63.
とはいえ、これまでのことがなかったことには出来ない。だまされていたことは差し引いても、病床の国王や王太子にかわって国を立て直す尽力は出来たはずなのだ。それを怠ったばかりか、すべてを悪化させてしまった。
たとえわたしが許そうとも、国民は許さないだろう。
もっとも、わたしも許そうとは思わないけれど。
「と、とにかくこいつだ。こいつがすべての元凶なんだ」
ハリソンは、自分でも自分がおバカさんなことを自覚したようだ。真っ赤になりながらでも責任逃れは忘れない。勢いを取り戻した彼は、大司祭を指さし糾弾した。
「これでわたしの冤罪は晴れたことになるわね」
ホッとしつつ、地に倒れたりうずくまったりしている近衛兵たちを見まわした。
うんうんとうなったり苦しんでいるだけで、わたしたちの会話など耳に入っていなようだ。
「そう思うのか? さすがはド田舎の世間知らずのちんちくりんだ」
大司祭は、そう言って笑った。
「なんですって? ド田舎と世間知らずは許せるけれど、ちんちくりんは許せない」
カッときてしまった。
「そこ、じゃないと思うのよね」
サリーがなにかつぶやいたけれど、気にしないことにした。
「罪人が増えただけのことだ。つまり、おまえたちは共謀して国王と王太子を弑逆したというわけだ」
大司祭の言う「おまえたち」というのは、ハリソンとわたしのことに違いない。
「ハリソンは、万が一のときのための生贄だ。おまえを陥れることに失敗したときのな。そうですよね、殿下? いえ、国王陛下」
大司祭は、わけのわからないことを言いだした。
「王子がもうひとりいるのは嘘ではない。死んだ国王は、若い時分に何人もの侍女や貴族令嬢に手をつけていた。侍女のひとりが男児を出産したのだ。というわけで、唯一の生き残りであるその王子が、前国王崩御と同時に国王になったわけだ」
大司祭がとくとくと説明する中、地に転がったり座り込んでいる近衛兵たちの間を縫うようにしてひとりの男が近づいてきた。
「ジョシュア……」
つぶやいていた。
それはまぎれもなく、料理人見習いのジョシュアだった。
「なるほど。両腕の痣は、そういうわけね?」
またつぶやいていた。
負け惜しみや、ましてやショックからではない。
奇妙な話だけど、すごく納得してしまったからだ。納得というよりか、心と頭にストンと入ったといってもいいかもしれない。
とにかく、ジョシュアの方がハリソンよりよほど「らしい」と感じた。
「らしい」というのは、「王子らしい」ということではない。「狡猾な小悪党らしい」、という意味だ。
「すでに宰相や官僚たち。さらには王都にいる上位貴族たちは、新国王に恭順を誓っている」
大司祭は、勝ち誇った表情で告げた。
「これが、その誓約書だ」
そして、彼は大司祭だけが着用を許されている豪奢な司祭服の胸のあわせめから巻物を取り出した。
それは、書物に出てくるような「いかにも」という代物だ。
「リオ。きみは、いいやつだ。忠誠を、いや、献身を誓うならば妃にしてやろう。いずれにせよ、きみは国王の妃。国王であれば、だれだってかまわないだろう?」
ジョシュアは、いまやオドオドとした態度など微塵も見せない。それどころか、めちゃくちゃ生意気な態度だ。鼻持ちならない態度だといってもいい。
「おれの呪いを解いてくれるなら、きみをしあわせにしてやろう。わたしならば、きみの執事よりよほどきみをしあわせにできる。彼は、しょせん負け犬。どうあがいたって運命をかえることはできない。赤子のときに殺されていた方が、よほどよかったのではないのか? 愛するレディをいやしい侍女の子になど奪われるなどと、貴様には耐えられんだろう? なぁ、ラルフ?」
ジョシュアは、ラルフの正体を見破っていたのだ。
おもわず、ラルフに視線を向けていた。
彼もまた、わたしに視線を向けてきた。




