44.
「わたしってほんとうにバカね」
駆けているうちにクールダウンしてきた。
うしろを振り返ると、さすがにラルフは追いかけてきていない。
実家で彼とめちゃくちゃ派手にケンカしたときにも飛び出したことがある。
思い出せるだけで十回くらい? いや。もっとかも。思い出せないものもあわせれば、かぞえきれないかもしれない。
あの頃は、ふたりともまだ子どもだった。ラルフだっていまよりずっと短気で負けん気が強かった。
もっとも、わたしの方が手がつけられないほどワガママで可愛げがなかったけれど。
結局、いつも彼が迎えにきてくれた。城を飛び出したとき、いつもおなじところに行っていじけていたからだ。
そこは、森の中にある大木である。それにのぼって枝上から城や小麦畑がよく見えるのだ。
早朝、昼時、夕方、夜。その大木の枝上から眺める景色は、最高である。
そこでサンドイッチやクッキーや果物や木の実を食べたりかじったりするのが、ふたりのお気に入りだった。
「懐かしいわ。あの頃、わたしはほんとうに『お転婆嬢ちゃん』だった。って、いまでもだけど」
懐かしさで胸がいっぱいになった。
あの頃に戻りたい。
ラルフの妹で、お父様とお母様の娘で……。
そんな昔のことを考えながら森の中をあてどもなく彷徨う。
すると、おあつらえ向きに大木がそびえ立っているのに行き当たった。
「ほんと、懐かしいわね」
名も知らぬ大木に近づくと、その立派な幹に手を当て見上げた。
木登りを教えてくれたのもラルフである。
いつも彼のおさがりのズボンを裾を折ってはいていたので、木にのぼることじたいは問題ない。だけど、最初はうまくできなかった。悔しいし腹が立つから、毎日朝から晩まで練習した。彼は、そんなわたしにつきあってくれた。ときには褒め称え、ときにはわたしの負けず嫌いを刺激して。気分屋でもあるわたしは、褒められれば調子にのってさらにがんばれるときと、「どうせできないだろう?」とか「悔しかったらやってみろ」と言われてがんばれるときがある。彼は、それを使い分けていたのだ。
ラルフの教えたがよかったのだろう。十日もすると上の方の枝までのぼることができるようになった。
以降、ふたりでのぼっては食事をしたり景色を眺めたりした。
「そういえば、枝から落ちたわよね」
口にだしていた。
まだ練習を始めたばかりだった。
幹をよじのぼって一番下の枝に手を伸ばした。右手の指先が触れたので大丈夫だと確信した。おもいきって左手も伸ばしてみた。すると、届かなかった。当然だ。
そして、落下するのも当然のこと。
短い悲鳴とともに落下した。枝葉の間から見える太陽がまぶしく、青い空が黒色の瞳に染みたことをいまでもはっきりと覚えている。
が、地面に激突することはなかった。
ラルフが身をていしてうけとめてくれたのだ。
が、なにぶんにも子どもが子どもをうけとめたのだ。おとなのように胸元にキャッチできるわけはない。
彼は、スライディングしてわが身をクッションにしてくれたのだ。
さいわい、さほどの高さではなく、わたし自身も重くなかった。
彼にもわたしにもケガはなかった。
お父様とお母様とおじ様は、叱ることはしなかった。ただ「注意するように、慎重に動くように」と言っただけだった。
いまにして思えば、それもいい思い出のひとつである。




