画策
そろそろ夕方ですね。クランハウスへと行くことにします。
もう転移の魔法も慣れたものです。
まだクランハウスしか行けないですけど、
そのうち故郷の村にもひとっ飛びですね。楽しみです。
クランハウスに入ると早速ササナさんから抱きしめられました。
入った瞬間胸の中です。びっくりですね。ほのかに甘い香りがします。
女神さまは香油と呼ばれる香りのするものをつけられていると聞きます。その香りかもしれません。
「んー、よしよし」
なんとなく子供をあやすようなしぐさなのは気のせいでしょうか?
でも女神さまにとっては下界のものはみんな子供のようなものかもしれませんね。
「ササナ、メルシャちゃんびっくりしてるよぉ」
この声はアンズさんですね。ちょっとのんびりしたような口調です。
豊穣の女神さまはやはり今日も豊穣です。あんなに豊穣になれるといいんですけど…。
「ごめんごめん。なんとなく身長的に抱きしめやすいんだよね」
ササナさんは私よりも頭一つ分くらい高いですね。
ここの神々の中ではアリオンさんの次くらいでしょうか。
アンズさんはササナさんよりも少し背が低いですね。
エネルギーの向かった先が違う場所に行ったのだと思います。
クランハウスには他の方たちはいないですね。
「本当はタビコも来る予定だったんだけどね。
アリオンをリアルで見張っておくということで、今回は不参加なの。
それじゃあさっそく試着しましょうか」
アリオンさんをリアルで見張る?
よくわからないですけど、この間の神々の夕焼けと何か関係があるのでしょうか?
この間というのは、霧の丘で私とマリーが戦っていた横で
アリオンさんとタビコさんが戦っていた事ですね。
規模が小さかったので黄昏ではなく夕焼けと名前を今つけました。
それよりも試着とはなんでしょう?
「えっ? ササナから聞いてなかったのかなぁ? ササナ説明してないの?」
「あっ、楽しみにしてもらおうと思って言ってなかったんだったわ。ごめんね」
どうやら女神様達からの贈り物ということで水着というものを賜るとのことです。
水着とはなんでしょう?
名前的に水の中で着る物のようですけど。
「リリーフから聞いたんだけど、温泉によく入ってるみたいなのに
着るものもってないんじゃないかなってね。
だからメルシャちゃんクラン入りました記念にみんなで水着を贈ろうって話になったの」
なんと! 温泉は裸で入るものではなかったんですね。
今まで間違った入り方をしていたのかもしれません。
たしかに何か嗅いだ事のないような匂いがしていましたけど…。
ひょっとしたらそれを着ないと、さっぱりどころか身体に悪影響が…!?
「えっと、別にこれを着なくても良いんだけど、
ちょっと違和感を感じるんじゃないかなって思ってね」
私が顔を青くしていると、ササナさんがそう言ってくれます。
ふむ…違和感…特に感じなかったですけど、
下界のものでは気が付かないことなのかもしれないですね。
とにかく頂けるならなんでもありがたいですね。素直に賜ることにします。
私とササナさんの間に浮かび上がる光る文字。これは最初に出会った時のあれですね。
点滅している文字を押すと、私のカバンの中に何かが入ったのがわかります。これが水着ですね。
見ると服というよりは下着に近い気がします。
「メルシャちゃん、ちょっと着たところ見せてもらっても良いかな?
あっ、変な意味じゃなくて似合ってるかどうか心配だなぁと思ってね。
うん。それだけが心配だから」
ササナさん達が選んでくれたものが似合わないはずがないと思いますけど、
せっかくなので着てみたいですね。
そしてこれを着てはやく温泉に入ってみたいです。でも流石に人前で着替えるのは恥ずかしいですね。
なので温泉のほうで着替えてくるとします。
(あら…装備変更ですぐに変えれるのに…。まだVRMMOに慣れていないから恥ずかしいのかな?)
ササナはドアの向こうに消えていくメルシャを見てそう考える。
「そういえばぁ、私達もメルシャちゃんと一緒に温泉入るんだよね? 着替えなくていいのかな?」
「あっ、そうね。メルシャちゃんだけ着替えてると恥ずかしがるかもしれないから、
私達も着替えておきましょうか」
実はササナもアンズもここにはいないタビコも温泉を使用したことはほとんどなかった。
女性だけのクランではなく男性もいるというのと、
温泉には鍵なんていうものが付いていない為なんとなく敬遠していた。
持っている水着も、湖や海でのクエストやイベント用に用意したもので、そう頻繁に着た事が無い。
つまりササナ達も水着を着ることには若干恥じらいがあったりする。
頻繁に温泉に入りに行っているらしいメルシャのほうが珍しいくらいかもしれない。
メルシャの場合は毎日のさっぱりの為だったが。
そこで今回は女性陣だけで裸の付き合いをしようとササナが提案した。
きっかけはリリーフからメルシャが下着で温泉に入っているのではという指摘だったが。
(メルシャちゃんと裸の付き合い…)
ササナはリリーフからその話を聞いた瞬間に今回のイベントを妄想(画策)する。
クランの頭脳担当はその能力を如何なく発揮する。当然残念な方向に。
タビコはアリオンを警戒して、
ゲームにインせずに現実の世界で見張るという行動を取ったので今回は不参加だった。
その為アリオンに嬉しいハプニングは起こり様がなかった。
アリオンは現実で酷く悲しんだ顔をしているかもしれない。
「でもアンズと並ぶとちょっと…自信なくすわ」
一瞬で水着に着替えたササナは、同じく水着姿のアンズを見て小さくため息をつく。
アンズは刺繍入りの青いビキニでその胸を包み込んでいた。その存在感は圧倒的だ。
基本的に装備は身体のサイズに自動的に調整される。
その為サイズが合わないという事はないのだがササナには、はち切れんばかりに見える。
「こっちの世界だと大丈夫だけど、現実じゃあ結構大変なんだよぉ。特に夏とかは…。
私からみたらササナのほうが形も大きさもバランスよくて魅力的だなぁ」
アンズはササナの水着姿を見て逆に羨ましがる。
ササナは黒に金の刺繍が入ったビキニを身に着けている。
アンズと比べれば小さく見えても平均よりは大きい。
もしこの場にタビコがいたら、二人をジト目で見ることになっただろう。
お互いがお互いを羨ましがっているところで、ドアの開く音が響く。
メルシャは温泉のドアの影からチラリとササナ達を覗くと、意を決したようにその身を晒す。
「あらぁ、可愛い」
「…これは破壊力高いわね…」
トコトコと歩いてくるメルシャは、薄緑のかぎ編み状のビキニを身に着けていた。
「なんだか…スースーします…」
メルシャにしてみれば水着というものを知らない為、
下着に近い格好で歩いて回る感覚なのでどうにも落ち着かなかった。
ササナはそんな恥ずかしがっているメルシャの姿を見て、
今にも抱きしめたかったが最後の良心というか常識がその身を止めた。
「うんうん、似合ってるよぉ。本当にお人形さんみたいねぇ」
アンズはメルシャの姿を微笑ましく見る。水着としてはそれほど露出があるわけではないが、
それが幼いメルシャの姿に似合っているように感じる。
「あの…これを着て温泉に入ると良いんでしょうか?」
メルシャにしてみればかえって違和感を感じるが、
これが正しい温泉の入り方ならばそれに倣うしかない。
その言葉にササナは大きく頷く。
「ええ! これならゆっくり入れるわ。さぁ、一緒に入りましょう!」
困惑気味のメルシャの手を取って、ササナは温泉に向かう。その鼻息は少し荒い。
アンズはその様子を苦笑しつつも、すぐあとについて行くことにした。
その後三人は満足のいくまで温泉を満喫する。
ササナとアンズにしてもこんなに長く温泉を利用したのは初めてだった。
メルシャにしてもこれほど長く入ることはなかったので、若干のぼせてしまっていた。
そのせいか、いつも以上にその頭の中は残念な思考になっていた。
(これだけ触れていたらかなりの神気が得られたに違いありません!
……そういえばマリーにも最近よく触れられてる気がします。
…感じますね…。私の中の英雄の力がより強くなっているのを!)
当然勘違いである。
(はぁぁ…ぷにぷにして柔らかかったなぁ。また機会があったら一緒に入りたいわね。
……そういえば誰かが言っていたわね。
機会は待つものではなく作るものだと。……うふっ…うふふっ…)
せっかくのありがたい言葉も台無しだった。
(ササナのあんなに昂ってる姿、久しぶりに見た気がするなぁ。
まぁメルシャちゃん可愛いし気持ちもわかるけど。
……そういえばメルシャちゃん汗みたいなのかいてたけど…気のせいだよね?
お湯がかかった効果…なのかな?)
このゲームでは汗をかくということがない。
その為メルシャの額に浮かんでいた水滴をいぶかしむアンズだったが
まさか現実の異世界からエルフが入り込んでいるとは思わなかったので、気のせいだと思う事にした。
その後アンズの用意したアイスクリームを食べたメルシャが、
さらなる感動に包まれたのだが、それはまた別の話。
ちなみにこの日は男性陣は終日クランハウスに入るのを許可されなかったという。




