あばよ
「こっ……これは、いったい……」
通路の先から、異様な気配がすることには気づいていた。
隠しきれない血の匂い、死臭。
いやな予感を押さえつつも、大広間の中に入ってみると、そこには死屍累々、人か、それ以外かを問わず、優に五十は越えようかという男どもと悪魔の死体が乱雑に転がっていたのだ。
葛葉メイは酸鼻を極めるその光景に思わず眉をしかめたが、すぐにその広間の中央に倒れている男に気付いて駆け寄った。
「スケロク、スケロク!!」
「ん……メイ、か」
黒くなった血で汚れていたその塊は、彼女の方に向き直ろうと上半身を支えようとしたが、バランスを崩してまた仰向けに倒れた。
「スケロク、いったいどうしたの!?」
メイはすぐに彼の上半身を抱えて抱き起こし、それと同時に腹部の酷い傷に気づいた。「どうしたの」とは聞いたがこの状況を見れば何が起きたかは大体わかる。
おそらくはたった一人で……スケロクが、このDT騎士団と魔族の連合軍に対峙して、これをうち滅ぼしたのだと。
「まったく……無茶するわね」
「無茶でも……ゴホッゴホッ」
「無理に喋らないで!」
何か喋ろうとして咳き込み、血を吐いた。危機的状況にあるのは火を見るよりも明らか。こんな時に堀田コウジがいればまだよいのだが、メイには医学的知識はない。ふと、自分が通ってきた通路の方向を見る。
通ってきた道は大体覚えている。時間はかかるが、スケロクを背負ってどこか医療機関に行った方がよいのではないか。そう考えたのだが。
「メイ……お前はこの先へ」
しかしスケロクはその考えを察して、拒否した。キリエが一人で先へ行って随分と時間が経つ。時間的猶予は最初から無いのだ。
「たのむ、キリエと、ユキを……」
震える右手を伸ばそうとし、そこまで口にしたが、途中でだらりと右手が垂れ、力なくこうべを垂れた。
「スケロク! スケロク~~ッ!!」
静寂な場と化した大広間に、悲痛なメイの叫び声がこだました。
「……うおっ! っぶね~……今完全に寝てたわ。っべ~!!」
「あのさあ」
すぐに目を覚ましたスケロクに、呆れ顔を見せるメイ。
「そういうマジなトーンでボケるのやめてくれる? もう割とクライマックスなんだからさ」
「いや、まあちょっと疲れててな」
メイは辺りを見回す。まあこれだけの敵を一度に相手にすれば疲れるどころではないのはよく分かる。流石のメイもこれほどの多勢に無勢は経験をしたことがないのだ。
スケロクは広間の先の扉を指差した。
「この先に、キリエが一人で先に行ってる」
「えっ!? 大丈夫なの?」
当然の心配である。すぐに、今のスケロクとキリエが同じような状態になっているのではないかとメイは心配したが。
「多分、大丈夫だ。招かれていったからな。もしかしたらユキを人質に仲間に引き込む気なのかも知れねえが……だが予断を許さない状況なのは一緒だ」
メイはその話を聞いて少し安心したが、しかし危険な状況に変わりはない。
「残る敵は、夜王、網場、それに魔族の二人……あとは雑魚モンスターがいくらかいるかもしれねえが」
敵の実力は未知数。だがやりようによっては倒せない戦力差ではない。メイはゆっくりとスケロクを床に寝かせた。
「スケロク……悪いけど」
「ああ、俺はここでリタイアだ。悪ぃがここで少し休ませてもらうわ」
「ごめん……」
「行け。時間がねえ」
メイは、何度も振り返りながら、ゆっくりと、後ろ髪引かれる思いを残しながら進み、奥へと続く石戸を開けた。
スケロクは何も言わずに、最早霞んでよく見えない目でその後ろ姿をいつまでも見ていた。
(悪ぃが、この俺様がよりにもよってお前みたいなババアの腕の中で死ぬなんてごめんだぜ)
幼い頃からずっと見ていた後ろ姿。
ここ十年と少しは会っていなかったが、しかし会ってみればやはり最後にあった高校の頃と、何も変わっていなかった。コミュ障で、そのくせ妙に自信に満ち溢れていて、おまけに傍若無人。
(そのくせ、妙に傷つきやすいところも変わってねえ)
まさか、年端もいかない子供の頃から、自分よりもずっと早く、孤独に闇の中で人知れず町の平和を守るために戦っていたとは、思いもよらなかった。
― もっと自信を持てよ、メイ ―
― お前は、俺が今まで会ったどんな女よりも、いい女だったぜ ―
― 堀田先生、頼んだぜ、メイの事 ―
― じゃあな、あばよ ―
静寂に包まれた玄室の中、最後の務めを果たし、スケロクの心臓はゆっくりとその鼓動を止めた。




