オリエンタルファンタジー
「そ……その手です。間違いありません」
チカが震える言葉でそう言った。
雑木林の中、腐葉土の中からはみ出す子供の腕。力なくその姿を見せる五指は、動いてはいないものの、まるで助けを求めるかのように儚い。
日も落ちて街灯もなく真っ暗な木々の下、マリエの構えるスマホのライトの頼りない明かりの下、三人は最悪の想像をしている。
「死体……ではない、と」
思うが、そこから先をチカは口にできない。少なくともこれは「怪異」である。チカは間違いなくこの「手」から魔力を感じ取ったのだ。
今までには経験はない事であるが、たとえば誰か子供が殺されてこの雑木林に捨てられ、それが悪霊となって「怪異」に成り果てた……そんなことも考えられるが。
「ど、どうするのよコレ」
マリエが誰に話しかけるともなく呟く。
確かにその通りなのだ。いったいこれをどうしようというのか。もし本当に子供が殺されているならば、もはや魔法少女の領分ではない。警察の管轄だ。
しかしこれが悪魔であるならば、逆に警察の手には負えない。
ならばその両方に跨る人物ならばどうなのか。三人の脳裏にはおそらく同じ人物の顔が浮かんだことであろう。
「スケロクさんッ! スケロクさんに連絡しましょう!!」
チカがそう主張するが、アスカとマリエは首をひねって考え込む。二人ともスケロクに対し何らかの「負い目」があり、あまり迷惑をかけたくはないのだ。
「見なかったことにする……とかはナシ?」
マリエはそう主張するが、ここまで発見しておいてさすがにそれはない。
「地面に埋まってるだけなら害は無さそうだしさぁ、あのはみ出てる部分だけ埋めちゃってもう帰ろうよ」
「わ、私が行くわ」
マリエの言葉を遮ってアスカが一歩前に出た。二人は彼女を止めはせず、慎重に見守っている。
「ん……こ、これ……?」
地面からはみ出している手に恐る恐る触れたアスカが妙な声を上げる。
「この手、人間じゃないような……? 本当にコレから魔力を感じるの?」
「ど、どういうことです? 人間じゃないって……幽霊、とか?」
聞き返してくるチカの言葉にアスカは首をひねって考え込んでしまう。
「そういう類じゃなくて……ん、まあ、掘り返してみるよ」
そう言ってからのアスカは早かった。マリエは自分で何かする気はないらしく、見ているだけで、完全に恐怖に支配されているチカはそのマリエの影に隠れていたが、アスカは何か吹っ切れたのか、それとも「危険なものではない」という確信があるのかは分からないが、荷物を置いて躊躇なく手で土を掘り返していく。
「うわ……」
「これ……やっぱり」
チカとマリエがうめき声のような言葉を発する。「やっぱり」の先の言葉……「死体」
アスカが掘り返したもの、腐葉土が取り払われて姿を現したのはやはり手の先に繋がっている、少女の死体であった。腐敗はしておらず、神々しいほどに美しい、シミ一つない肌と、プラチナブロンドの少しウェーブのかかった長髪。
外傷はなく、今にも動き出しそうなほどに瑞々しい肌をしている、生まれたままの姿。胸や臀部は少女から女に生まれ変わろうとしている幼いふくらみを宿しており、見た限りではアスカ達より少し若いくらいだろうか。
「あ、アスカちゃん……これ、や、やっぱり、死体……」
チカが震える声で彼女に訊ねる。しかしアスカはあくまでも冷静な態度で応える。
「いや、人間じゃないわ。少なくとも死体じゃない。これは……」
チカの方を向いて答えようとした時、土中に埋められていた少女の目がカッと開いた。それを正面から目撃した二人の表情が固まり、異常に気付いたアスカが振り向くのと同時に、少女が上半身を起こした。
神性を帯びるほどに美しい全裸の少女が、目を覚ましたのだ。この事態にはさすがにアスカも目を見開いて少し距離を取った。
「ここ、は……」
先ほどまで土の中に埋まっていたとは思えない、サクランボのように美しい唇が動き、言葉を紡ぐ。
「晴丘市の……浅間神社のそばです」
アスカが答えると、少女はしばらくはまだ状況が呑み込めないのか、ぼうっとしていたが、座ったまま横向きになり、さめざめと泣きだした。とはいっても、涙は出ていない。
三人は完全に状況に置いて行かれてしまったような状態になり、呆然としている。
「やはり私は……捨てられてしまったのですね……」
捨てられた。この美しい少女を捨てた男がいるという事なのか。とりあえず裸のままでは話しにくい。チカがようやくマリエの陰から出てきて、自分の上着を脱いで彼女に羽織らせた。
「お、落ち着いてください。とりあえず、あなたのお名前は?」
「ユリア、と、いいます」
もしかしたらこの神社に関係する古い神だとか、そういったものなのかとも思っていたが、随分と今風というか、洋風な名前である。
「『捨てられた』……って、誰に? いったいあなたに何があったんですか? もし私達に力になれることがあれば、何でも言ってください」
「ちょっと、余計なこと言わないでよ」
チカは努めて優しい言葉をかけるが、マリエは心底迷惑そうな表情をしている。
「いえ、もう私に望むものなど……愛する人に捨てられ、全てを失った私が、今更魂を得るなど、いったいなんの皮肉なのか……」
「魂を得る……? 付喪神とか、そういう類の物なのかしら」
アスカが小さい声でチカに話しかける。一年以上屈筋団の怪異と戦ってきた彼女達であるが、こういうものとの邂逅は初めてである。
今まで出会った怪異は、ほとんどが人間が悪魔に変異した物であった。
「ねえ、さっき人間じゃないって言ってたけど……」
マリエがアスカに訊ねると、アスカはユリアの手を取って答える。
「ええ。触ってみればわかる。普通の感触じゃないでしょ?」
言われてマリエもユリアの手を握ってみると、柔らかいが、体温は感じられないし、何よりも肌触りが人間とは違っていた。
「これって……」
「作り物みたいね……」
内部に骨格のような物は感じたのだが、それは確かにエラストマー樹脂の柔らかいポリマーで人間を模した人形だったのだ。その人形がどういうわけか、神性を得て、魂を持ったのだという。捨てられてしまったのはそれが気味悪がられたのか、それとも魂を得る前なのか。
「ユリアさん、もしよければ出来るだけ詳しくあなたの事を教えて貰えますか? その上で何か力になれることがあれば……」
「だから勝手なことを……!!」
マリエは嫌そうにしているが、ユリアは涙を拭くような仕草を見せ(涙は出ていないが)深呼吸をするような体の動きを見せてからゆっくりと語りだした。
「私は……ここより東の、帝都の片隅で生み出されました……」
鈴の鳴るような美しい声。
道路から少し離れた山の中では夜の闇に染み入るように彼女の声は優しく広がっていく。
「人間の力で、人間を生み出す。人間よりも人間らしく、この世のどんなものよりも美しく。そんな人の理想たるイデアを目指して作り出された歪な人造物、それが私なのです」
いつの時代の話なのかは分からない。しかしこの日本のどこか、帝都と言えば東京の事だろうか。そんな神をも恐れぬ所業が行われていたというのだ。そしてその研究は実を結び、皮肉なことに検体が廃棄されてから人の魂を得たのである。
「オリエンタル工業という場所で」




