばせた。時間があったら少しずつでも進めようっと。

 ベッドに潜り込む前に、もう一度忘れ物がないかどうかのチェックもした。勉強道具はさすがに置いていくことにしたけど、楽譜はいるもんね。

 二泊三日のプチ旅行。みんなと一緒に、沢山の思い出がつくれるといいな。


 よし、これでオッケー。寮から連れてきたべっちんを胸に抱きしめ、目を閉じる。

 明日は晴れますように!


 

間が空いてしまい、申し訳ありませんでした。

月末までは、ペースをあげて更新していく予定です。


そして「枯葉」を弾いてみたい、という方におすすめなのがコチラの動画。

http://www.youtube.com/watch?v=BtUm6u2Ivm8

手元がしっかり映ってますし、それほど難しくないです。

勝手なご紹介なので、興味のある方はこっそり見に行ってみてください。


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