日常に帰ってゆく
あの戦いから五日ほどの時が過ぎた。
町にはまだ悪魔の襲撃による破壊の後が生々しく残され、そして不幸にも命を失った人も少なくはなかったのだが、表面上、町はその平穏さを取り戻しているようであった。
この町に何が起こったのか、そしてその騒乱が何故突然止んだのか。公式には何も発表はないし、行政も実際にどこまでそれを掴んでいるのかは不明である。
ただ、一部の人間の間では、それは町を守る『魔法少女』たちが命を懸けて戦った結果だと噂されている。
三日も経ったころには学校も再開され、企業では翌日から業務を続行していたというから、これらの噂もそう時を置かずして忘れ去られることだろう。
それでもこの晴丘市の市民病院では爪痕深く、沈痛な空気が院内を支配し、まだ怪我から復帰できない人間が多くいるのだろうという事を感じさせた。
この病院に入院している、彼女の元生徒もその一人である。
「珍しいところで会うな、葛葉メイ」
コツコツとパンプスの音を響かせて歩く長身の女性を若い男性が呼び止めた。
「ジャキ……あんたまだこの町にいたの? あんたの方こそ病院に何の用よ」
声をかけたのはホストクラブ『サザンクロス』の幹部、ジャキであった。メイが問いかけるとジャキは少し気恥しそうに俯いてから答える。
「見舞いに来たんだけどよ……親父さんが来てるみたいなんで気まずくってな。これで退散するわ」
ふうん、と小さく相槌を打ってからメイはジャキを上から下まで品定めするように眺める。スーツ姿ではあるが、前のようなダブルではない。言われなければホスト……元ホストとは分からないだろう。
「DT騎士団の奴は全員ブタ箱行きかと思ってたんだけど、あんたは違ったのね」
ジャキは遠くを見るような目をして、少しの沈黙の後答える。
「覚醒剤の件は、俺は本当に知らなかったんだ。昔は確かに客をシャブ漬けにしてたらしいって話は聞いてたが、NPO法人をやってからもしてるとは思わなかった……本当に、幻滅した」
メイは如月杏から聞いて、夜王と網場が逮捕されたことは知っている。サザンクロスも、そこに入居していた法人も、全て実質解散した状態だという事も。だからこそこの町にまだジャキがいるとは思っていなかった。しかも今回の騒動の被害者の見舞いに来ているなど。
「あんたは……本気で弱者を助けるためにNPO法人をやっていたの?」
メイの問いかけに、ジャキは答えない。ただ、苦虫をかみつぶしたような表情をしているのみである。
やがて、ゆっくりと、小さい声で話し始めた。
「そりゃあ……『甘い汁を吸ってやろう』って気が全くなかったかって言やぁ……嘘になる。それでも、その『ついで』に女子供を助けるつもりは……あった。
だが、あいつらはあの騒動の収拾のためにサザンクロスにいた女どもを魔法少女にしようとしてた。その危険性を知りながら……」
山田アキラはともかく、彼は夜王を慕っていたようであった。しかしその気持ちを裏切られたという思いが強かったのだろう。
「だったら、あんたはそのまま女子供を食い物にし続ければいいわ」
彼女の言ったことが全く理解できなかったのか、ジャキは目を丸くしたまま絶句していた。
「無報酬で善意によって成り立つ活動なんて、いつまでも続かないわ」
メイは言葉を続ける。
「だからあんたは、社会の弱者を助けて、尚且つそれが収益になるようなビジネスモデルを作りなさいよ。何年もあんな活動してきたんだから、何かしらあるんじゃないの?」
「……フッ、フフ、ハハハハッ」
彼女の言葉を聞いてジャキは思わず噴き出した。
「ハハ……お前はてっきり、俺のことも、NPO法人にいるような奴らの事も、嫌いなんだと思ってたよ」
「あら失礼ね。社会のセーフティネットを否定するほどバカな奴に教師は務まらないわよ」
ひとしきり笑った後、ジャキはメイに背を向け、病院の入り口に足先を向けた。真っ直ぐに前を向いて。
「俺はまだ諦めねえ。信念を捨てるつもりもねえ。そのうちいずれまたお前とぶつかることもあるかもな」
「信念を捨てた活動家なんて、存在価値がないどころか害悪ですらあるわ。もし衝突するようなことがあれば、また叩き潰して上げるけどね」
メイもまたジャキに背を向け歩き出す。やがて、それぞれの生活へ戻っていき、それぞれの道を歩み出す。
しかしメイの足取りはすぐに重くなっていった。
親父が見舞に来ているとジャキから聞いたことも彼女の心に重しを置いた理由の一つであった。
この病院に、白石アスカが入院している。
あれから五日。一度も目を覚ますことなく、昏睡状態が続いている。
自発呼吸はできており、脳死ではないが、大脳は全く働いていない状態であり、いわゆる植物状態だ。
魔法少女として魔力を使いすぎたことによるリスク。記憶障害を起こし、脳にダメージを受ける。
メイは、彼女の容体に対する責任の大部分が、自分にあると考えていた。
アスカに先行する事二十年もの間魔法少女をやっておきながら、そのリスクについて全くの無理解であったためだ。「自分には関係のない事だ」と決めつけ知ろうともしなかったことで、アスカを守ることが出来なかったと考えているのである。
その上、彼女が魔力を使い果たした直接の原因はメイとコウジを守るためだったのだ。
病室の扉の前に立つ。
この扉の向こうに、昏睡状態のアスカと、彼の父、白石浩二がいる。あの仕事人間の白石浩二が、もう五日も有給休暇を取り続けて、娘に付き添っている。




